第60話 復讐? or 和解?【side:ライラ】
「ま、待ってください!」
「ヒナタくん……!?」
どうしてヒナタくんがここに!?
せっかく私がヒナタくんの敵を追い返そうと思っていたのに……。
目の前の医術師志望者たちも、目を丸くしています。
「お、おおおお前は医術長に追い出されたポーション師!?」
またしても医術師たちがヒナタくんに好奇の目を……!
ここは私が睨みつけて威嚇をしておきましょう……。
「……ひぃっ!?」
「ら、ライラさん。僕なら大丈夫ですから! そう彼らを敵視しないでください!」
やっぱりヒナタくんは彼らを許すつもりなのですね……。
優しすぎるヒナタくんなら、そうするとは思っていましたが……。
だからこそ、私が止めようと思ったんですけどね――。
無駄でした。
でも、そこがヒナタくんらしくて、一番好きなところです……。
「ライラさん、彼らを帰してはいけません。医術部門に必要な人材です!」
「ですがヒナタくん、いいんですか……? 彼らに酷いことをされたんですよね?」
「ええ、でもそれは僕と彼らの問題です。このギルドとは関係のないことですよ。むしろ、僕としては彼らに力を貸してもらったほうが、利益になります」
「ヒナタくん……」
彼がそう言うのなら、そうなのかもしれません……。
ギルドの利益を考え、ギルド長として判断するのであれば、彼らを採用しない理由はないです。
公私混同はよくないのもわかっています……。
だけど、彼らがやったことを思えば、せめてヒナタくんの実力を認め……謝ってほしいものです。
それならなんとかがまんできます……。
私が彼らに謝罪を要求しようと、口を開こうとした瞬間――。
「す、すまなかった!」
医術師たちの代表の男が、唐突に頭を下げた――。
◇
【side:キラ】
「す、すまなかった!」
俺は机に頭をこすりつけ、誠心誠意、心をこめて謝った……。
この思いが……伝わればいいのだがな……。
「ど、どうしたんですか急に!?」
ライラさん……だったかな、面接をしてくれたギルド長が、驚いている。
まあそれもそうだろう、俺はさっきまでは確かにこのポーション師のことを忘れていた。
ポーション師のなんてのはみんな見下しているのが当たり前の世界にいたからな……。
俺もガイアックと一緒になって、彼を追い出したのは事実だ。
だが彼はどうだ……? それを許せとギルド長に進言したではないか!
こんなこと、できる人物はなかなかいない。俺は感銘を受けた。
なんて寛容な人物なんだ……。俺は自分が恥ずかしい。
「お願いだ! どうか俺たちを許してほしい! おい、お前たちも頭を下げないか!」
俺はジンリュウ含む他の医師たちにも頭を下げるように促す。
「「「「す、すみませんでした!」」」」
謝って済むことではないかもしれないが……。
今の俺たちにはこのくらいしかやれることはない。
だって、他に行くところなどないのだから。
それに、彼のような立派な人間と働いてみたい!
――ガイアックのようなクズの元でなく……。
彼と一緒にいれば……俺も変われるかもしれない。
今までの俺は……のらりくらりと権力者に媚びをうるしょうもない男だったが。
ここでなら生まれ変われる!
俺は必死に頭を机に打ち付ける。
すると、そんな思いが届いたのか――。
「や、やめてくださいキラさん! 皆さんも、頭をあげてください」
◇
【side:ヒナタ】
「や、やめてくださいキラさん! 皆さんも、頭をあげてください」
僕は頭を机にガンガン打ち付けるキラさんを目の前にして、思わず止めずにはいられない。
たしかに僕も、彼らのことは許せない……。
だけどだからこそ、彼らをここで追い返すわけにはいかないんだ!
