【四章】28会長と朝ごはん
【四章】
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ーー朝。
「ふぁああ……ぁぁ……むにゃむにゃ……、……いねぇ」
前夜同様、アンドナと一緒に寝たのに、寝起き時に暑苦しさが無い。
また匂いだけを残して消えてる彼女。
予想はしてたけど。
「んー(伸び)……はぁ……ん? ……ごはん」
今回は朝餉の匂いは無し。
面倒くさかったんだろうか。
それとも、まだ僕に『謎の怒り』を覚えてる?
ーーいや。
寝る前に、隣でポケーっと(お風呂の余韻が残ってるのか)してるアンドナに、僕は訊ねてたんだった。
『そういえば、結局なんで怒ってたの?』
『……忘れた』
その時には既に怒りの空気は無かったから、意趣返しで朝抜きにしたんじゃあないだろう。
ま、寝起きに怒りを思い出してやった可能性も無きにしも非ず。
面倒くさい女だなっ。
ピンポーン
「ん?」
こんな朝からインターホン。
誰かも確認せず ガチャリ 扉を開ける。
「あ……お、おはよう」
「おー」
カヌレだ。
既に制服姿な彼女は、何故かホッペを赤くして視線を泳がせている。
「あっ、そーいやおめーっ、昨晩インターホン押したのに何で出やがらなかったんだ!?」
「いきなりダメ出し!?」
「ま、過ぎた事だし愚痴ってスッキリしたからいいや。で、どしたの?」
「……朝ごはん、ウチで食べないかい?」
「いいよ」
即答した僕は、カヌレについて行き、階段を降りて彼女の部屋の前に。
「そーいやまだ君を部屋に招いたりも君の部屋に行ったりもした事無かったね」
「そ、そうだね。……、……さっきチラッと見た感じ、君の部屋はイメージ通りっていうか、家庭菜園の野菜や果物、観葉植物のプランターで多かったね。そこの中庭も君の庭と化してるっていうのに」
「緑は幾らあってもよいのだ」
ガチャリ
すぐに戻るつもりだったのか鍵を閉めて無かったようで、スッと自室の扉を開くカヌレ。
「そういえば君、元人気女優だってのにこんなすぐ特定されそうでセキュリティもへったくれもない自宅、危険じゃない?」
マスコミだって大人しくしてなさそうだし。
だってのに。
引退した彼女の自宅に押し入る記者らを見た事は無い。
「ああ、それはパパが上手くやってくれててね。この周囲は常に監視されてるから大丈夫だ」
「それはそれで怖えな」
僕の奇行も撮られてやしないかしら? と身震いしつつ、「ど、どうぞ」と扉を開けた彼女について行く。
アンドナの部屋の中はーー普通だった。
「普通だね」
「そりゃあ、少し前までは忙しくて寝る為だけの場所だったからね」
キッチンに足を踏み入れる。
有るのは……まな板と包丁とフライパンと片手鍋……必要最低限の調理器具のみ。
あとなんか、若干焦げ臭い香り。
「あ、あんまりジロジロ見られると落ち着かないな……」
「見て楽しいもんは無いけどね。マグロの頭とか無造作に置いてたら面白かった」
「流石にそんなの一発ネタで用意するのはね……」
それから、キッチンから数歩でリビング(と呼ぶには狭い僕の部屋と同じ八畳の部屋)に。
ジロジロ
「僕の顔が隠れるほどデカいブラとか干してる光景期待してたのに」
「人呼ぶんだから普通に片付けるよ……あと流石にそこまで大きくないし……」
「んー。カヌレは所謂、ミニマリストってやつかい?」
「えーっと、なんだっけそれ。あまりモノを持たない人だっけ?」
「そんな感じ。ここに有るのは机とPCとマットレスベッドだけだから、十分ミニマリストよ君」
「まぁ、趣味もあまり無いからね」
「女の子の部屋だとはパッと見じゃわかんねぇなぁ……(パフン)」
「ちょっ! 流れるようにベッドに倒れ込まないでっ」
「(スーハー……スーハー)」
「深呼吸レベルでかっがっなっいっで!」
大根のように引き抜こうとするカヌレ。
太い根のようにしがみつく僕。
「わっわっ!」
と。
カヌレは力負けしたのか、
ドスッ!
