268 会長(不在)と木登り猫
永く濃密に感じられた闘いも、実際はまだ10分経ったか経ってないかという事実だが……
どうやら、終焉が近い。
ステージの上では、元は二人の、今は何故か一人増えて三人の猛者達のぶつかり合い。
南の魔界でも突出した実力を誇るバカ王子と。
この世界の『力そのもの』である精霊プロメと。
そして。
そんな世界を嘲笑う『彼女』。
彼女は何度も何度も、悪い方向に、我々の予想の遥か上を見せつけてくる。
『な、なんという事でしょう! 今日は驚きの連続でしたが! 遂にはU! 世界樹すら召喚してしまいました! その証拠に! あちらの聖域に聳え立っていた我らの世界樹の! 雄大なその姿が今は確認できません!』
言うまでもなく、闘技場のステージは、世界樹が顕現した瞬間、跡形もなく吹き飛んでいる。
辛うじて、観客席。
辛うじて、だ。
それほどに、幹が巨大。
闘技場だって、十分に広い。
が、しかし、『実際の』世界樹は、この学園の敷地のその全ての規模を、ゆうに超えている。
つまり、彼女は(アレでも)世界樹のサイズを小さめにして召喚した、という事。
因みにだが、バカ王子は世界樹が飛び出た際に、その勢いでどこかに吹っ飛んで行った。
その行方を気にする者は、今やここには居ない。
「なんて事……」
口振りからして、今日初めて、魔法を使ったという彼女。
過ごした時間は短いが、それは嘘ではないのだろう。
変に見栄を張る性格でもなさそうだし。
そんな彼女が、既にここまでの魔法を操り、学園最強である王子を倒してしまった。
しかし、彼女の力を称賛する者は、今この場に居ない。
世界の【象徴】を軽い気持ちで喚びだす行為。
本来であれば、聖域に無断で入る行為すら『死罪』にあたる。
世界樹を神と崇める、南の魔界最大の宗教『精霊教』もあるほどなのに。
コレは、魔族全てを敵に回す行為に等しい。
だが、誰が彼女に制裁出来る?
これだけ、目の前で格……いや、次元の違いを見せられた後で。
それでも立ち向かう者が居るとすれば、血の気の多い魔族といえど、それはただの蛮勇。
「おーい、プロメさーん」
「若ー!? そんな高いとこ(枝の上)に座ってないで降りてきてー!」
「降りられなくなったニャー!」
「ネコかー! 子供ん時からコレより高い樹に平気で上ってたでしょやー! 巫山戯てないで降りてこーい!」
「よっ (スタッ)」
「はぁ、全く! こんなとこに世界樹なんて喚んじゃってっ、この後どうすんのさっ!」
「そりゃバトる為に喚んだ以外ないっしょ。この子となら良い戦いが出来そうっしょ? なんてーか、触った感じ『ドリーに似てる』し」
「似てるも何もっ、この樹も『ドリー』だよっ!」
「え、そうなん? タルトちゃんの話からして、大昔にこの世界を創った樹って聞いたけど?」
「まー色々あってプラン様が『大昔のこの世界に来て』ドリーの種を植えてったんだよっ!」
「第二の植物園でも作ろうとしたんかねぇ。て事はつまり、魔界を創ったママンは『僕のヒロイン達』の誕生にも関わってるわけか」
「ほぼ『風吹け(風が吹けば桶屋が儲かる)』で、ドリーを植えた後はまるまる放置してたけどね!」
「しっかし、ドリーにしては少しおっとり系の性格に見えるが?」
「仕事はしててもほぼ寝てたようなもんだからねぇ! 若に喚ばれて、今は寝起きみたいなもんだよ! 記憶もさっき若のよく知る普段のドリーに『更新』されたろうから!」
「うーむ……見た目が同じで記憶も同じ情報を持てば、それは同一個体と言えるだろうか? テセウスの船みがあるねぇ」
…………。
リングは崩壊し、拡声魔法も無くなった影響で、『私のような』耳の良い者以外、二人の会話は聞こえないだろう。
『魔界生誕の話』。
『彼女の母の話』。
『世界樹の正体』。
情報量が多過ぎて、処理し切れない。
ただ……彼女の無茶苦茶さの一端は、納得が出来た。
「我々はとんでもない人物を喚んでしまったようですね」
隣にいる侍女のジージョが、相変わらずのクールな面持ちで呟く。
彼女は二人の唇の『読唇術』で会話の内容を察したのだろう。
「ええ……でも、これは好機よ」
「と、言うと」
「彼女に協力して貰うのよ。『北の魔界制圧』をね」
黙り込むジージョ。
しかしそれは、唐突な提案でもない。
私が、ジージョに度々話していた『野望』。
「『ソレ』が私の昔からの悲願なのは知ってるでしょ?」
「ええまぁ。しかし、今でも意外です。姫に、そこまでの『野心』があるとは」
「野心、ね」
思い浮かぶのは、一人の『女の顔』。
「そんな立派なものじゃないわ。ただの『子供じみた意地』よ」
正直、北の魔界などにはこれきしも興味がない。
領土が増えた所で、南の魔界でも既に十分な土地があるのだ、持て余すに決まっている。
それでも、『支配』するという行為は、魔族の本能に近いのだろう。
『本来であれば』、魔王であるパパが率先して北の魔界に攻め入る動きを見せるべきなのだが……
『北には関わるな』
そう、何故か昔から尻込みしている。
尊敬出来るパパではあるが、この部分だけは同意出来ない。
魔族から戦いを取ったら何が残るのか。
北に調査に行かせた者は揃って『戦力は南と同程度』と報告してくる。
同程度、というのはバカ王子も含めての戦力だ。
つまり、北にも粒は揃っている。
お互い差はなく『決定打』に欠けていたわけで。
しかし……『彼女』を南に引き込めれば……