彼らが憎いからといって、僕が彼らの職をうばっていい理由にはならない。
たくさん酷いことをされた……だからこそ、それを働いて返してもらおう。
僕はそういう風に考えたい。せっかく僕のことを考えてくれたライラさんには悪いけど。
これは僕のわがままだ。でも、ライラさんの為でもある。このギルドのため。
――それに、こんなに誠意を込めて謝っている人を、僕は無下にはできない。
「ヒナタ……いや、ヒナタさん。俺たちはアンタを、いや……ポーション師のことをすっかりバカにしていた……。でもようやく思い知ったんだ……。ガイアックの真の姿を。そしてポーション師の真価を」
「何があったのかは知りませんが……。きっと全部ガイアックのせいなんですよね? キラさんは、ガイアックの一番そばで働いていた……」
「ああ、そうなんだ。俺は一番そばで見て、嫌というほどわかったよ。ガイアックのひどさを。そして、今ならキミの気持ちが少しわかる。理不尽に職を奪われる辛さが……」
やっぱり、キラさんもガイアックの被害者なんだろうな……。
どんな理由で彼らが追い出されたのかは知らないけど……きっとガイアック絡みだということはわかる。
「わかります。僕もあなたたちも、同じガイアックの被害者だ。だからこそ……ここで成果をあげて、ともにガイアックを見返しましょう!」
「あ……ああ! ありがとう! 本当にありがとう!」
よかった、キラさんたち……本当にうれしそうだ。
そうだよね……みんな家族がいるんだし……職を失う怖さは、僕が一番知ってる。
僕たちは近づいて、握手を交わした。
その際に、キラさんが僕の耳元でこんなことを言った……。
「それにしても、ギルド長と恋人同士とは驚いた……。あんなにキレイな人。あなたもなかなかやるな……ポーション師のヒナタ……」
「え……?」
どういうことなんだろう……。
キラさんはきっと勘違いをしているのかな?
ま、まあよくわからないけど……そのうち誤解はとけるだろう……。
キラさんたちには、採用にあたって、契約書にサインをしてもらったよ。
そして彼らは担当者に連れられ、ザコッグさんの元へ――。
僕とライラさんだけが、その場に残される。
「本当にいいんですか、ヒナタくん? 彼らを許してしまって……」
「ええ。それに……許したわけではありませんよ……」
「え?」
「まあ、そのうちわかります……」
◇
【side:キラ】
「よかった……なんとか許してもらえたな……」
「本当によかったですね! キラさん!」
やはり俺は人に取り入るのが上手い。
もちろん、俺の言った言葉に嘘はない。
だが、それ以上に彼は人を惹きつける魅力にあふれているな……。
ガイアックの力に怯え、俺たちはなにも見えていなかったのかもしれない……。
つくづく環境というものは恐ろしいものだ。
そこのリーダー次第で、全員がイカレちまう。
「では、こちらが医術ギルド部門になります……」
担当の女性が、俺たちを案内してくれた。
長い廊下の先に、その医術ギルド部門はあった。
ここで俺たちは心機一転、やり直すんだ!
そう思い、足を踏み入れる。
だが――現実はそんなに甘くはない。
彼が許しても、神は俺たちを……許しはしなかった――。
◇
「お前たちが新人か……。ん? お前は……、ガイアックのところにいた、キラじゃないか?」
「……ひぃっ!?」
俺たちを出迎えたのは……【世界樹の精鋭達】の医術ギルド部門――そこの最高責任者。
どんな人物なのだろうか……こんな巨大ギルドの部門長だからな……そう思って身構えていたが……。
まさか俺も面識のある人物だとは……。
「あ、あんたは……ザコッグ!?」
「あん? ザコッグさん、だろコラ!」
「す、すみません……」
ザコッグと言えば、俺たちがガイアックと共に、ひどい目にあわせた奴らの一人だ……。
そんな人物が、俺たちの新しい上司!?
