220 殺し屋と写真
長年寝ていた空木の祖母が、ウカノの助けもあって目を覚ました。
「……ったく。しぶといババアだな」
「それが最初に掛ける言葉かい。全く、口の悪さは誰に似たんだか……よいしょ」
身体を起こそうとするおばあ。
「お、おい、急に起きるなっ」
「心配されるほどヤワじゃないよ……イテテ……随分鈍ったねぇ」
言いつつ、おばあは自らの痩せた身体を確認する。
その目には大した動揺は見られない。
「覚えてるか? ババアは何年も……」
「ああ……何となく把握したよ。ずっと……『昔の夢』を見ていた気がするよ」
「昔の?」
「中身は思い出せないけどね……ふぅ」
「……何があったんだ? あの時(数年前)、ババアが玄関で倒れた時の事だ」
「……なんだったかねぇ。その内思い出すとは思うけど」
起きがけで、まだ整理がついてないのか、それとも、誤魔化したいのか。
まぁどっちでもいい。
別に、もう、知らなくてもいいのだ。
「ところで……さっきまでここに誰かいたのかい? 『二人』ぐらい」
「二人? なんでそう思うんだよ」
「いや……ばあちゃんの『好きな香り』が残ってるなって。この落ち着く感じ、何の香りだったか……」
「そんな匂い、残ってるか?」
「ああ。で、もう一人のは……何だい? あまりに『規格外』の何かがいたような感じがするよ。仏様だか閻魔様だが……ユキノ、アンタ化け物でも連れて来たのかい?」
「それは……まぁ後で話すよ」
いまだに【アレ】が何か説明が出来る気がしないが。
「そうかい。しかしユキノ、お前、一皮剥けたように見えるね。色々頑張って来たんだろう?」
「それは……」
それは、殺し屋をしていた時の事を言ってるのか。
おばあの勘は鋭い。
私が後ろめたい事をしていたと、すぐに態度でバレるだろう。
『殺し屋だった経歴は話さなくてもいいよ。そうだった事実は僕が全部『消して』おくから』
ウカノはそんな事を言ってたが……今更、普通に生きるなんて出来るのか?
「まぁその辺の話しも後ででいいよ。……ん? これは……」
ふと。
おばあの布団の上に、一枚の写真。
いつの間に……?
ウカノが置いたのか……?
「これは……お父さんの写真?」
「お父さん? ……若い頃のジジイ?」
ジジイとの記憶はあまり無いが、可愛がって貰ったのは覚えてる。
その写真に写ってるのは若い兄ちゃんだ。
見れば、確かにジジイの面影がある。
にしても……随分と映りが良い写真だな。
今の写真のような鮮明さは薄いが、それでも状態の良いカラー写真だ。
『使い捨てカメラ』の写真画質がこんな感じだったか。
おばあの若い頃でも、既にこんなのが撮れたんだな。
「こんなもの、いつ撮ったかねぇ……」
「記憶にねぇのかよ」
「何十年前の話だと思ってんだい……お祭り……お祭りねぇ……」
おばあが呟いてるように、写真の場面は明らかにお祭りの風景。
夜で、出店が写っていて、ジジイも甚平を着ていて。
突然シャッターを切られたように驚いた顔だ。
ふふっ と、微笑むおばあ。
余程、見つかって嬉しかった一枚なんだろう。
まるで……今日まで頑張ったおばあへのご褒美のようだ。
ピンポーン
「あ?」
「来客かい?」
「ユーキーノちゃん! あーそびーましょー!」
「うわ……」
なんだか、暫く聞いてなかった気分になるその声に、思わず眉間にシワが寄る。
ウカノとは別の意味で厄介な奴の声。
「友達かい?」
「ん……まぁ」
「行って来な。ばあちゃんは暫く、ゆっくりしてるから」
「……ああ」
おばあから目を離すのは少し不安だが、過保護にし過ぎるのも違うよな。
取り敢えず……来客を追っ払うか。
「ユーキーノちゃ」
「あーもうウルセェウルセェ!」
「やぁ、来たね」
玄関の外に居たのは、一組の男女。
学校は……確かウカノと同じとこだったな。
ゲーム部? 研究会? だかの二人だ。
どうやって出会ったかは……忘れた。
「なんだか久し振りな感じっすねユキノさん。先週会ったばかりなのに」
「……ああ」
この男は……まぁ、バカみてぇにお人好しな奴だ。
力もねぇのに人助けに走るようなバカ。
ウカノとは逆の意味で厄介な奴。
「あっ、そういえばそこで偶然、ウカノ君と会ったんだが……知り合いだったかな?」
「……お前らも?」
「うん、学園祭でウチの研究会に来てくれてね。その時に、さ」
「まぁ僕は『あー学園祭の時の人だっけ? やたらヒロインが多い』……って、よく分からないイメージ持たれてたんスけど」
「部長の私の方はしっかりと『美少女ゲー好きの同志』として覚えられてたけどねっ、あははっ」
何しに来たんだよコイツら……。
「で、ユキノはウカノ君と何かしてたのかい?」
「何かって……何が言いてぇんだ?」
「勿体ぶるなよ。『火事場の妖精』と呼ばれるぐらい厄介事の現場に高確率で居るような彼だ。面白い事、してたんだろ?」
ニタニタ笑う女。
やっぱ好きになれねぇなコイツは。
厄介な事に……そこの野郎は知らねぇが、この女は、私の『前職』を知ってる。
だからこそ、私から物騒な話を聞けるとでも思ってんだろう。
「部長、本人が話したくもなさそうな事、訊くのは失礼っすよ」
「ゲームシナリオの参考になればと思ったのに……」
「何も話す事なんてねぇよ。ほらっ、さっさと帰れっ」
「こらユキノ……客人に失礼だよ」
「ッ! ババア! 何歩いてんだっ」
「うるさい子だね……ずっと寝てたら鈍っちまうよ」
だからって、さっき何年かぶりに起きたばっかだってのに……壁を伝ってここまで来たのか。
「あっ、ユキノさんのおばあちゃんっ、起きたんすね!」
「ふぅん……ユキノ、ウカノ君を頼ったのはそういう事……」
私は何も答えない。
……ったく、最悪だ。
その後ババアは『友達をもてなしなっ』なんて家に招くし、野郎を見て『彼氏かい?』なんて茶化すしよ。
感謝はしてる。
色んな事、ひっくるめて変えてくれた事は感謝してるがよ……
恨むぜ、ウカノ。




