60 夏の匂い(R15?)
5
「またねウー君。アンドナちゃんも、『また』ね」
「降りるよアンドナ」
「ぅ、うん」
アパート前にて、軽トラの荷台から降りる僕達。
セレスは助手席にて、見送るでもなく無言で進行方向を見つめている。
「じゃーねー」と、ママンらは去った。
「……ふぅ。やっと騒がしいのと離れられたね」
「つ、疲れた……」
「あっ、歯に青のり」
「嘘!? (サッ)」
「ウソウソ。けーるべけーるべ。……おや?」
ポツ ポツ ポツ ポツポツポツ サッー
瞬く間に強くなる雨に「ひゃー!」「きゃー!」と僕達は慌て、
カンカンカン
急いで階段を上る。
部屋の扉の前に辿り着き、
「(ぶんぶんぶん)」
「ひゃあっ! 犬みたいに水飛ばさないでっ」
「ふぅ……酷い目にあったね。家の前で良かったよ」
「私は雨以上に濡らされたよ……」
入り口前のボヤけた照明で、妖しく照らされる彼女。
「むほほ、少し体操着が透けてるね。そーいえば今日はピンクだったか」
「も、もう、エッチッ。油断も隙もないっ」
「くんくん」
「えっ!? な、なにっ? 急に嗅がないでっ」
「夏の雨で舞い上がった土の香りを楽しんでるんだよ」
「あ、ああ、そっち。楽しい……?」
「のすたるじぃな感じがね」
ガチャリ 扉を開け、暗く狭い玄関へ。
「はぁ。早くタオルで拭こうよ」
「僕は雨で濡れるのは嫌いじゃないけどね。青春ぽくて」
「理解らなくもない感覚だけど……」
「あと……こうして男女が雨に濡れて雨宿り、なんて漫画みたいなシチュも、青春ぽいよね(ギュッ)」
「っ! ……そ、それも……理解らなくもないかな……」
ハグすると、前よりも自然な仕草で抱き返す彼女。
重なり合うと感じるぬくい体温。
じめっと湿った空気。
「ま、一人暮らしの男の家に来た時点で恋愛漫画じゃなくエロ漫画シチュだけどもね」
「もぅ……折角いいムードだったのに」
チュピ
彼女が自らの唇をすぼませ、唾液で濡らす。
ヌラリと外の灯りでテカる唇。
今日一日、外出した時から我慢していたのだろう。
今の彼女の瞳は『捕食者』だ。
ジリ ジリ
抱き締めながら、徐々に閉めた扉へと僕を追い込む彼女。
逃げられないように。
僕の胸板で潰れる彼女のおっぱいの重さと圧迫感は、僕の自由を奪う拘束具。
僕がこのままあと五秒ほど、黙っていれば、彼女はそれをオーケーサインと見做し、襲って来るだろう。
ここ数日で立派なサキュバスへと『仕上がって来た』彼女。
だからこそ。
もう少し我慢させる。
「くんくん」
「ッ! ……ま、また? こっからじゃ外の匂いはしないよ……?」
「今嗅いでるのは今日一日熟成させた君の匂いだよ」
「は、離れて! 今日は汗かいたから!」
「おらっ、ジタバタすんなっ、別にクサくないって。君の普段の甘い香りを煮詰めて糖度が増した感じでイイ具合よ。雨で濡れた事でアロマ入り加湿器のようにムワッと広がるね」
「う、嬉しくないっ。変なレビューしないでっ」
「んな事言ってぇ。君だって鼻ヒクヒクさせて僕の匂い嗅いでる癖に」
「うっ……」
「言うまでもないけど、匂いは相手の印象を大きく変える重要なファクターだからね。例え顔が残念な人でも、清潔感あって良い匂いしたら悪い印象は持たないだろう?」
「ま、まぁ、心当たりが無いでもないけど……」
「ほら、だから、も少しだけ」
「何がだからなのか……もぅ……」
二人の呼吸音。
夏の夜の雨音。
カエルの鳴き声。
ああ、そういえば……さっきは、カヌレの部屋の電気、ついてなかったな。
「君も、今度植物園に来るでしょ?」
「んっ……行けたら……行く……」
「来ないやつー。……ほっ(ヌルリ)」
「ンッ! (ビクッ)」
「背中。また汗かいてきたね」
「だ、だって……夏なのに抱き合って……熱いから……」
「にしてもかきすぎだよ。突っ込んだ僕の手、ヌルヌルだ。タオルで拭くだけじゃスッキリしなさそうだね」
「ぅー……これ以上、辱めないで……」
「シャワー、一緒に浴びよっか」
「…………ん」
観念したように、彼女の抱く力が弱まった。
当たり前だけど、前みたいに水着なんて用意は無い。
………………
…………
……
カポーン
「エロ担当には何も考えないで無茶していいから楽だよ」
「誰がエロ担当だ」
シャー
色々とスッキリしたっぽい彼女に、シャワーの湯を掛けられた。