終わってる……。
彼は許しても……ザコッグは許さないだろうし……。
「あのときは、さんざんな目にあわせてくれたなぁ!? ガイアックともども、焼き殺してやりたいところだが……。せっかくの労働力だ……、死ぬまでこき使ってやろう……」
「そ、そんなぁ! すまなかった! あ、謝るからぁ!」
「ダメだ! お前たちがヒナタさんにしたことも知ってるぞ! ヒナタさんは聖人だから、お前たちを許すだろうが、俺は許さない!」
「ひ、ひぃ!」
ザコッグは、それから俺たちを、馬車馬のように働かせた。
たぶん俺たちへの嫌がらせのつもりなのだろうな……。
面倒な仕事は、俺たちにやらせる。
ザコッグのギルド出身のやつらは、簡単な仕事ばかりしやがる……!
俺たちの仕事は、これが貴族のやる仕事か……!? というほどに、過酷だった。
身の回りの世話や、面倒な雑用はすべて押し付けられたし、残業も当たりまえ。
ポーション師の仕事までやらされた。
「う……ポーションを混ぜるのがこんなに大変だなんて……」
「おいおい、そんなんじゃ日が暮れちまうぞ!」
「お、お前たちも魔術医師だろ? なんでそんなにポーションのことに詳しい!?」
「は? 俺たちはヒナタさんにちゃんといろいろ教えてもらってるのさ。ポーション師だからといって、ヒナタさんの言葉を聞かなかったお前たちとは違うのさ」
「……っく……!」
ザコッグ以外の同僚にも、きつく当たられた。
そりゃそうだ、ここのみんなはあの男をしたっている。
ここに俺たちの居場所はない。
だが、やるしかないのだ……しがみつくしかないのだ……。
それがせめてもの、罪滅ぼしとなるならば……、俺は甘んじて受け入れよう……。
「おい、キラじゃないか……?」
あるポーション師が俺に話しかけてきた。
「げ……、お前は……ヘルダー・トランシュナイザー!?」
「あんた……ガイアックのとこにいた時はよくもやってくれたよな……!」
「ひぃっ!?」
まさかヘルダーまでここにいたなんて……。どうなってるんだ!?
ザコッグにヘルダーに、復讐とばかりに命令された。
そしてようやく――。
「おい、キラ……これがお前らの給料だ」
「ど、どうも……こ、これは……!?」
最初の給料日、俺はザコッグから受け取った小袋を前に、崩れ落ちる。
「お、おかしいだろ……! これ……」
「ん? おかしいって、多すぎるって意味だよな?」
「は?」
「まあそりゃそうだ。本来ならお前らのような、ヒナタさんの敵に、やる金なんてないんだ」
だとしても……これは異常だ。
俺たちの給料は……雀の涙ほどしかない。
平民に渡す給料だとしても、仕事内容のハードさを考えたら違法ものだ。
まして、大学出の貴族に渡すとなれば……!
「お、おい! いくらなんでもこれはひどすぎるんじゃないのか……!?」
「おいおいおい、それはないだろ? これはお前らも望んだことじゃないのか……?」
「は?」
「契約書にサインしただろ? ちゃんと読まなかったのか……?」
「……なっ!?」
「私たちは少ない給料でも文句も言わず働きますと書かれていただろ……?」
「キサマ……! ハメたのか……!?」
「おっと、俺に怒る前に自分の未熟さを憎むんだな。ま、ヒナタさんにそう付け加えるように助言したのは俺だけども……。これでようやくすこしは返せたかな、ヒナタさんに……」
ザコッグのやろう……!
くそ……これなら……ガイアックのほうがマシだった……。
その後も俺たちは契約書に縛られ、文句を一切受け付けてもらえず、ザコッグにしごかれ続けた。
そして俺は、過労で倒れた――。
◆
さてさて、一度はキラたちを許したかと思われたヒナタだったが……。
キラは愚かにも契約書の内容を確認しなかった!
そのせいでヒナタたち世界樹ギルドにとって、都合のいい労働力になってしまう。
こうして、思いもよらぬ形で世界樹の人材不足は解決されたのだった……。
だが、それはすべてザコッグの思い違いが原因だった――。
次回、ヒナタがそれらを解決することになるのだが……。




