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「本日はエキセントリック・パフォーマー『ザ・中の人』シークレット・ライブに御来場頂きまして、まことにありがとうございます」


 ステージを見ると、アライグマのキグルミを着た男が、客席へ向って深々と頭を下げていた。


 どうやら、このバンドのマネージャーであるらしい。


「皆さん、既に御存じの通り、今回のライブは特別です。バンドにとっても、ファンにとっても、一日だけのスペシャル・イベント。なので告知はネット上のファンサイトのみで行い、スーパー・スペシャルなファンの皆さんにだけ、お集り頂きました」


 スペシャルという言葉に反応し、観衆の一部が奇声を上げる。


 軽く咳払いし、場内のざわめきが静まるのを待って、アライグマはゆっくり言葉を継いだ。


「バンド結成時のオリジナルメンバー、ギターのパンダこと木谷徹也と、ベースのバニーこと本多亜理紗……二人は、本日、新たな旅立ちを致します」


 トラに促され、パンダとウサギがステージの中央へ進み出る。


 彼らの事は、史子も事前にネットで調べていた。


 都内の工業高校に通い、自動車整備工を目指していた徹也と、彼の中学時代の同級生だった亜理紗は、二年前、アコースティック・バンドとして路上ライブを開始。


 当初、音楽はあくまで趣味で、親の反対を押し切り、式も上げずに結婚した二人の絆を強める事が目的だったと言う。


 そしてクリスマス・イベントのアルバイトを済ませた後、徹也が悪戯心でバイト用キグルミをつけたまま、噴水広場で演奏したのが全ての始まり。


 二人のパフォーマンスは投稿サイトで大いにバズった。話題は一気にネットを席捲。


 そこへ目を付け、近づいたのが現在のプロデューサー兼マネージャー・アライグマこと田宮輝だ。


 メジャー・レーベルでキャリアを積み、金銭絡みの不祥事で一度失脚したものの、今もインディーズで実績を積み重ねる田宮は、徹也と亜理紗へ巧みに取り入り、そのアドバイスを受けた結果、バンドのスタイルが大きく変わる。


 キグルミ越しでも、シャウトで客を煽れるパンクロックへシフトしたのだ。


 その後、現在のボーカリスト=男性アイドルグループの所属経験を持つトラこと井田純司、元ソロ歌手のドラムス担当で、作詞・作曲も手掛けるネコこと庄子咲枝が輝の紹介で加入。

 彼らの根強いファンが合流した事もあり、一気に人気がブレークしたのだが……。






「旅立ちとは、すなわちバンドからの卒業。二人は本日をもって、『ザ・中の人』を離れる事になります」


 アライグマの言葉に場内がざわめく。但し、客の反応自体は比較的穏やかだった。


 徹也と亜理紗の夫婦関係に隙間風が吹いている事、仲間内のイザコザが絶えない事はファンの間で囁かれており、遠回しな表現ながら以前から離脱が仄めかされていたからだ。


「そしてもう一つ、既にファンサイトでお伝えしました通り……」


 アライグマがそこまで話した時、パンダが近付いて、強引にマイクを奪い取る。


「悪ィけどよ、この後は俺が自分で言う」


「えっ、それ、段取りと違うぞ」


「俺には、俺の段取りがあンだよ、プロデューサーさん」


 少し戸惑った様子のアライグマを無視し、パンダが声を張り上げた。


「俺と亜理紗、今日、離婚します!」


 隣のウサギは俯いていた。


 キグルミ越しでも何かしら、こみ上げる感情を抑えている様に感じられる。


「え~、ネットで告知して、みんなに来てもらったのは、俺らが決めた道を見届けて欲しかったからです。何せ、俺ら、一緒になった時は金が無くて、式も挙げられず……」






 口ごもるパンダに、客席から頑張れと声が飛ぶ。


 妙に優しい空間だ。


 これから、夫婦別れの儀式をしようと言うのに。






「俺ら、二人きりで結婚式の真似事しました。駅前のパン屋で安っすいショートケーキ買って、ケーキカットの気分出したり。指輪は新品買えねぇから、質屋のぞいて、お古ゲットして……オイ、お前も何か言いたい事ある?」


 パンダに促され、進み出たウサギがマイクを握る。


「あの時、私、一番幸せだった」


 パンダは小さく頷いた。


 客席で絶え間なくスマホのフラッシュが瞬く。


 泣ける場面だが、後ろに回ったアライグマやトラ、ネコは、心なしか二人に距離を取っている様だ。


「離婚を決めた理由はその……色々あって、今はうまく言えねぇや。

でも、結婚式は二人だけだった分、せめて離婚式くらい、応援してくれた皆と派手にやりてぇなって」


 パンダが背後を振返ると、何時の間にか背景が代っていた。


 教会の講堂を模した緞帳が降りている。


 そして、複数のスポットライトが収束し、キリンのマスクを被った神父役の姿が浮かび上がって、


「あ~、ア~ナタは~、カ~ミを信じますか~?」


 ツカミの一言らしいが、マスク越しの間延びした口調を耳にし、史子は微かな苛立ちを感じた。


 ウィッキーさんか、あんたは? 今時、そんなセリフ、誰も知らないって……。


 つい口の中で呟いてしまう。


 多分、コイツもタレントの卵なのだろうが、それにしては動きがトロい。


 1メートル20センチ程度の高さがある手作り祭壇をステージ中央へ押し出す途中、足が絡まって前のめりにコケた。


「アタタ……アイム ソーリー、ヒゲ ソーリー……」


 顔面と膝を強打した挙句、キリンのラバーマスクが脱げそうになり、大慌てて被り直した後、コホンと咳払い。


 天に向かって十字を切って見せるものの、今更、威厳も何もあったモンじゃない。


 もしかしたら、アレ、売れない芸人のバイトかしら? 今コケたのも渾身のギャク、みたいな?


 はっきりしているのは見事にスベった事だけ。


 あまりにドン臭くて見ていられず、舞台の袖へ目を移すと、そこにも手の込んだ演出が凝らされていた。


 カメのラバーマスクをつけた小柄なオルガン奏者が現れたのだ。


 スポットライトを浴びた瞬間、恭しく客席へ一礼。


 ライブの間は黒布で隠されていたリードオルガンの前に座り、荘厳なバッハの調べを奏で始める。


 プロのアーティストなのかもしれない。


 ステージマイクで拾われ、音量を上げて場内へ流れる調べは、キリンのしょ~もなさに比べ、非の打ち所もない鮮やかな演奏っぷりだ。


読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] うむむむ このむにゅあ~とした読後感は……クセになりそうで怖いです!!
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