213 殺し屋と拍手
消えた美兎を探す空木。
目覚めた洋館の中で見つけたは良いが……その和室の中では、普通じゃない雰囲気の葬式に似た儀式が行われていて……
肝心の美兎は、何故か子供達と遊んでいた。
ペチペチ! ペチペチ! !
「おめでとー!」「おめでとー!」「おめでとー!」
と。
唐突な拍手が部屋に響く。
葬式中にだと考えたら、場違いにも程がある。
音の出所は、やはりというかガキどものとこからで。
ペチペチ!
……ノイズに近い違和感。
普通、拍手は弾けたようなパチパチ音だ。
その音が、どこかこもってる感じがしたのでよく見ると……
ペチペチ!
叩きつけているのは手の平同士ではなく、腕をバッテンにするみたいに『手の甲』同士。
そりゃあ鈍い音しか出ない筈だが……ガキどもはみな、そんな叩き方で、やはり不気味。
いや、拍手のやり方なんてどうでもいい。
一人だけ、その拍手をしていない奴がいる。
美兎だ。
美兎はニコニコしながらその拍手を浴びている。
まるで、誕生日の主役のように。
「めしあがれー」「めしあがれー」「めしあがれー」
それから、ガキどもが美兎に何かを差し出している。
……なんだ?
『茶色いかたまり』……?
好意的に見て、チョコの塊。
悪く……いや、常識的な視点で見たら、『泥団子』。
私はふと、思い出す。
少し前、誰だったかがした会話。
子供が行方不明になり、その後、母親が口を泥だらけにして死んでいたという、今回の件に纏わるホラー(ホラ)話。
あの時は、特に深くは受け取らなかったが……無関係とは思えない。
だから、なんとなく、アレを美兎が食うのはマズイ。
泥で不衛生だからとか、そんな理由だけじゃなく。
「はやくー」「はやくー」「はやくー」
声を揃えて急かすガキども。
そこからは、一切悪意が感じられない。
寧ろ、感じるのは善意。
それがより一層、気持ち悪い。
まるであの泥団子が、歓迎会のケーキ代わりだと言わんばかり。
すると、美兎は泥団子を手に取った。
いや、まさか……馬鹿正直に食うつもりか?
つぅか、さっきから美兎のやつ、怯えてる様子もねぇ。
霊感があるっていうアイツなら、この状況は耐えられるもんじゃねぇだろ。
不自然なぐらいの落ち着きよう。
考えられる可能性は……『洗脳』だ。
美兎は操られている。
思えば、さっき村の中でガキどもとかくれんぼした時も、いきなり美兎はおかしくなった。
アイツは、何かここの奴らに『狙われる理由』がある……?
「いただきまーす!」
じゃ、ねぇ!
このままじゃ本当に食っちまう!
ドゴッ!
と、障子の引き戸を蹴り飛ばす私。
引き戸はそのまま葬式参加者らにベシッとぶつかるが、動じる様子もなく、何も無かったように無反応。
コイツらは元から警戒してない。
警戒すべきは…………いや、やつらを見るな、その時間すら命取りになる。
周囲に意識を向けず、私は一目散に美兎の所に向かう。
「おい! しっかりしろ!」
「あははー、だーれー?」
「ォラァ! (ベチンッ!)」
「イッタァ!?」
美兎にビンタしてやると、奴の虚ろだった目に光が灯る。
「えっ? えっ? なにっ?」
「よしっ、正気に戻ったなっ、行くぞ!」
美兎の手を引き、その部屋から脱出する。
妨害も予想していたが、誰も、目の前に立ちはだかる事は無かった。
蹴破って開けた場所から入った時同様飛び出し、一目散に玄関の出入り口を目指す。
「ちょっ、ちょっとっ、下ろしてっ」
「こっちの方が早ぇ!」
内心不安だったが、しっかりと我に返った美兎に安堵。
戻り道が変化してる、なんて事もなく、そこの廊下の角を曲がればすぐに玄関という所まで来て、
「あはははっ」「こっちかなー?」「まてまてー」
ッ!?
曲がり角からガキどもの声が!
ここまで最短距離の抜け道でもあんのか!?
まぁハナっからすんなり行くとは思わなかったよ!
ガチャ!
咄嗟に近くの部屋の扉を開けて飛び込む。
キャッキャ! キャッキャ キャッキャ……
…………ドア越しに、ガキどもの声が遠ざかっていく。
なんか、デジャヴだな、この流れ。
「はぁ……色々と状況把握したわ。またこの流れなのね……」
「お前、さっきまでの記憶はあるか?」
「……ええ、なんとなく、ね」
それは、夢の中のようなボンヤリした感覚だったらしい。
「気付いたらこの家に居たわ。その時には既に、私はこの家の子供達の『一員』になって遊んでいたの」
「その時点で、もう意思が?」
「ええ。まるで幽体離脱のような気分だった。私じゃない『何か』が私の身体に入り込んで子供みたいに振る舞っているのを、後ろから私が見ていたの」
「まるで酔ってた時にやらかした事を覚えてた、みたいな話だな」
「……未成年だからそんな感覚知らないわよ。アナタもでしょ? それとも、アナタまさか、経験あるの?」
「い、いや、ただのよく聞く話だよ」
私は自分の中の『黒歴史』を頭の隅に追いやる。
「それでね、私は気付いたの。子供達の中に、『あの子』が居たのを」
「……確か、お前が追ってるガキ、だったか?」
「ええ。私がまだ小学生になったばかりの頃に失踪した友人、よ」
「あの中に、今のお前と同い年そうなガキは居なかったが……」
「そりゃあ、彼女はあの頃の子供のままの姿だったからね。だから……やっぱり、あの子は死んでるのよ」
「って事は……そいつ、いや、あそこに居たガキどもは、全員死人ってか」
恐らくね、と頷く美兎。
まぁ、そうじゃないかとは思ってたよ。
おあつらえ向きに葬式なんてしてたからな。
もうあっさり、幽霊なんて存在を受け入れてる自分もおかしなもんだが。
「部屋の中の事を覚えてる? 逆さ拍手に逆さになった鏡と屏風……オカルト好きなら只事じゃないと分かるわ」
「よく知らんが不吉な何かって事か。にしても、なんでお前だけ操られたんだ? 私がたまたま助かっただけとは思えんが……」
「……関連性を考えるなら、私も、あの遊園地に関わってるって事かしら」
美兎のダチが消えたあの日、場合によっては自身がその『ダチ側』になってもおかしくなかった、と。




