30ぶっかけうどん
2
学校に着き、始業前、僕はそこへ向かった。
「ーーてなわけで、昼休み頃までに『小さく』なって貰える?」
僕がそう命じると サララ…… 風も無いのに葉が揺れた。
「じゃ、また来るから。あ、君もね。可能なら他の子達にも『移転』の件、伝えといて」
「グェー!」
よーしよしよしと体を撫でると、ペンギン(今日の守護者)はピョンと両翼を広げた。
ヒソヒソヒソ シクシク イジイジ
「ん?」
中庭を抜けて教室に向かう道中、ふと、モブ共の嘆きの声が耳に入った。
「ああ……カヌレ会長……『学校までやって来た自分の追っかけを豪快に投げ飛ばして追い返した』あの勇敢なカヌレ会長が……」
「馬鹿でブサイクで引き籠りだった私に『付きっきりで勉強を教えてくれたりメイクやファッションを教えてくれた』お姉様……ようやく自分に自信が持てたのに……」
「俺が告白したら『無理だ!』と一刀両断してくれてその後も馬鹿にせず『自分を磨けばもっと良い女が現れるぞ!』と鼓舞してくれたあの姉御が……」
ふむ、皆が皆、カヌレの武勇伝を語っているのか。
だってのに、なんだこのお通夜のような空気は?
何かカヌレ自身に変化でもあったのだろうか?
僕が知るのは、カヌレが『皆のもの』では無く『僕のもの』になった事実だけだ。
ええい、こんな辛気臭い場所に居られるか、僕は教室に戻らせて貰うぜっ。
ーーそうして、お昼。
「ようこそ、僕の新たな城へ」
「いや、ここ『屋上』だよね?」
呆れ顔を向けるカヌレ。
屋上。
町を見渡せる高所ゆえの景色。
サララと髪を撫でる優しい風。
サンサンと降り注ぐ夏の陽の光。
なんという爽やかな場所か。
「そんなわけで、今日からここを僕の憩いの場とするよ」
「どういうわけだい。中庭に居ちゃあダメだったの?」
「良い場所だったけど、今は『居心地が悪い』からね。なぁに、僕は『木の下』であれば屋上でも構わないさ」
「居心地、か……周知の視線、だろ?」
「うん。ほらこの通り、屋上なら物理的に野次馬が湧けないし。出入り口の鍵も締めたぜ」
「……しかし、屋上を私物化は、生徒会長の立場からしても……そも、生徒は気軽に来て良い場所では無いだろう?」
「そこはもう学園に許可取ってるから」
「君がぁ? 本当かなぁ……」
「ほら。兎に角ご飯食べるよ」
ベンチに腰掛ける僕達。
カヌレはソワソワと落ち着かぬ様子だ。
彼女の膝の上には弁当箱……というかタッパーが置かれてある。
中身は茹でておいたソーメンのようで、水筒に入ったツユをぶっ掛けて食うのだろう。
豪快というか、夏らしいというか、女子力皆無な男メシというか。
女優時代の名残? 単にズボラなだけ? 手っ取り早く消化出来る物を食べる作業な感じ。
せめて、僕の弁当(アンドナが前夜用意しててくれた)から小ネギやら卵焼きやら生ハムやらを融通してやろう。
「はいカヌレ(ポイポイ)」
「えっ!? そ、そんな、悪いよ、オカズを分けて貰わなくっても……」
「あーん」
「君が食べるの!? ……あ、あーん」
タッパーからソーメンをすくい、僕の口元に運ぶカヌレ。
出汁も取らず麺つゆぶち込んだだけの手抜きつゆだけれど、あーんで何倍も美味しく感じた。
間接キスだからかしらん?
「じゃ、カヌレも……あーん」
「ぅぅ……(あー)」
「よっと。……はぁ、全く。何を恥ずかしがってるんだい」
「な、なんだか、二人きりになれたらなったで……こう……ね?」
「別に、朝だって同じ状況だったんだから違いは無いでしょ」
「全然違うよ……ここは外で、学校だし」
「数日付き合って解ったけど、『君は』案外臆病だね」
「ふ、普通の感性だからっ」
妹の方は臆病に見えて大胆なのはこの前で分かったし。




