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212 殺し屋と遺影

空木うつぎが目覚めると、そこは寂れた洋館の中。

人の気配は、時折聞こえてくる子供の笑い声のみ。

玄関には大量の黒い靴と、屋敷の外には白黒の花輪があるという、葬式中を思わせる陰鬱な空気。

空木は、いち早くこんな場所から去ろうと外に出て…………



アハハハ!!!


……また、建物の中から笑い声か。

もう気にせず無視無視…………


と、思ったが。


しかし、なんだ? 今の声、聞き覚えが……?


頭の隅に引っ掛かる感覚があり、思わず振り返った。

見えるのは、開きっぱなしの玄関の靴だけだが……ふと、その中に、見覚えがあるような靴が……


ビリッ!

と、頭に電撃が走り、ハッとなる私。


そうだっ。

今の声はアイツ……美兎だっ。


私は……恐らくはこの屋敷の近くにある集落にいた時、かくれんぼで『敵』に捕まり、屋敷へと運ばれた。

それは、一緒にいた美兎も同じ筈。


まさか……今もこの中にアイツが?


分からない。

あの靴は似ただけのやつかもしれんし、さっき聞こえた笑い声も、空似かもしれない。

なんなら、私を連れ戻す為の『敵』の罠かもしれない。


「……チッ!」


頭ではそう考えても、『万が一』がある。

さっさと確認して、さっさとズラかるぞ。



ギシ…… ギシ……


はぁ。

わざわざこの家に戻る羽目になるとはな……早くウカノの奴ら、助けに来いよ。


いや、まさか、見捨てて帰ったりしてないだろうな……?

アイツらの事は今日知り合ったんでよく分からんが、足引っ張るような無能は簡単に切ったり……?


有り得そうなのが恐ろしい。

どちらにしろ、自力で解決するつもりで進めないと、だろう。

他の奴らを頼りにするなんて、情けなさ過ぎるからな。


キャッキャ! キャッキャ!


……定期的に、こっちの方から聞こえて来るガキの笑い声。

声がデカくなってるって事は、近付いてるって事だ。


ギシ……ギシ……


聞こえるのは、その声と床の軋みだけ。

夏なのに、虫の音一つ聞こえやしねぇ。


なんだが、『そこ』に歩を進めていけばいくほど、空気が重く感じて来るな……


なんて、考えていた時。


「……線香?」


鼻先にかすめる香り。

思わず顔を顰める。

私の苦手な香り。

考えれば、葬式やってる(はず)んだから、当然の香りだ。

その葬式自体、まともな内容とは限らんが。


……匂いの発生源は、どうやら『あの部屋』。


そこは、丁度ガキどもの笑い声がしたのと同じぐらいの場所。

洋館だというのに、あそこの部屋は壁が障子だ。

中は和室、なのだろう。

そろそろと、出来るだけ足音を立てぬよう、私は近付く。


みゃ〜みゃ〜みゃ〜


……それは、猫の可愛い鳴き声じゃあなく。

恐らくは、坊主の念仏。

チーンという『りん』の音も聞こえるし、葬式なのは確定か?


その部屋の障子の状態も良くは無く、子供が破ったようにいくつも穴が空いている。

まるで、中を覗けとばかりの穴で……


うっ


と。

中の光景を見た瞬間、脳が理解を拒否した。


一言で表すなら『異様』。


そんなものは、ここに来てから何度も見てきたが……あれほど理解出来ない光景はそうそう無い。

『仕事』で見てきた凄惨な現場の方が、まだ理解出来るレベル。


中には、多くの喪服の大人達が居た。

それはいい、葬式なんだから。

遺影も、部屋の奥の方見える。

その写真は『子供のもの』だ。


だが、一人分、ではない。

遺影は『十人分以上』はある。


例えば、学校で悲惨な事件や事故が起こり、そういう『合同葬式』みたいなので写真を並べる光景があるのは知っている。

だが、ここはただの洋館だ。

セレモニーホール、だというならまだわかるが、こんな狭い和室で大人が集まってやるか? 普通。


普通……そう、普通じゃない。

何が普通じゃないかって、その写真に写ってるガキどもが、顔を伏せてる大人達の後ろで『普通に遊んでる』んだよ。


ガキどもが座ったまま輪になって、自分らの葬式なんて我関せずって感じで、キャッキャと紙風船をポンポン叩いて遊んでたり、ままごとみたいな事してる。


なんだ?

兄弟だからとか、親戚だからで顔が似てるだけのガキどもか?

だとしても、葬式中に騒いでても、大人達は誰も注意しやがらねぇ。


なら、生前葬、ってやつか?


生きてる間に葬式を済ませる儀式ってのがあるとは聞く。

だから、ガキどもが騒いでても構わねぇと。

……いや、だとしても、異様な光景なのは変わらねえ。


(……ッ! 居たっ)


本能的に、中の光景を見続けるのは不快だったが、少しでも美兎の情報を得ようと室内を見回していた時だ。

美兎を見つけた。

普通に、子供の中に、女子高生が混じっていた。

あまり堂々とし過ぎてて、逆に見落としていたレベル。


中に足を踏み入れようと決心した私…………だったが。

【それ】を認識した瞬間、決心が折れかけた。


……居る。

まるで、美兎ら子供達を見守るように側に立つ『黒い着物の女』。

その着物は、葬式側にいる女達の喪服とは違い、旅館の女将が着てそうなしっかりしたもの。

顔は覗けない。


見ては……認識してはいけないと、本能が訴える。


唯一、部屋の中でつっ立っている存在だが……存在感、威圧感が段違いだ。

あの着物女がいる前で、無事に美兎を拐える気がしない。

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