45 スピード解決
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慌てて掛けて来たのはメイド長ならぬ新人メイドさん。
彼女は叫ぶ。
『わらびちゃんが拐われた』と。
一大事だ。
絶望的なニュース。
夢先の、そして僕の姫の危機。
「車のナンバーは記憶しています! 奥様! 今すぐ夢先の『回収部門』に連絡しお嬢様の救助を!」
「落ち着きなさい。どうやら貴方はまだ『知らない』ようですね」
しかし、シフォンさんは涼しい顔。
てか回収部門てなに? 物騒なワード。
「お、落ち着け、と? こ、こんな一大事に! 貴方達も! なぜそこまで落ち着いて!」
新人メイド長の言うように、シフォンさんも周囲のメイドらも慌てる様子は無い。
「わらびちゃん、この家で嫌われてんの?」
「そんな事はありませんよ。『今の』ウカノ君が知っているかは知りませんが、ウチの女は『特別』で…………そういう貴方も、妙に落ち着いているように見えますが」
「ああ、うん。そりゃあ僕は『こういう事態の為に』」
キイイイイイ ドンッッッ!!!
「『備えておいた』から、ね」
人が話してる最中、外から衝突音。
「い、今のは車がぶつかる音……?」
「頃合いだね。じゃあ姫を助けに……いや、『迎えに』行ってくるよ」
ポカンとする新人メイド長を横切り、屋敷の外に出る僕。
「人避けを」「はっ」
後ろでシフォンさんがメイドさんと何か遣り取りをしていたが、気にしなくていいか。
「え? ウカノ君?」
と。
庭の方でバッタリ、顔を合わせたのは、この屋敷の『もう一人の姫』。
「アレ、カヌレじゃん。どうしてここに?」
「いや、ここが私の家なの知ってて言ってるだろ……ちょっと、物を取りに来たんだよ」
「そっか。僕は取り戻しに行く最中さ。よっ(スッ)」
「一体何の話を…………何で【木の枝】拾ったの?」
「『護身用』」
「……『穏やかじゃない』ね」
僕はカヌレを横切り、道路に出る。
チカッ チカッ チカッ
視線の先に、一台のハイエースが見えた。
その車のハザードランプが、まるで助けを求めるように点滅している。
ハイエースのボディは、『案の定』ボコボコに凹んでいた。
ズズズ ズズズ
ゆっくり、バックしてくるハイエース。
運転手の操作ではない。
【パンダ】と【イノシシ】が、フロントバンパー辺りを押して、こっちまで持って来ているのだ。
「なに? あの微妙にメルヘンとは言い難い光景……」
僕の横で、追い付いたカヌレが呆然と呟く。
「金太郎にはありそうだね。ま、安心して。友達さ」
「じゃなかったらこんな町中に居るのは恐怖でしかないけどね……何? あの車を襲ったのはあの子達って事かい?」
「間違っちゃ無いけど」
友人らの元に向かうと、「「フゴッフゴッ」」 二頭は僕を見るや否や駆け寄って来た。
「ありがとねー。『頼んでた通り』完璧な仕事だったよ。後でウチに寄ってくれたら白菜とスイカあげる」
「「ゴフゴフッッ」」
大型バイク並みのイノシシと二メートル級のパンダをわしゃわしゃ。
二頭とも僕より大きいのでわしゃわしゃ甲斐がある。
「(ゴソゴソ)取り敢えず今はオヤツ代わりに生の栗でもつまんでて」
「ええっと……ウカノくん。今ってコレ、どういう状況なの?」
「んー? 真相は車の中にあるよ」
ヒョコヒョコと車に近付き、後部の座席ドアに手を伸ばす。
「(ガチャ)やっほー。元気かい、わらびちゃん」
「う、ウカノさん……?」
「わらび!? ど、どうしてこの車に!」
慌てるカヌレ。
説明より、先ずはわらびちゃんだ。
「ほら、手」
「あ、ありがとうございます……」
手を引き、車から降ろし、これでほぼメインのミッションは完了。
わらびちゃん、この状況に怯えて震えていると思っていたが、『困惑』の割合が多い様子。
「(体ペタペタ)ふむ。すぐに助けたからグヘヘな目には遭ってないようだね、安心したよ。僕が犯人なら今頃グヘヘだ」
「そ、その子達が『車を止めて下さった』ので……」
「うむ。備えておいて正解だった。ーーさて。不届き者の素顔を確認しとこう。前からハッキリと、ね」
前方座席の扉に手を伸ばす、が……スカスカッ……ドアハンドルがガチャリとならんから壊れてるな。
イノシシの『突進攻撃の影響』だろう。
「パンちゃん、この扉、お願いしていい?」
「ゴフッ」
肯いたパンダが扉の隙間に手を掛け バキッ! ゴギッ! ボゴン! 怪力で引っ剥がした。
運転席と助手席が横オープンカーに。
「チンピラ風の男が二人……? 何者だこいつら。わらびの知り合い、では無いんだろうが」
そんな顔に傷のある強面の男達だが、現在絶賛気絶中。
何故だか『アヘェ』と恍惚とした顔で。
僕はそいつらを無視し、体を乗り出して車の中をゴソゴソ。
ダッシュボード辺りで……
「ビンゴ」
一枚の写真を発見。
「こ、これは……【私】?」
表情を歪ませるカヌレ。
このブツだけで、凡ゆる可能性を『察せて』しまう。
「前以て言っとくけど、今回の件でカヌレは責任を感じるなよ?」
「だ、だって! この男達の目的がどうあれ、わらびは『私と間違えられて』拐われそうになったんだろ!?」
「だから君は何も悪くないよ。『悪いのは悪い奴ら』なんだから」
僕は、カヌレが人気絶頂全盛期のまま引退した事に、密かに『リスク』を感じていた。
『暴走するファン』、『黙っていない芸能事務所関係者』、『ネタを嗅ぎ回るマスコミ』。
「ま。君らにいつか何かしらの危険があると予期していた僕は、こうして『友人らに空から陸から』と監視して貰ってたわけ」
僕が空を指差すと、「キー!」と鳴くトンビ。
もし『水着回』で海に行くイベントがあれば、その時は海の仲間(サメ辺り)をスカウトするだろう。
「そ、そうだったのですか……この動物さん達が私を助けてくれて……」
「車にも絶妙な角度で突進してくれた筈だよ。君が衝撃で怪我しないように、ね」
「か、感謝に撫でても平気でしょうか……?」
「いいよね?」
「「フゴ……」」
と気のない返事をするパワータイプな癖に繊細なアニマルズ。
撫でられてる時も無反応な塩対応。
ホント、僕やセレスとか以外にはこうだな。




