369 職員と脱出
私は現在、窮地に立たされている。
世界の『異常存在』を収集する『組織』の元『職員』であった私が、恐らくは自身の生涯……いや、この世で一、二位を争うほどの『異常存在』と対面させられそうになっている、今の現状。
その『異常存在』の名は【ウカノ】。
そんなウカノに『会いたい』などと言う物好きが現れたせいで、私は窮地に立たされている。
本来、ウカノのような存在は『望んで会える相手では無い』のだ。
それは言葉遊びではなく、『物理的な意味』で。
例えば、ウカノの現在地が判明していたとしよう。
だが、会いたいと意識してその場に着いても、顔を合わせる事は叶わないだろう。
邂逅出来るのは、『選ばれし者』だけ。
選ぶ権利があるのは当然、『あちら側』。
『組織』ではこれを『選別』と呼ぶ。
前にも説明した気がするが、一般人は『異常存在』と相対する事自体が珍しい。
誰も彼も『おばけ』と会えるわけではない、と言えば分かりやすいか。
特定の場所で、特定の時間で、特定の条件下で……凡ゆる要素が揃って初めて、一般人は『異常存在』に遭える。
確率としては宝くじや落雷より低い。
遭えてしまったなら、それは最大級の『不運』。
それを踏まえて。
目の前の慧音さんやウカノという存在は、当然ながらそんじょそこらの『異常存在』ではない。
一般的なお化けとの邂逅ですら宝くじや落雷という確率なのに、件の二人と邂逅出来る確率は、天文学的……という言葉すら安っぽく聞こえる確率。
ぶっちゃけゼロだ。
人が何度も転生して、何度も何度も転生して……それでも遭えるか分からないような存在。
と言っても、『意識』しなければ、街中で『すれ違う』程度なら可能だろう。
良くて、『綺麗な人がいた』と意識出来ても、それ以上『興味を持てない』、そんな存在。
興味を持てない、存在すら知る事が出来ない……
この特性は、『組織』が植物園という存在を長年認識出来ていなかったのと同じだ。
で、話を戻すが……戻さず目を背けたい現実だが……
慧音さんであれば、この異世界組(物好き達)の目的……『ウカノに会いたい』という願いを、意図的に叶えられるだろう。
なんせ、ウカノと同等の次元の人なのだ、実現は容易い。
それに、『組織』によれば『異常存在には一度遭えば二度目も遭いやすくなる』というデータもあるから、慧音さんに頼らずとも、(過去に交流があったという)異世界組はいずれウカノに会えていただろう。
自身らが『異常存在』なのもあって尚更。
(……さて。この場に私は必要か?)
答えは否だ。
今すぐ適当な事を言って立ち去りたい。
というか、普通に『用があるから自分はここで』と言っても何も問題ない筈だ。
既に慧音さんも、こんなにつまらない私になど興味を無くしただろう。
私が消えると言っても、引き留めはしない。
で、慧音さんと別れた後の私の予定だが……
単純に、治安の良い静かな場所で落ち着きたい。
この島にそんな場所があるのか? という事で、ベストは、今日の宿泊所こと兄の働く旅館に戻る事。
次点で、途中に学園の知り合いら(ユキノやわらびやアマンら)と再会し合流するパターン……
面子が面子だけに、再びおかしな現象に巻き込まれてもおかしくはないが、今よりはマシだろう。
「ご、ご迷惑をお掛けしましたっ」
なんて、ペコペコと豆さんに頭を下げる(密漁)女生徒に、
「気にするな」と豆さんは返し……一言二言会話したのち……
女生徒は、その場から去って行った。
……結局、彼女は何者だったんだろう。
本当にただのウチの学生?
それとも……
前にも頭をよぎったのは、彼女が『組織の人間だった』という可能性だ。
この『植物園』の調査が出来ると知った『組織』が、山百合学園に送り込んだ『職員』。
送り込んだ、と言うと、まるで転校(入)生のように聞こえるが、『組織』もそこまで露骨な真似はしない。
『こんな事もあろうかと』、『組織』は『日本の全ての学校』に『職員』を忍び込ませている。
それは学生だったり、教師だったり……少なくとも、一度でも『異常存在』が発見された地域の、その周囲にある建物には、最低一人は『職員』が居ると思っていい。
私も知らない『職員』がこの学園の生徒として生きていて、この絶好のチャンスを逃すまいと『組織』から島の調査の依頼を命じられた……
無い、とは言い切れない。
流石に、女生徒の行動はお粗末過ぎたが、あの気弱そうなキャラも、万が一発見された際に用いる『仮面』だったのかもしれない。
『私の監視』も命じられてないとも限らないが……それ自体は大した脅威でも無い。
この島の『異常』と比べたら。
で、実際、この場を去った(と思われる)女生徒が、『組織』の人間だとしたら…………
別に、どうにもならないか。
少なくとも、私にはもう関係のない話だ。
好きにすればいい。
今、私が考えるべきは…………
(女生徒が去ったこのタイミングなら、私も自然と抜けられる)
と、いう事。
まだ、女生徒の背中は見えている。
チャンスは今しかない。
『学校の課題がある』だのなんだのと言えば、特に追求もされないだろう。
私は、さりげなく会話に入り込めるタイミングを伺いながら……
『今だ!』
という、会話の隙間が生まれた瞬間に口を開いて、
「ケーネ、だっけ? 取り敢えず、ここにウカノを呼び出しなさいよっ」
それよりも早く、人智を超えたスピードで割り込んで来たタルトに、私の声は掻き消された。
「僕を顎で使うなんて……おもしれー女」
「ダメですよタルト様、無茶を言っては。第一、短い間とはいえあの方と過ごした我々です。『来い』と命じて素直に来るような方でしたか?」
「ううん……確かに。何となくコイツに頼むのは無理そうね」
「呼べらぁ!」
「何ですって?」
「僕の頼みならウカノ君を呼べるって言ってんだよぉ!」
「なら呼びなさい」
「えっ! あの天邪鬼な子を!?」
……この遣り取りの最中、こっそり抜けてもバレない、か?
「ならウカノの家を教えなさいよ。それ以上は貴方に期待しないわ」
「むかっ、人を無能扱いしてっ。当然、家は知ってるぜ? けどなぁ、家教えるのもなぁ。可愛い彼女いるらしいし、騒ぎの種を寄越すのはあの子に悪いなぁ。因みに、あの子に会ってどうするつもりだい?」
「愚問ね。連れ帰るのよ、私の世界に」
「うーんこの。まぁ、これもあの子の業かぁ」
ソロリ…… ソロリ……
こっそり、その場を後にする私。
……意外にも、バレなかったな。
……いや、あの人にバレないはずが無い。
単に、私に興味がなくなったからスルーしたのだろう。
それしかない。
それではない、別な理由があるとしたら……
追い掛けて来た時の言い訳を、考えておこう。




