339 職員と忖度
スイイ
(豆さんが呼んでくれた)シャチのパワーのみで、私達の乗る足漕ぎボートが進み出した。
「おー、良い感じ良い感じ。因みに、もっと早く出来る?」
「出来ると思うが、そこの山下が振り落とされかねんぞ?」
「競艇のモーターボート並みの推進力出せるってこと? いいね、やっちゃって。耐えろよ山下ちゃん?」
「む、無理……」
振り落とされたら助かる気がしない。
豆さんの目がある内は大丈夫だろうが……この湖だってありふれた『野生下』。
水面に落ちた虫を魚が食べるように、私が落ちた瞬間、ここの住人に食われないとも限らないのだ。
まぁ、この後ろで頑張ってくれているシャチを見る限り、知性は一般的な野生動物よりも……いや、人並み以上の知性は持ち合わせているだろうから、無差別に観光客を襲わないよう指導はされているかもだが。
知性、か。
そういえば……
「あ、あの、豆さん」
「んー?」
身体を背後に回し、シャチにまたがる豆さんに訊ねる。
「『植物園』の方にも、このような湖があるんですか?」
「あるぞ。それがどうした?」
「ええと、狐花さん……さっき『植物園』を案内してくれた人(狐花)の話だと、植物園では『生存競争に勝ち残った獣のみが市街地へ行ける』と聞いて……」
「ふむ、なるほど」
私の言いたい意味を理解したであろう豆さん。
思い出すのは、(植物園で出会った)元巨大キノコ『メガシネンシス』だったと自称する赤髪のお姉さん。
彼女もまた、野生を生き抜いて成長し、『ヒトの姿と職』を得られたという。
正直、百歩譲ってキツネやらネコやらの哺乳類系が人間に成るのはまだ理解出来るが……キノコも成れるというなら、最早何でも有りだろう。
「つまり、ここの湖の者どもは『特例』として、こうして『市街地』内にある湖に居させて貰っているのか? と」
「そ、そうですね」
「ふむ……答えるとするなら、『半分正解で半分不正解』といった所か」
「半分……?」
「そも、ここの獣共はなにゆえ『進化』を求めていると思う?」
私は、深く考えず答える。
「……『生きる為』では? 後は、『種の繁栄』? それらを安定、安全に実現出来る『一つの解』として、ここの獣達は『ヒト化』という進化を選んだのかと」
いや、種の繁栄であるならば、寧ろ倫理観を気にせずともいい野生下の方が良い、か?
「うむ。そういった面もあるのやもしれん。いや、ヒト化という道を組み込んだ『創造主の狙い』はそちらなのじゃろう。しかし、獣共の考えは違う」
豆さんはペチペチと下にいるシャチを撫でながら、
「そも、獣どもが夢見るのは市街地に来る事ではない。進化も移住も、真の目的の過程でしかない。真の目的……それは、『創造主』に貢献する事」
「創造主……」
それは……
「ここの責任者(園長)、プラン……さんの事ですか?」
「うむ」
私達、山百合学園生をここに招待した、あのエルフ(みたいに綺麗な)女。
「まぁ、プランの性格を見るに、わざわざ『我に尽くせ』などという遺伝子なぞ組み込まないじゃろうが……ここの者達がそういった行動を取るのは、恐らく本能じゃろうな」
「成る程……」
私はプランを学園に来たあの日一度しか見た事が無いが、その存在感は正に『人のソレ』とは隔絶していた。
カリスマという言葉すら安っぽく聞こえるような、そんな『絶対者』。
だからこそ、彼女に全てを捧げるという『この世界』の生き物達の本能は、素直に納得出来た。
「てか豆ちゃん。さっき言ってた、『半分正解で半分不正解』ってのは?」
「お前は知っておるじゃろう慧音」
「そうだっけ? もう忘れたよー」
「全く……『何故勝ち残った者のみが行ける市街地(の湖)に普通の獣がいる?』じゃったな。それは単に、『植物園の湖とここの湖が繋がっている』だけの話じゃ」
「別に特別は話じゃなかったねっ」
「だから言うたろう。面白い話でも無いと」
「でも、ここじゃあ『植物園』の中みたく鍛え(暴れ)られないよね? 観光客もいるし」
そうだ。
日々、生き残りをかけたバトルロワイヤルを繰り広げている植物園と違い、この湖は『穏やか』過ぎる。
早く成長しプランに貢献したい、というここの生物らの本能に反する。
「いや? こやつらは常にここにいるわけでも無いし、『担当の時間』以外は『植物園』の方におるよ。それに、ここでは『ショー』もある」
「ショー? アシカショー的な?」
「『子供向け』にならそういったモノもするが、ショーというのは早い話、『決闘』じゃよ。そういう場を作り、こやつらの力量向上もはかっておる。無論、そちらは子供には見せられんが」
「バトルバトル。いつの時代も、人は血を見たがるものだねぇ。にしても、世話係とはいえ、よくここの連中をコントロール出来てるね?」
「まさか。ここの者は当のプランから『顔を出せ』と命じられているだけじゃよ。こやつらが新参の我の命なぞ聞く道理がない。でなければ『見せ物』になぞ協力せん」
「それもそうか」
ここの生き物たちの決闘か……
テレビのドキュメンタリーで見るような、捕食を目的とした野生下の戦いを想像するが、それよりも『別次元』の戦いが観戦られるんだろうな。
客向けに『映え』なども意識して立ち回るんだろうか?
まぁ、プランに頼まれたというんなら、死闘中だろうと『演出』を意識しそうだが。
「てか今更だけど、シャチって海洋生物じゃないの? ここの湖って淡水だよね?」
「さぁの、その辺は詳しくは無い。しかし、こうして皆元気なのを見るに問題ないのであろう。『普通の』水族館のイルカは淡水で暮らしておろう?」
「そこは水族館の飼育員さんが色々お水を調整してるんじゃね?」
「どちらにせよ、調整すれば生きていけるという事じゃ。我は何もしてないが、ここの湖の水は特殊なんじゃろう。まぁ、ここの住人の丈夫さを見れば、淡水だろうが海水だろうが関係なさそうじゃが」
「それもそうか。……おっ、気付いたら、あんだけ苦労して漕いで来たのに、もう岸に着きそうだよ。流石シャチ君、はやーい。……おや?」
なんて、慧音さんが呟いた直後だ。
彼女の視線は、右手側に向けられた。
パシャパシャ! パシャパシャ! パシャパシャ!
数十メートル先の水面が、まるでそこだけ豪雨が降ってるかのように激しく跳ねている。
……小魚の群れが、何かを訴えように暴れている?




