第9話『『剣聖』の過去』
『剣聖』の目を見て、今まで飄々としていたルシェルの顔が強ばる。
ルシェルが唾を飲んだ瞬間、『剣聖』はルシェルの視界から消えた。
「な――どこに……」
カキィィン!
と、鋼の音が聞こえる。その音は長剣がルシェルに当たった時のものだった。
「……刃が通らない」
「無駄だって言っただろ? 《破壊の衝撃》!」
すると、ルシェルの手のひらから、何かの弾丸が撃たれる。
アッシュはそれを避けたが、後ろにあった木は木っ端微塵に吹き飛んでいた。
「なっ……」
「はぁ、もういいさ。君の父親と同じようにしてやる!」
「――ッ」
唐突にそう言われたアッシュは、少し昔を思い出した――
◆◇◆◇
五年前の事だ。この日、アッシュは父親と剣の鍛錬をしていた。
「お父様! 僕、また剣が上達したよ!」
「おお、そうか! 今日は休みだし、訓練するか?」
「うん!」
エルン・レイ・フェルザリア――アッシュ・フェルザリアの父親で、先代『剣聖』だった男だ。
フェルザリア家に代々受け継がれる『剣聖』の『権能』を引き継ぎ、『剣聖』の称号を得た人。
フェルザリア家は、代々『剣聖』を輩出する家系で、このレガリア王国騎士団の団長も、全てフェルザリア家の歴代『剣聖』が行っている。
そのため、一瞬で『剣聖』と分かるように、名前の間に「レイ」と言う名前が入る。
これは、『剣聖』の称号だけでなく、『権能』も手に入れないと名前に付かない。
そのため、アッシュはまだこの名前を持っていないのだ。
外に出ると、アッシュがエルンに尋ねる。
「ねえお父様、僕もお父様みたいなかっこいい『剣聖』になれるかな?」
「なれるよ。そうだ、今日の訓練で僕に一発でも入れることが出来たら、次代の『剣聖』と僕が認めるよ」
「ほんと!? やった!!」
◆◇◆◇
それからというもの、アッシュはエルンに対して何度も刃を振り続けた。
一時間弱、その体勢が続いたが、結局アッシュは父親に一発も入れることができなかった。
「1発もお父様に当てれなかった……」
「なに、心配することないさ。まだアッシュは十歳だし、これから何度もチャンスはあるよ。「次こそは!」と思ったらおいで。何時でも訓練してあげるからね」
この時間、エルンは一歩も動いていない。何度もアッシュが振りかざした剣を全て受け止めていたのだ。
普通ならそんな姿を見たら諦めてしまうと思うが、アッシュは剣に対する気持ちが折れることはなかった。
◆◇◆◇
次の日の朝、エルンが朝早くから準備をしているのを見つける。
「あれ、お父様今日騎士団の仕事があるの?」
「ん、アッシュか。うん、今日は騎士団の会議があってね。朝早くからなんだよ。全く、団長というものは大変大変……」
少し笑いながら、剣を持ち、準備が終わる。
「そうなんだ。お父様頑張って! できるだけ早く帰ってきてね! 約束だよ!」
「ハハッ、約束か。うん、そうだね、できるだけ早く帰れるよう頑張るよ」
――それが、アッシュが父親から聞いた最後の言葉だった。
そして、エルンがフェルザリア家の屋敷に戻ってくる事は無かった。
後に聞いた話では、その日、騎士団は会議ではなく、『神龍オメガルス』を討伐しに向かったらしい。
最初は『剣聖』のおかげで互角以上に戦っていたようだが、神龍が謎の力を使って騎士団は半分ほど亡くなってしまったらしい。
残りの半分は団長であったエルンの指示に従い、王国に戻ってきた。
エルンは一人で神龍と戦い続け、帰ってくることはなかった。
それからというもの、アッシュは一段と『剣聖』にならなくてはと思い始めるようになった。
「お父様……約束したのに。僕が『剣聖』になるって……」
寝る間も惜しんで剣を振り続けるアッシュの姿を見た母親のセリア・フェルザリア、先代の『剣聖』でアッシュの祖父のヴァイン・レイ・フェルザリアのおかげで、アッシュは日に日に落ち着きを取り戻して行った。
それからはヴァインとともに剣の訓練をした。
『剣聖』の『権能』はまだ受け継がなかったが、アッシュは剣の秀才として『剣聖』という称号だけは貰った。
アッシュは毎日鍛錬を頑張った。『剣聖』の『権能』を受け継ぐ日が、いつか来ると信じて。
◆◇◆◇
立ち止まっていたアッシュに、ルシェルが声をかける。
「急に止まってどうしたんだよ。ほら、もっと来いよ」
その無敵状態を、ラインには破られてしまったが『剣聖』には破られていない。
「ライン、あの無敵状態をどうする?」
アッシュは一度剣を止め、ラインに尋ねる。
「ああ、そうだな……」
この一瞬の間にラインは創世神の力で新たな『権能』を自分に授けた。
それは、相手の『権能』を見抜ける、《真実の瞳》という『権能』を授かった。
その目でルシェルを見つめる。すると、ルシェルの『権能』が頭の上に見えてくる。
(《奪取》と《破壊の衝撃》か。てことは、無敵の要素は《奪取》の中にある……)
《真実の瞳》が見抜ける『権能』は、その人物が生まれ持った二つのものだけだ。
そのため、《奪取》や《模倣》のようなものを使い、『権能』を増やせばそれは《真実の瞳》で見れる『権能』の対象外となる。
「アッシュ、そいつの『権能』は《奪取》と《破壊の衝撃》だ。《奪取》の中に無敵系の『権能』を持ってるはずだ」
「え、なんでそんな事が?」
と、アッシュは疑問に思うが、あまり深く考える事はなかった。
「仲良く話してるけど、なんの話かな? 襲っていいのかな?」
「俺に無敵状態を破られてるくせによく言うよ」
「うるさいな」
ルシェルが動いた瞬間、二人の体がダメージを受ける感触を受ける。
それは《破壊の衝撃》によるものだった。
◆◇◆◇
神龍の鳴き声が訓練場に響く。耳をおさえた後、レンゲは兄と姉を笑顔で見つめる。
「じゃあ私達もやろっか、アレスお兄ちゃん、セツナお姉ちゃん」
「うん、そうね」
「「「せーのっ」」」
アレス、セツナ、レンゲは大ジャンプで空を飛び、神龍に近づいて血液の刃で攻撃を仕掛ける。
「エイッ!」
レンゲは神龍の周りを飛び回り、その巨体を切り刻む。
その刃は神龍の肉を切り、確実にダメージを与えていた。
また、これまでの戦いによるものなのか、再生能力が落ちてきているように感じた。
「セツナ、攻撃効いてる?」
「効いてるよ。あれ見なよ」
セツナが見る先には高速移動しながら神龍を血液の刃で斬りまくるレンゲがいた。
「……うん、すごいな」
「私達も行くよ。《切断》」
すると、神龍の全身が見えない刃で切り刻まれる。
神龍の鳴き声が、再び生徒達の耳に響く。
「うるさ!」
生徒達は耳を塞ぎ、一瞬の隙が生じてしまう。
再び、神龍の反撃が始まる。鋭い氷の雨が神龍の口から出され、生徒達に向かって放たれる。
「危ない!」
レンゲがそれらを切り刻むより先に――
「エクスプロード!」
グレイスにより、炎魔法の最高火力が撃たれた――
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