215 殺し屋と竹とんぼ
子供達から追われ、逃げ込んだ部屋には美兎の探していた友人の骨があった。
その事実で美兎は踏ん切りが付き、空木と共に館の脱出を目指す。
さて。
何事もなく、すんなり玄関に着いた私達だったが……
扉の前に立った途端、
ざわり
腕の産毛が立つ。
……何となく、嫌な予感がした。
いや、何となく、じゃねぇ。
今の私なら、理解る。
隣の美兎も、それは肌で感じてるだろう。
私は…………腹を括り、扉を開いた。
……何も居ない。
ただ、さっき見たみたいに、地蔵の道があるだけだ。
「取り越し苦労だったな。さっさと行くぞ」
「う、うんっ」
私達は駆け出す。
地蔵のゾーンを抜けて、
あははは! アハハハ! あハあははハ!
ピタリ、足を止めてしまった。
いや、ここではそれが正解だ。
背後を見せたまま、逃げられる胆力は無い。
私達は、否が応でも振り向かされる。
多くの子供達が、洋館の前で私達を見ていた
「はぁ……お見送りだと思うか?」
「だといいけど」
お互い皮肉を言い合う余裕はあるらしい。
いや、もう感覚が麻痺してんだな。
……葬式に出ていた大人達はいない……が。
しっかりと奥の方に、あの黒い着物を着た大人はいた。
相変わらず、そいつの顔は確認出来ない。
頭の、その周囲だけ、黒い靄がかかっていて、そもそも見えないのだ。
やっぱり、アレが、一番厄介な空気を出している。
「アレ、なんだか分かるか?」
「いえ……ただ、周囲の子供達は、あの着物の人を『ママ』だの『お袋』だの『女将』だのと呼んで慕っていたわ」
「そうか。まぁ、そんな雰囲気はあるな」
「あとは……まるで『お母さんみたいな安心する良い匂い』がした、そんな記憶がある」
「そうか……」
匂い、というものは、五感の中で最も『濃く』場所や相手を印象付ける感覚だ。
安心する匂いというだけで、警戒心はガックリ落ちちまう。
それを狙ってやってるのか、それとも自然なのか……今はまぁ、どうでもいい疑問だ。
アソボー! あそぼー! あソボー!
「はぁ……そんなに、ウチらと遊びてぇってか? 実は単純に、遊んでやりゃあ満足して成仏する奴らか?」
「なら、いいんだけどね」
「実際、アイツらには既に、己の意思なんて無いんだろう」
「あの子達は、ずっと同じセリフしか話さないのよ。キャッチボールなんて無視の、一方的な会話。ゲームのキャラ……NPCみたいなもんね」
「と、なると……」
鍵になるのはやはり、あの親玉(女将)か。
ガキどもが満足する姿みりゃあ、あの親玉も満足するか?
……いや、その希望的観測は甘過ぎる。
アイツが、今まで何人のガキや大人を巻き込んだと思ってんだ。
簡単に満足するヤツなら、何十年も悪霊してなんざしてないだろう。
「最悪なのは、あの親玉を消しても何も解決しねぇ事だが……悩むだけ無駄か」
「……倒せるの?」
「その前に、あのガキどもの壁を突破出来るかだが…………ん?」
チャキリ チャキリ チャキリ
不意に。
ガキどもが【何か】を手に持ち、こちらに見せつけるように掲げる。
いつの間にやら手の中にあったのは、玩具。
竹馬、竹とんぼ、パチンコ……それらには見覚えがあった。
あの綿菓子みたいな白い幽霊を殺った獲物だ。
これで遊ぼう! と、ガキどもは人形みたいな笑顔を向けてくる。
……ああ、こりゃダメだ
あの親玉に攻撃? ガキどもの壁を突破?
無理無理。
すぐに心が折れた。
勝ち目がまるで見えないと、本能が察す。
多分、今だからこそ。
霊感だかを感じられる今だからこそ、その実力差が分かる。
見えるのは、あの綿菓子幽霊がやられたのと同じ、悲惨な未来。
ウカノから渡された刀は、優秀な獲物だ。
それも、今になって漸く理解出来た。
使える者が使えば、きっとこの場も切り抜けられるのだろう。
しかし、私には宝の持ち腐れ。
今考えるべきは……勝つ事よりも逃げ切る事。
どうにか、奴らの遊びを死なない程度に乗り切り、隙を見て逃げる。
それが最適解。
なげっこしよー! えいっ!
──油断。
まだあっちからは何も仕掛けて来ないだろう、という油断
ブ ゥ ン !
何かが、凄い勢いで飛んで来る。
その威嚇に近い風切り音は、いつか山で見たオニヤンマの暴力的な羽音に似ていた。
そして、私はその飛んで来るモノを視認する。
竹とんぼ。
それが、私の方に飛んで来る。
「ッ!」
咄嗟に、私は刀を抜き、竹とんぼを叩き落とそうとする。
が、
ギャリリリリリリリリリ!!!
火花が散る。
まるで、チェーンソーとか工場で金属を切断するような機械に刃を当てている感覚。
お、おっも……!
なんでこんな竹とんぼがこんな重いんだよ!
だが、弾かれるわけにはいかない。
少しでも力を緩めようものなら、勢いそのままに、私や美兎がペリコプターのプロペラに巻き込まれたように真っ二つにされる。
これは確信だ。
「ぬうううううううオラァ!!」
ギィン!
何とか、全力を注ぎ込んだ結果、弾く事に成功。
ポテン
と地面に落ちた竹とんぼは、どうみても、ただの竹とんぼだった。
全身に、ドッと汗が噴き出る。
全速力で走った後のような感覚。
刀に刃こぼれは……ない。
本当に良いモンなんだな。
さて……と。
もー、きゃっちしてかえしてよー
文句を言うガキの手には、更にいくつもの竹とんぼ。
……正直、もう一個も弾ける気がしねぇ。
逃げる事だけを考えた方が良い。
だが……美兎はどうする?
希望的観測だが、ここでの扱いを見るに、美兎はすぐに命を取られないと思う。
あちらさんは、美兎を仲間に加えたいようだからな。
もしかしたら、あの中にいる美兎のダチが忖度的な意味で関わってるのかもしれない。
最悪、また美兎が取り込まれても、やってきたウカノ達がどうにかしてくれるだろう。