「ぐへあ!」
うつ伏せな僕の背中に倒れ込んで来た。
おっきなオッパイがクッションになってなければお互い大怪我してた所だ。
「ぅぅ……あっ! ご、ごめん!」
「(ゴロン)ようこそ僕のテリトリー(領域)へ」
「誘われた!?」
巧みに体を回転させ仰向けになりカヌレの肩をグイッと抱いて引き寄せると彼女は『しまった!』という表情に。
顔が近い。
真横。
少し体をズラせば、すぐにチューが出来る距離。
「さ、このまま二人で寝よっか」
「だ、ダメだよ……学校があるから……」
ジタバタするもあまり抵抗に力を感じない。
いやよいやよもってやつだな。
このまま押せば普通に堕落した一日を過ごせそうだな。
……ん?
「この横の壁紙や天井にも見えるいくつもの『画鋲の痕』……さっき外したばかりって感じだね」
「え? そ、それが何か? というかなんで、外した時期まで分かるんだい……?」
「この感じーー写真でも沢山貼ってた? 『僕の』」
「ッ! そ、そんな変態みたいな事するなんて、私のキャラじゃ無いだろっ?」
慌て過ぎだろ、必死か。
「僕的にはそれでも嬉しいよ? 君にならそこまで病的に愛されても構わないし」
「そ、そうなの……?」
「(スッ)はい、キース」
「えっ!?」
カシャ
「ん。ほらよ、ベッドの上で意味深ツーショットだ。君の驚いた顔が『マスコミにすっぱ抜かれた感』出してていいね。現像して壁に貼り付けて『使って』いいぞ」
「使うってなに!? ……で、でも、一応送って……」
可愛らしく上目遣いになるカヌレ。
これで、僕のスマホには姉妹とのツーショットが納まったわけだ。
「素直な子は好きよ(ナデナデ)」
「ぅぅ……年上なのに……(キッ)ほ、ほら、起きてっ、朝ご飯食べられなくなるよっ」
体を起こすカヌレ。
「やーだー、二人で寝るのー(ギュー)」
「我儘言わないでっ、抱き着かないでっ」
「えー。君は、このまま二人でダラダラ堕落した一日過ごしたくないの……? (耳元でボソリ)」
「ッゥ……! (ゾクゾクッ)そ、それはっ……し、したいけど、決めたんだよっ。会長の任期終了までは、しっかり勤めるとねっ。だから、サボるなんて出来ないっ……」
「頑固だなぁ。なら、僕を剥がせるもんなら剥がしてみな」
「い、言ったな? ふんっぬぬ……(ヒョイ)あれっ君軽いなっ!?」
「ぐわー持ち上げられたー。でもこのまま抱っこされてるのも楽しいからいいか」
「子コアラみたいになってるじゃないかっ。く、くすぐったいからスリスリしないでっ」
「さぁ君が用意してくれたっていう朝ご飯のおっぱいを早く飲ませておくれ」
「出ないよ! 用意出来るわけないでしょ! ほらっ、机の前にすっわっるっ」
「やーだー」
抵抗する僕だったが、普通に彼女の力に負けて剥がされ、床に置かれた。
セミの抜け殻のような体勢のまま、天井を眺める僕。
「あー」
「ふぅ。いい子だから、そのまま待っててくれよ」
「あー……ん? てか、これだけ僕を持ち上げられるくらい力強いなら、なんでさっきは僕にベッドに引き摺り込まれたの?」
「た、たまたまだよ! じゃ行くね!」




