252 かませ
カヌレと健全な一泊二日の温泉旅館デートを楽しんでいたわけだが……
僕は外で、怪しげな赤い封筒を拾ってしまう。
直後、別世界にワープさせられる僕。
なんと、その世界は【魔界】で。
その場所は、【魔王城】だった。
そこでは、魔王の娘こと竜族の姫タルトちゃんが僕を待ち構えていた。
彼女は僕を婚約者にして、周りから決められた婚約者であるイケ好かない王子との婚約を解消したいらしい。
彼女の考える、その婚約解消の手段とは……強さで名を上げた王子を、僕がコテンパンに倒す事。
↑↓
「おら! 竜車から降りやがれ!」
唐突に止まった竜車。
俺は嘆息を吐く。
「何が起きた?」
「どうやら野盗のようですね」
「ふん……だからこのような田舎道は進みたくなかったんだ」
「申し訳ございません」
従者は謝るが、それで事態が改善するわけでもない。
「早々に立ち退かせます」
「いい。俺がやった方が早い」
「危険です」
「俺を誰だと思ってる?」
止めようとする従者を手で制し、俺は竜車から外へと出た。
外に居たのは、汚らしい格好をした男達、それと……
「はぁ。何が目的だ? 金銭目的で竜車を襲ったと言うのなら、最早救い難い阿呆と言っておくが」
「はっ! 勿論、欲しいもんは『テメーの命』だよ!」
ザザザッッッ
チャキキキッ
単独と思っていた野党だが、一斉に、俺の前にウジャウジャ沸き出した。
集団で攻める辺り、まるで虫ケラだな。
まぁ、中には、少しは知恵のある個体もいるようで、魔法銃を向けている奴もいる。
「俺と知っての狼藉か。一応、殺す前にこの蛮行に至った経緯くらいは聞いてやってもいいぞ」
「ハッ! ビビってんだろ! 時間稼ぎして助けでも待とうってか?」
「いいんだぞ。今すぐに鏖にしてやっても。これは慈悲だ」
「ケッ! まぁいい。この状況が覆る事はねぇからな! ……つうか! なんで覚えてねぇんだ! 俺は前に! お前に潰された巨大犯罪組織の首領だ! テメェのせいで仲間は大勢死んだし! 財宝も奪われて全部メチャクチャなんだよ!」
「はぁ。思った以上につまらん理由だったな。もう殺すぞ?」
「ぬかせ! お前らやっちまえ!」
バンッ! ビシッ! シュッ!
魔法銃、弓、投げナイフ……
以前の襲撃で少しは学習したのか、遠距離系武器を一斉に放つ野党ども。
直接、向かって来るという愚行をしなかった点は評価しないでもないが……
「まだぬるい」
ヒュ
「……は?
……今、俺ら確かに、一斉に攻撃を放ったよな? なのに……」
魔法弾も、弓矢も、投げナイフも。
外れて地面に落ちたわけでもなく、周囲の木に刺さったわけでもなく、全て『消えた』事が疑問なのだろう。
『この程度が分からないレベル』か。
ボボボッッッ
「ひ……火ィ!?」「なんで!?」「ギャアアア!!!」
瞬時に、十数の火柱を立てる野党ども。
まぁ、これも何をされたかすら理解出来まい。
「ま、まただ! テメェ! また見えない火の魔法を!」
「既に恐怖を覚えていたのなら再度挑みに来るな大馬鹿者が。で、どうする? また以前あったという出来事の再現をさせるつもりか?」
「……へっ! 俺が無策で来るわけねぇだろ! おい! 連れて来い!!」
「ヘイ!」
なんだ? コイツらは素直に、敵が待ってくれると思うほど能無しなのか?
まぁいい。
その策とやらが面白ければ、少しは見直してやる。
ズン! ズン!
地響き。
この時点で、俺は『嫌な予感』を覚えていた。
「グオオオオオオ!!!」
それは、俺を前にして咆哮を響かせる。
紅く、筋骨隆々で、農民の小屋ほどの体躯のある【ドラゴン】。
「はっ! ビビって声も出ねぇか! そうだ! レッドドラゴンだ! コイツは溶岩地帯に住む暴れ屋! 放つ炎の吐息は骨も残さず! 火中に突っ込もうが涼しい顔と来てる!」
「……ふん。貴様のような雑魚が、良くここまでドラゴンを引っ張り出せたな」
「ハッ! 盗んでいた宝に貴重な『服従の首輪』があってな! お前が襲って来た時も死守した奴だ! ドラゴンに首輪着けるだけで何人かの部下は死んだが……全てはお前を消し炭にする為! テメェの首を部下の墓に手向けてやる!
やれ!!」
賊が俺に腕を向けると、ドラゴンは息を大きく吸い込み……
ゴオオン!!!
燃え盛る息を吐いた。
「ひゃあああはっはっはっ!!! しねえええええ!!!」
キンッ
ゴトリ
「…………あ?」
何かが地面に落ちる音。
その音を賊は、黒焦げになった俺の死体と思いたかったろう。
現実は、ドラゴンのブレスは止んでいて。
吐息を放っていたドラゴンの頭があった部分には、『何も無かった』。
落ちたのは、ドラゴンの首だ。
俺は、パンパンと服を手で払う。
ドラゴンブレスの炎は独特の生臭い残り香がして気に食わん。
「ゴミが。俺の嫌な予感を的中させるな」
「……あ」
「レッドドラゴンのぬるい炎ぐらいで俺を討てると思ったか? そのトカゲどもは、既に俺が幼少期に暇潰しで狩っていたような存在だぞ」
「あ……あ……」
「痛い目を見た時点で素直に田舎に引きこもっていれば良いものを。余興にすらならん催しで俺の足止めをした罪。万死に値する」




