341 職員と逆襲
「聞きたい事は……そうさな。主、『釣り』でもしたか?」
ビクッと肩を跳ねさせる女生徒。
「釣り? この湖だと禁止なの?」
訊ねる慧音さん。
我が校の女生徒が小魚に追い掛け回されていた原因は、釣りという行為でここの住人を害したから……?
「うむ。そも、餌を垂らされてもここの住民は食わんがな。釣り堀であれば別の場所にある」
「んー? なら彼女も釣りなんて出来ないんじゃない?」
「言葉の綾じゃよ。網などを使えば捕れん事もない」
「そこまでして……ヨッ(パシッ)……ここの小魚が欲しいもんかね?」
飛び跳ねていた魚を一匹、手掴みで獲る慧音さん。
普通のお魚だと思っていたが、陽の光でキラキラと七色に輝くその姿は熱帯魚のように美しい。
この島の魚だ、コレも普通の小魚では無いのだろう。
因みに、慧音さんに捕まった瞬間、魚は口をパクパクともせずまな板の上の鯉のように大人しくなっていた。
「これ、離してやれ。普通の魚と違い陸に上げても死なんくらいには丈夫じゃが、貴様の手の上ではストレスで死んでしまうわい」
「んなわけあるかい(ポイッ ポチャン)……で、その女の子がここの魚を捕まえたんじゃないかって?」
「うむ。……どうじゃ主? (船)そこに、小さな容器でもあるんじゃないか?」
豆さんが諭すようにそう訊ねると、眼鏡の女生徒は「すっ、すいませんっ」と、足下から、百円ショップにありそうな透明容器(観察キット)を取り出した。
中には湖のものであろう水と、さっき慧音さんが鷲掴みしたのより更に小さいメダカサイズの小魚が。
「ふむ。主、魚が好きなのか?」
「え? そ、そうなんですっ。ここのお魚は綺麗だからついっ、一匹持ち帰りたくなっちゃって……」
「そうか。残念ながら、この島から生き物の持ち出しは厳禁なんじゃ。まぁ、『当人を説得』出来れば話は別じゃが」
「は、はぁ……すいませんでした……」
兄も言っていたが、この島の判断基準に『気に入られれば』受け入れて貰えるという部分がある。
シンプルで且つそれが最も難しい課題。
個人的に『異常存在』を島の外に持ち出す事は『組織』などに狙われるデメリットの方が多いように思われるが……少なくとも、この『島』から『異常存在』を持ち出した者が『組織』に捕まったという話を私は聞かない。
本人が上手く隠匿出来ているのか、それとも、この島から外に出た『異常存在』自体に秘匿機能があるのか……
まぁ、今考えるべきはそんな『憶測の話』ではないか。
引っ掛かるのは……この眼鏡の女生徒。
話の流れからして、ただの魚好きな子ではあるが……
もしも、『そうでない』としたら?
「分かって貰えたら、その容器の魚はそのまま湖の方に流してくれ。雑にひっくり返し貰って構わん。モタモタしていると、周りの魚どもがボートを沈めかねん」
「は、は──」
彼女が容器をひっくり返そうとした、その時だ。
バシャン! ジャポン!! バシャン!!! ジャポン!!!!
後ろの方から、大きな石でも落ちたような、音?
それが……連続して?
振り返る。
「お! シャチだ! ウチらのシャチ君よりデカいやつが迫って来るよっ」
漆黒の体躯なそれは、まるで『暴走機関車』。
暴走とは言いつつ、方向はこちらに真っ直ぐだ。
「まずい! 湖の主じゃ! 住人の危機に駆け付けた!」
「なに焦ってんの? 君が止めれば良いじゃん。あとは捕まえた魚を逃すとか?」
「我の声なぞ聞かんし魚を戻しても手遅れじゃ! そもっ、あそこまで頭に血が上ってしまっては誰の声も耳に届かん! 慧音! 不服じゃが貴様が『止めて』くれっ」
「不服て。まぁ確かに、ここで止められそうなのは『僕だけ』やけど……ギリまで見守ろうや。目的が『破壊』じゃないかもしれんし?」
「何を呑気に! 知能が高いとはいえここの住人は獣ぞっ」
やいのやいのと遣り取りをする二人。
当の女生徒は、迫り来る危機に「あわわ」と腰を抜かす真っ当な反応。
……このままでは、女生徒のみではなく私達もただでは済まないな。
依然 ゴ ゴ ゴ とスピードを緩めず、バタフライのような勢いの巨大シャチ。
海のギャングと呼ばれるほどだ、敵の仕損じはないだろう。
私達を運んでくれた方のシャチも、特に動じる様子が無いのは、自分は普通に避けられるからなのか。
『ギリまで見守ろう』と言う慧音さん……信じていいんだろうか?
「さてさて、どういう風に攻撃してくるのかな?」
そう、慧音さんが呟くのと同時に、
ザパァン!!!
シャチが大きく跳んだ。
一瞬、世界が夜になったかと勘違いしたが、それは巨大シャチが太陽を覆い隠したのが原因のようで。
しかし、このままでは我々は、シャチに丸呑みされるか湖に沈められるかの二択なので、結局の所再び暗い世界へと追いやられるだろう。
全てがスローモーションだ。
まだ、慧音さんは動かない。
実は、シャチに丸呑みされるのを期待している?
自身や豆さんは平気だろうが、私や女生徒はひとたまりもない事を忘れているんじゃないだろうか。
そうこうしている間にも、シャチの顔面は確実に近付いて来ている。
私に出来る事など何も無く、このまま全てを運命に委ねようと潔く目蓋を閉じて………………
「氷結世界」




