238 サキュバスとロスタイム
人魚島での恐怖の殺人鬼騒動も終わり、現在は、僕の『実家』の方に人魚島の面々である豆ちゃんとメイさんの二人(詳細は過去話で)を招待中。
招待中、とは言ったが、豆ちゃんはこの地……目の前に広がる(魑魅魍魎蔓延る)恐怖の森に骨を埋める覚悟らしい。
彼女が死にたいと思う理由は、まぁ色々あるらしい。
今は皆に別れの挨拶中。
「メイも……世話になったな。皆によろしく言っておいてくれ」
「……はい。長い間、お疲れ様でした、豆様」
「うむ。主らには、今後も不自由にならぬよう富は蓄えておる。ワシの事など忘れて自由に生きてくれ」
「……ありがとうございます」
相変わらず無表情なメイさん。
しかし、その声には感情が混じっていた。
「メイさん。豆ちゃんの決断、嫌そうだね?」
「え? ……いえ。ようやく訪れた豆様の悲願です。私の感情など問題ではありません」
「やっぱり嫌なんだねぇ」
僕にはこの二人の思い出を知る術が無い。
どんな出会い方をし、どんな日々を過ごしたのか。
いや、知る術が無くも無いが、それを知る事に意味は無い。
だが、重要な事。
「僕はこの件での、メイさんの思いも知っておきたかったんだ」
それはとても、重要な事だ。
「……よく分かりませんが、これは、歴代のメイドの願いでもあるんです。先程も申し上げた通り、私の個人的な感情で『話が』変化するという事はあってはなりません。どうか、無視して下さい」
「うーん。そんな悲しげに言われてもなー」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
焦ったような声を上げる豆ちゃん。
「主の狙いは……何じゃ? ワシに死を諦めさせようとしているのか?」
「僕は豆ちゃんに、『残される者』も居ると知って貰いたかったのさ」
「そんな事は理解ておる! ワシ自身が、残される者に、ワシと同じ気持ちを抱かせる事も! じゃが……!」
「あー、少し勘違いしてるね。僕は別に、豆ちゃんの決断の邪魔をする気は無いよ。これからするのはただの『提案』」
「……なに?」
「君はいつでも死ねる権利を得たんだ。その権利は逃げない。だから、この島で少しのんびりしてみないかい」
「のんびり……だと? しかし、ワシはもう十分生きて……」
「君が言う所の『異形』の人達がこの島には沢山住んでいる。中には君と同じ『死なない』人達もね。折角、長年探して来たのに、会わないなんて勿体無いぜ」
「……会って、どうなる。何が変わる」
「なんなら死者とも会えるぜ?」
「ウカノ君」
「あん?」
隣で静かだったアンドナの、静かながらもハッキリと通る声。
「口が軽過ぎるよ。そこまで話すのは行き過ぎだ」
「おや、君のその反応……本当に会えるんだ? 死んだ人に」
「……知ってて言ったんでしょ?」
「いや? なんかそんな『噂』を聞いた事があるってだけだよ」
「でも、君、先日の件(遊園地ホラー回)で【セポネさん】に会ってるんでしょ?」
「宿の女将になんの関係が? あの人も死者云々の話に関わってんの?」
お互い、首を傾げる。
「……なんか認識の齟齬があってややこしいな。今の話、忘れて。兎に角、軽々しく『こっち側』の事情を他人に話さない方が良いよ」
「あいにく、僕はそんな『秘密組織の一員』みたいな育て方されちゃいないんだ。こっちだのあっちだの格好つけやがってよー」
「無自覚ほど恐ろしいものは無いね……」
たまに厨二っぽい事を言うて人を馬鹿にしてからに。
「第一、豆ちゃん達を『実家』に招くのに、『誰かの許可』が必要かい? 百歩譲って、ママンが許可しないなら分かるぜ?」
「あの人も簡単に許可するから困るんだよなぁ…………どちらにしろ、変な希望を持たせるのは良くない。君が当たり前のように『許され』ても、他の人が『許される』とは限らないんだよ」
「全く……みんながハッピーになる道を提案する事の何がイカんのか」
「君がハッピーになる(面白いと思う)道、ね」
「はいはい。と、まぁ豆ちゃん、そんなわけだ」
「色々と話が右往左往して混乱しているんじゃが……」
豆ちゃんは真っ直ぐ僕を見て、
「ワシが地獄に行く前に、死んだ者と話す機会を貰える、という認識で良いのか?」
「そもそも地獄とか天国とかあるの? アンドナさんや」
「……ノーコメント」
「だってさ。豆ちゃん、一応会えるかは『可能性』って程度に納めといて。元々噂、だしね。でも、少しは『ロスタイム突入する理由』、出来たかい?」
豆ちゃんは少しおし黙ったが……「まぁ、な」と小さく頷く。
「なら、この森を真っ直ぐ進めば『居住区』に着くから、僕の名前出せば『住む場所』はどうにかなるよ。そこからは自力で頑張って。まー、一か月ぐらい頑張っても上手く行かなきゃ『僕が協力』するから」
「……何故、そこまでしてくれる?」
「そんなの、船から放り投げられた僕達を島でもてなしてくれたお返し、だよ」
「……返されるモノの方が大き過ぎるのぅ」
「僕らの『お泊まりデート』のイベントとしても、今日は大いに楽しませて貰ったからさ。ね? アンドナ」
「人が死んでるんだよなぁ……」
人はいつか死ぬものだからね。




