329 職員と小姑
探していた兄は、なんと結婚していた。
だが、妹の私は素直に喜べない。
何故って、兄の相手は、狐耳を生やした『異形』の女だったから。
何故、こんな『異常存在』まみれな島の住人が、なんて事ない兄などに惚れる?
本当に『ただの愛』なんて言葉で納得が出来るか?
『あちら側』の者が、兄に近付くメリットとは?
それは『アレ』しかない。
一般人とは違い、私や兄の頭の中には『組織』の『異常存在』の知識がある。
詰まる所、『情報』だ。
何度も言ってるが、前提として、ここの連中からすれば『組織』など大した脅威ではない。
なので、搾り取った情報にも大した『価値』などないだろう。
それでも、なにか『ここの連中に役立つ情報』があるのかもしれない。
例えば、『空間に文字が書けるだけの鉛筆』という『異常存在』があったとして、『組織』が『脅威で無い』と雑に保管してるようなものでも、ここの連中はそれを有効活用するかもしれない。
『空間に文字が書けるだけの鉛筆』というのは『組織』の調査不足で、実は『世界のルールを書き換えられる鉛筆』だと、ここの連中が『本当の使い方』を見出してしまうかもしれない。
だからこそ、私は『警戒』しなくてはならない。
「はぁ。兄を、よろしくお願いします」
なんて、いまだ戸惑ってる妹という風に、狐花の手を握り返す私。
私の発したその言葉には、勿論、心など籠っていない。
自然な風に返しつつも、奥底では『警戒心』を剥き出しにする。
『警戒』……
兄は既に、何らかの手段で『組織』の情報を吐かされている、という前提で進めるべきか?
いや、進めるべきだろう。
『組織』の人間は、『別組織』侵入時前には予め、自白剤やら暗示に対抗する薬剤摂取やら、その為の精神訓練を受けている。
しかし、兄は色々と急だったんで、薬剤の投与のみ、と聞いている。
『組織』としては杜撰も杜撰な対応だったが、当時の『組織』の人間らは何やら焦ったように、兄をすぐに現地へと向かわせたかったようだ。
まぁどちらにしろ、『ここの連中』にはそんな対策など無意味だったろう。
鍛えられた『組織』の人間だろうが、一般人の兄だろうが、どちらからも容易に情報を引き出せるような連中だろうし。
今回の場合、兄は『色仕掛け』的な手段で『洗脳』され、この島に囚われているのだ(という前提で進める)。
おあつらえ向きに、狐花は『狐』。
男を魅了し誑かすイメージの『化け物』として、これ以上の人選は居ない。
「んー? どぉしたのー?」
「……いえ」
女狐……
細目の美人という、あからさまに女狐な様相過ぎて、逆に『普通に兄を好きな変人なのでは?』と思いそうになる。
……『回りくどい』、と思わないでもない。
腑に落ちないのだ。
いくら『組織』の情報が欲しいとしても、手段が『回りくど過ぎる』。
というか、既に『用済み』の筈だろう?
絞れる情報など絞ってる筈だ。
後は、兄の記憶を消してその辺に放っておけばいい。
……不気味だな。
思えば、『結婚』までする必要など無い。
恋人関係……いや、『一夜の関係』でも事足りる。
なのに、なぜ未だに兄を『監視下』に置いている?
それが狐花の『上の者』による指示なのか?
兄の利用価値……兄を餌に、更に私のような関係者を釣る為か?
……意図が読めない、不気味さ。
「ま、会ったばかりで『なんだこの女は』と信用ならんと思うけど安心して? お互い、分からん事はこれから知ればええから」
「そうそう。狐花さんは素直な……いや、まぁちょっと意地悪な所があるけど、しっかりした人だぞっ」
「なんやねん意地悪て」
「金にうるさそうな雰囲気出してるのに、金も無い俺のような男を拾ってくれるような人なんだ、よっぽどの変わり者だろ?」
「全く……ま、でもこの通りや。ウチらは普通の『恋愛結婚』やで」
「……いやいや、別に、そんな恥ずかしい事を、改めて言わないで良いですから」
……この女からすれば、私の猜疑心など筒抜けのようだ。
私が元『職員』という情報すら、既に兄から漏れてると考えるべきだな。
『組織』の…………いや。
もう『組織』など関係ない。
元より、私は元『職員』で、今はただの女子高生だ。
『世界の危機』だかも関係ない。
兄を救うという、当初の目的を果たす。
「言っておきますが、こんな男より素敵な男はいますよ?」
「うふふ、それでもウチが好きになったのは彼やからねぇ」
話は平行線になりそうだな。
埒があかない。
「ところでお兄、休憩時間は?」
「え? ああ、丁度これから……」
「よし、じゃあここで待ってるから急いで。なんか近くに喫茶店とかあるでしょ? そこで詳しい話聞く」
「ええ……」
「ええんやない? 久しぶりの家族水入らずって事で。いや、今は私も家族の一員やね。くふふ」
「ほら。お嫁さんもこう言ってるし、ね」
「あ、ああ……」
家族の一員という部分はスルーした。
「では、問題解決、という事で、わたくしもそろそろ『自分の諸用』の方に向かいますわね」
「ああ、うん。ありがとうアマンさん、色々相談に乗って貰えて助かったよ」
「ええ、では」
「山下、ウチらもどっか行ってるわ。なんかあったら、このデバイス? だかに連絡くれ」
「ウチら? 私は一人で動きますので」
「うん、またね」と返し、アマンさん、ユキノ、わらびさんとも別れた。




