38 譲れぬ性癖
「ーーふぅ。た、ただいま戻りました……」
「おかー」
「……な、何か話し声が聞こえた気がしましたが……?」
「間違え電話ー」
「な、成る程…………ッ!? そ、それ、見ちゃいました……?」
わらびちゃんが指差す先にはタブレット。
表示されてるのは【ふたごのマゾク】の謎多きアート。
「ああ、そうそう。わらびちゃんって」
「は、はい……」
「漫画家志望とか?」
「……え?」
目を丸くする彼女。
「コレだよコレ。君、絵を描くんだね。しかも上手いじゃないか」
「そ、そう、ですか……?」
「まるで『プロ』みたいだ」
「え、えへへ……(照れ)」
「コレだけ絵も話も作れるんなら、商業デビュー出来そうじゃない?」
すると、わらびちゃんは少し顔を伏せ、
「で、デビューというか……、……その……わ、私、もう、絵は辞めようと思ってまして……」
申し訳なさそうだが、しかし彼女の表情に後ろめたさは感じない。
「そうなんだ、勿体無い」
「す、既に『当初の目的は果たした』ので……」
「目的ねぇ。絵描く事が好きなわけじゃなかったんだ?」
「ど、どうなんですかね。私には『それしか出来なかった』だけで……けれど、『見て貰いたかった相手』に見て貰えて……面白い、と言って貰えて、満足してます」
なんだがカヌレが芸能界辞めたのと同じような理由だなぁ。
「……『望んでいた未来』を描きたかったんです。げ、現実では実現不可能と『思っていました』から」
「未来、ね。君はどんな結末を望んでいたのかな?」
わらびちゃんは、遠くを見るような目になって、
「す、好きな人……達と仲良く穏やかに過ごしたい……それだけの面白味のない結末です」
「素敵じゃない。アレ? でも目的果たしたって言うくらいだから、望みは叶ったのかな? あ、もしかして、僕叶えちゃいました?」
テヘペロとおどけたが、わらびちゃんはゆっくりと頷き肯定。
マジレスは反応に困る。
「んー、じゃあ、もう君は漫画を描かないんだね?」
「……い、一応、『公開してる場』があるので、読者の為に完結はさせるつもりです」
「そうだね、物語ってのは締めないとね。(どんな内容か分からないけど)ほのぼのハッピーエンドかな?」
「……わ、私は納得する終わりですが、読者には賛否両論かもしれません。ーー『片方が身を引く』、そんなラストです」
ふむ。
その言葉の意味通りなら、恋愛要素のある漫画のようだ。
「そっか。君がそのラストに納得してるなら良いと思うよ。ま、『僕が主人公のラブコメ』なら総取りハーレムエンドを『強行』するけども」
「……そ、そちらも賛否両論になりそうですね」
「重要なのは作者の信念だよ。逆に、複数のヒロインが出る作品全てがハーレムエンドじゃないのが僕は不満だね。初めから一人を決めててブレない主人公は除くけど」
「い、一夫多妻な世界観の作品が溢れるのもどうかと……」
「でも考えてみて? 複数の女の子に気を持ちつ持たれつしといて最終的には選ばない主人公って酷くない?」
「そ、それは……どこまで関係性を進めたか、によると思います。お互い了承の上でキ、キス、ぐらいまでしたのなら、振るのは可哀想ですが……」
「成る程。チューまでしちゃえばお互い既成事実で結びついて」
「た、例え話です……!」
わらびちゃんは顔を赤くしつつも、少し沈んだ表情になり、
「……創作に、現実的な問題を絡めるのもどうかと思いますが……実際、複数の相手と関係を持つなど難しい話です。時代やそういった国柄なら別ですが……現代のこの国では、『不幸になる未来』しか見えません」
「ソレだよ」
「え? ソレ?」
「ソレ。『ハーレムエンドは不幸になる』ーーそう。『みんなで』不幸になるべきだ」
「み、みんなで?」
「うむ。ハーレムエンドはね、先を考えたらそりゃあ辛い事も多いだろうさ。自分達だけならまだしも子供にだって影響はある。でも、大事なのは元凶が『後悔しない事』だ」
「こ、後悔……」
僕は天を穿つように拳を上げ、
「信念を曲げない、と言い換えても良い。全てを受け入れる『覚悟』。ブレない男ってのは魅力的だよね。ーーけど、腹立たしい事に、そこいらの主人公には相手を『不幸にする覚悟』もねぇ」
「う、ウカノさん……?」
「その程度の野郎どもなんだ。ヒロインに対してその程度の気持ちしかないんだよヤツらは。僕は嫌だね。振って傷付いたヒロインがその後『独身』になったり『他の男の元に収まる』だなんて。でも主人公は『自分の幸せ』だけ見てヘラヘラしてるんだ。フンッ、その程度の野郎、どうせ選んだ一人の女すら幸せに出来ねぇぜ!」
「お、落ち着いて下さいウカノ……!」
フー! フー! と興奮した僕だったが、ミネラルウォーターを渡されゴクリ。
一息ついて……
「話を戻すけど、僕はヒロインや家族を無責任に『幸せにする』なんて言えない。幸せってのは二人やみんなで自然と『成ってるもの』だし。僕に在るのは、不幸にする覚悟と、あと『一つ』だけ」
「ひ、一つ……?」
「めいっぱい注ぐつもりな『愛』、さ」
「……、……あ、愛とは、抽象的ですね」
「難しい話じゃないよ。『側に居る』、『遊ぶ』、『ハグする』。全力で構ってやるのが愛だよ」
「……わ、わかりません。それは、それも、結局は自己満や一方通行では無いですか? どのような歪んだ家庭になるか……」
「良い例と悪い例が有る。『僕みたいな人間』が育つよ」
「……え? そ、それって……」
視線を逸らしていたわらびちゃんが僕を見た。
「まさに、『僕のパパンがそんなハーレムエンドを迎えて』今に至る」
「う、ウカノさんのお父様が……」
「ん。ま、良いもんだぜ? 普通じゃない体験が出来る。腹違いの兄妹がいたり、パパンと母親集団がギャーギャーやってる光景見られたり、そんなおかしな男に全力で愛されたり」
「……う、ウカノさんは、そんな成功例を間近で見たから、そこまで自信満々だったのですね……」
「失敗例とも言えるけどね。ーーと、いつの間にか身の上話になってたね。君の漫画の話だった」
ムクリ 僕は体を起こし、
「ま、どんな結末を描くかは、全て君次第だよ。当たり前だけど」
「……す、少し考させられました。……、……でも、今の所、結末は変えないと思います」
「大方、相手を思って身を引く健気なヒロインの一人か……泣けるほどに良い女だね。それに気付かない鈍感主人公をぶん殴ってやりたいよ。新キャラで僕を親友役で出して殴らせてくれない?」
「さ、最終回に新キャラはちょっと……」
「賛否両論エンド……『商業的な作品なら』自由な結末には出来ないんだろうけど、そこは個人勢の強みだね」
タブレットのサイドにある電源ボタンを押し、画面を消す。




