第95話 刺客
僕は医大の試験を受けるために、ライラさんと王都にやってきたんだけど……。
どうやら手違いでホテルは一室しかとれてなかったみたいだね……。
夜になり、ホテルの寝室には僕とライラさんだけだ。
緊張するし、気まずい……。どうすればいいんだ、こういうとき……。
「ヒナタくん……お話があります……」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ライラさんが僕に近づいてくる。生地が薄めの寝間着だから、そんなに近づかれると目のやり場がない。
「私とヒナタくんが知り合って……そろそろ結構な時間がたちます」
「そ、そうですね……。いろいろありました」
「はい。それに、ヒナギクちゃんの病気も良くなって、そろそろ言うべきだと思ったんです」
「な、なにをですか?」
ライラさん、いつになく真剣な表情だ……。
もしかして、大学に行っちゃうから僕をクビにするとか……!?
それはさすがに困る……!
いやいや、さすがにそんなわけはないよ……ね?
◇
【side:ライラ】
私は決死の覚悟で、ヒナタくんに迫ります。
この日のために、綿密に計画を立ててきました……!
旅行先でなら、ヒナタくんの鈍感さも多少はマシになるかと思いましたが……。
それでも、今日言うしかありません!
このままだとヒナタくんは王都へ行ってしまうし……そうなれば、私との接点はどんどんなくなっていき……あげくには疎遠になりかねません。
それだけは避けたいです。
王都の医大に通ったりなんかしたら、悪い虫が寄ってくるに違いありませんしね!
「ヒナタくん……!」
「は、はい……!」
私はどんどんヒナタくんに詰め寄ります。もうヒナタくんの後ろにはベッドしかありません。
このまま押し倒しちゃいましょうか……。
――えい!
「わ……! ちょっと、ライラさん!?」
私の顔と、ヒナタくんの顔が、息がかかるくらいに接近します。
はぁ……はぁ……。
はやくこの気持ちを伝えなければ……!
今こそ言うのです! 私! ライラ・レオンハート!
――ヒナタくんと婚約して、いっしょにギルドを大きくしていきたい! ……って!
「あのですね……ヒナタくん……!」
「だ、だからなんなんですか、ライラさん!」
そのときでした――。
――ガシャーン!
大きな音と共に、窓ガラスが割れて、なにか黒い塊が部屋に転がり込んできました。
「ライラさん……! あぶない!」
ヒナタくんがそう叫びます。
「――え?」
――ザク……。
――ドクドクドク……。
◇
【side:ヒナタ】
――ガシャーン!
大きな音と共に、窓ガラスが割れて、何者かが部屋に侵入してきた。
ライラさんの話は気になるけど、今はそれどころじゃない!
黒い人影は、一直線に僕たちへ向かってくる。
「ライラさん……! あぶない!」
僕は咄嗟に、身体の上に覆いかぶさっているライラさんを、放り投げる。
「――え?」
もちろんそれで怪我をしてしまったら本末転倒だ。
なるべく優しくライラさんを僕から退かす。
「うおおおおおおおおおお!」
僕は身をていして、謎の人影に立ちはだかる。
刺すならライラさんではなく、この僕をだ!
――ザク……。
――ドクドクドク……。
「……かはっ!」
僕はお腹を刺されたのか……? 息ができない……。
吐血してしまう。ホテルの綺麗な純白のシーツが、一瞬にして真っ赤に染まる。
「きゃああああああああああ! ひ、ヒナタくん!? いやああああああ!」
ごめん、ライラさん……。僕はバカだから、こうするしかできないんだ……!
◇
【side:カエデ】
私は隠密暗殺部隊5597所属、カエデ・ロベルタス。シノビと呼ばれる隠密暗殺者だ。
今回の任務は、スカーレット・グランヴェスカー直々に下された、失敗できない仕事。
私はタイミングを見計らって、ホテルの一室へと侵入する。
(ふふふ……ヒナタ・ラリアークめ。女といちゃついているのが悪いのだ! 隙を見せたな! まさに、絶好のタイミング!)
窓ガラスを割り、地面に転がり込んで受け身をとる。
そして向かうはベッドの上のヒナタ・ラリアーク。
上に乗っかっている女もろとも、葬ってやるわ!
――ザク……。
「……かはっ!」
よし! 成功した! 女はヒナタの機転で難を逃れたが、それは別にどうでもいい……。
ヒナタ・ラリアークさえ仕留めれば、あとはこっちのもんだ。
「やった……!」
私は確かな手ごたえを感じていた。仕留めた! これは確実に仕留めたぞ!
そう思い、剣を抜き、立ち去ろうとした時だった……!
「あれ……抜けない……」
ヒナタ・ラリアークの身体に刺さった剣が抜けないのだ。
やつの身体にそれほどの筋肉が……? いや、そんなはず……。
「――活性」
は……? 今、ヒナタ・ラリアークは何と言った……?
ヤツの持つ黒龍のペンダントは破壊されたはずでは!?
「――活性」
「――活性」
「――活性」
「――活性」
「――活性」
ヒナタ・ラリアークがそう唱えるたびに、ヤツの肉体に力が増していくのがわかる。
まさか、肉体の強度を活性化させたとでも言うのか!?
それに、傷口もほぼふさがっているように見える……!
コイツ……化物だ……。
私は恐怖のあまり、漏らしそうになる。これでは暗殺者失格だ……。
まさかコイツがこんな力を隠していただなんて……!
「君……自分が何をやったか、わかっているよね?」
ヒナタ・ラリアークは、温和な笑顔のまま、こちらへと近寄ってくる。
それが余計に恐怖心をあおる。
「……っひ! ゆ、許して…………」
「は? 僕を刺しておいて、それはないんじゃないかな……? それに、ライラさんを危険なめにあわせた。その罪は重いよ?」
「ひぃっ……!」
私はその場で失神した。
願わくば、失禁はしていないことを祈ろう……。




