232 サキュバスと人魚のお刺身
旅行中嵐に遭い、どこぞの島へと流れ着いた僕とアンドナは、近くの館の住人に客人としてもてなして貰う。
だが、そこで殺人事件? が発生。
今は既に、二つの事件で三人も犠牲になった。
探偵役な僕はその事件を止めようと奮闘していたというのに……別の場所では霊能者の山田さんと、館の主人である幼女の豆ちゃんとのイザコザが発生していた。
現在、山田さんは色々あって『宙に浮いて』るのだが…………
アンドナ曰く、浮いてるのは彼女自身の能力では無い、らしい。
成る程確かに、よく見れば、どこか苦しそうな顔。
彼女の首には、『人の手』で締められているような黒い影が確認出来る。
一方豆ちゃんの方は、右腕を自身の頭より上に掲げていた。
手の形は、まるで『見えない果実』を掴もうとしているように、中途半端に閉じたもの。
「ぐっ……正体を、見せましたね……」
「身に染みたろう。お主では『ワシを殺す』のは無理じゃ。伝手があるのなら、より強い奴を連れて来い」
「ここは見逃す……と?」
「別に、主を生かそうが殺そうが、『何も変わらん』」
豆ちゃんの冷たい声。
クール系幼女だったか。
「……あ、貴方の目的は分かっています……人魚の噂で人間を誘き寄せ……『何か』を目論んでいる……その結果、多くの死者が出た……野放しには……出来ません」
「立派じゃな。死も覚悟の上か。だからこそ、ここで殺るには惜しい」
「何様のつもりで……この道を選んだ時から……覚悟なぞ、決めています!」
ヒュン!
山田さんは数珠を巻いた拳を、豆ちゃんとの間の空間に振るう。
ザンッ と、何かが切れた音がした。
直後、地面へと着地する山田さん。
「ほぅ、やるな」
「好機……!」
低い体勢のまま、山田さんは豆ちゃんの背後にまわる。
死角からの攻撃。
豆ちゃんが振り返るより先に、彼女の攻撃が届くだろう。
だけど、
「えいっ」
ピシッ カンッ コンッ
「ぐっ……」
どさり。
豆ちゃんへの攻撃は、再び、寸前で阻まれた。
山田さんがクラリと、体の力が抜けたように、地面へと倒れたのだ。
僕は声を震わせ、
「い…… 一体何が?」
「棒読みが過ぎるよウカノ君……」
「……これは」
豆ちゃんは、倒れている山田さんの顔の前に転がる【それ】を拾い上げる。
それとは、殻付きの、クルミ大の木の実。
「意外だね。君は止めないかと思ったのに」
「え? なんの話だいアンドナ? ねぇメイちゃん?」
「私も、何があったか分かりませんでした」
「……これが、山田のアゴをかすめたのは見えたが、その出所は、ワシにも見えんかった」
「わははっ、どちらにしろ豆ちゃんは助かったわけだ。どこかしらから飛んで来た木の実のお陰でねっ。まぁ例え犯人が僕だとしても、殺人事件とは無関係なバトルだから(介入は)問題無しだねっ」
「誰に言い訳してんの……」
「……助かったのは山田じゃろう。ワシは、『助からんでも良かった』のに」
「うん?」
不穏なセリフを漏らす豆ちゃん。
「……成る程、読めたよ」
「なにが読めたんだい? アンドナ」
「豆ちゃん。君、『死ぬのが目的』だね」
「何を言い出すかも思えば……幼女になんて事言うんだい?」
「ふっ……お見通し、というわけじゃな」
「なにっ」
自嘲する豆ちゃん。
その表情は、その見た目年齢からは出せない色。
随分と大人びた、悲しい笑顔だった。
僕らは再び、室内……神社の本殿に移動。
メイさんは山田さんを寝かせた後、僕らにお茶を淹れてくれた。
皆が落ち着いた空気になったのを見計らって……
「さて。どこから話そうか」
「結論から言わないと、この子すぐに飽きちゃうよ」
「そうか。では言ってしまうと、ワシは『人魚』じゃ」
「え? あの噂の人魚? 君が? なにかの冗談?」
「サキュバスが居るんだから実際に人魚が居てもおかしくないでしょ」
「くっ、なんて説得力だっ……でもっ、僕は証拠を見ないと信じないよっ」
「今見せられるのは……コレくらいじゃな」
すらり
豆ちゃんは女の子座りになり、巫女装束の裾から生脚を少し晒す。
その幼女らしからぬ艶かしさときたら。
彼女はその生脚を、ひらりと裾を正して隠し……
ひらり 次に生脚を露わにした時には……
ヌルリ。
「うおっ、人魚の尾ひれっ。手品みてぇだっ」
「コレを他人に見せるのも、随分と久しぶりじゃな……」
そういや、女の子座りは別名『人魚座り』ともいうらしいな。
あの、岩場に座ってるイメージから来てるのだろう。
「味は魚なの? 気になりますっ」
「気軽に不死になろうとしないで……まぁ君には効かないだろうね」
「腹を壊すじゃろうから口にするのは勧めん。美味いもんでもないしの」
「経験者かぁ」
「と、なると……豆ちゃんは元人間で、人魚の肉を食べた影響で?」
「まぁ、そうなるな。もう昔の事で、人だった頃の記憶も曖昧じゃが」
「メイさんは知ってたの?」
「はい。お伝えしましたが、私の家は代々、豆様に仕えていますので」
「人魚に仕える一族かぁ、絵本の話みたいだねぇ」
人魚の調理法とか、食べる事になったシチュとか、色々訊きたい事は多いが……
「君が、皆の狙う人魚ちゃん当人なのは分かった。けど、それとアンドナの言う『死ぬのが目的』ってのは、どう繋がるんだい?」
そう問うと、フッと彼女は笑い、
「……別段、複雑な話でもなかろう。不死が死を願う御伽噺など、星の数ほどあろうに」
「せやな」
「ワシは、死ぬ為に凡ゆる手段を試した。じゃがこの人魚の不死の呪い、恐ろしく優秀での。結局、ヒトの手で、自らの手で、ワシが死ぬ事は叶わんかった」
「となると?」
「そう。ならば……ワシ……つまりは人魚の呪いすら超える『異形』の存在ならば、終わらせてくれると考えた」




