【五章】 50 朝キッス
1
チュンチュン チュンチュン
「……すぅ? (パチリ)……はぁ……」
小鳥の囀りを目覚ましに起き、先ずはやる事は深呼吸。
朝の冷たい空気を取り込む。
「んー……」
布団の中は僕一人。
もう一人が居たような温もりは既に消えている。
トン トン トン
おっと、そっちにいたか。
僕は体を起こし、台所へ。
ペタぺたぺた
「おはようー」
「あっ……お、おはよっ」
包丁を止めるエプロン姿の彼女。
かぶときゅうりの漬け物を切っていたようだ。
僕は水場に足を運び、マウスウォッシュを付属のお猪口? に注いでクチュクチュうがい。
「ダバー」
「もう……洗面所でやってよ」
「面倒。んっ」
僕はアンドナを背後から抱き締める。
ビクッと、『らしい反応』を見せる彼女。
「も、もう。調理中だよっ」
「調子は戻ったようだね」
「な、なんの話っ?」
綺麗に焼かれたシャケ、よく絡まった白滝とタラコの炒め物、出汁と磯の良い香りのするアオサの味噌汁。
夕食よりも洗練されたいつもの料理を見ればそれが分かる。
「ん? でもまだ顔が赤いね? んっ(コツン)」
「(グキッ)はうっ!」
無理矢理彼女の首を回し、おでこ検温。
「んー……昨日よりは下がってる、かな? でもやっぱりホッペは熱い」
「へ、変な体勢だから顔に血が溜まるんだよっ」
「ふぅん」
ふと、まな板の上の漬け物に手を伸ばす。
「あっ、こ、こらっ、摘み食いっ」
「んー……やっぱあとで」
気が変わり、摘んだきゅうりを焼きシャケの皿に置き、指先を側にある布巾でふきふき。
「もう、お行儀悪いよ?」
「お口がお漬け物くさいのは雰囲気ぶち壊しになるからね」
「な、なんの雰囲気……?」
「とぼけちゃってぇ」
スススっと横腹に指を這わすと、「んっ」と彼女は身じろいで、
「気持ち良かったね。セックス」
「そ、そこまでしてない!」
「またまたぁ」
「やったのはチューまで……あっ……」
「ホホホ」
「……意地悪」
「アレが夢魔の君が見せた淫夢じゃあなくて安心したよ」
彼女の耳が赤い。
パクリとしゃぶりたいところだけれどまだ早い。
僕は視線を落とし、
「そーいえば珍しいね、今日はスカートなんだ。結構なミニ。いつもはショートパンツとかなのに」
「た、たまには、ね」
「僕をムラムラさせて野獣のように襲われたいって魂胆かな?」
「……ふ、ふふんっ、やれるものならやってみれば?」
「ほう、敢えて否定せず誘っちゃうか。無理しちゃって」
僕は敢えて『今は』彼女の誘惑を躱し、
「で、ご飯はもう出来たの?」
「急に話を……この味噌汁があったまればね」
「なら」
カチリ 手を伸ばしてコンロの火を止め、
「今じゃなくても、いつでも朝ご飯に入れるわけだ」
……コトン。
静かに包丁を置く彼女。
それから手を洗って……、…………?
止まったぞ?
様子を窺おうと、抱きついたままヒョッコリと横から顔を覗かせて……
ブォン! ガッ! 「グヘッ」「んぎゃ!」
振りかぶられた彼女の横顔に吹き飛ばされた。
「ててて……もう、僕は野球のボールじゃないぞ?」
「ご、ごめん……」
「ここまでシチュ作ってお膳立てしたのに下手くそめ。ほら、補助輪付けてあげる」
向かい合い、目を瞑り、絶妙な角度で顔を固定する僕。
「んー」
「ば、馬鹿にして……、……(ソロソロ)」
待っていると チュ 唇におっかなびっくり、微かな感触。
「んっ、なんだい、随分とビビリなムグッ」
まさかの追撃。
馬鹿にした意趣返しのように、ジャブで油断した所に本命の一撃。
「はぁ……んっ……ちゅ……ちぇろ……」
淫靡な水音。
僕の唇の感触をハムハムとグミのように楽しんでいる。
「ぷはっ……んんっ」
顔を離すアンドナ。
ウルウル揺れるトロンとした瞳。
昨夜もこんなスケベな顔をしていたのだろう。
明るい朝だからよく分かる。
「み、見ないで……」
「こら、隠そうとすんな。君には今のキスの感想を述べて貰うよ」
「羞恥プレイやめてぇ……」
「海外のカップルはエッチ後に互いのプレイの感想を真面目に言い合って仲を深めるらしいぞ。ほら、どんな感じだった?」
「……み、ミント味」
「だから漬け物食べなかったんだよ。他には?」
「や、柔らかかった……」
「小学生並みの感想しかでねぇな?」
「だ、だって、まだ数回しかしてないし……」
「欲しがり屋さんめ。ま、僕にも収穫があったから良しとするか。君は『一度キスしたらエッチなスイッチ入る』淫乱って覚えとくよ」
「ふ、普通だから! 大抵のカップルはそうだからっ」




