207 謎の世界と謎の女の子 8
男が目覚めると、そこは見覚えのない山の中。
近くにある宿泊施設の従業員、着物少女の冥子に起こされ、なんやかんやあって『おもてなし』される流れに。
夜は、急に湧いて出たお祭りの出店で満喫。
食べ歩きながら奥まで進むと、何やら、謎の祠が現れて……
「これは?」
「んー? ああ、そういや前もこんなのあったなぁ。開けようとしたが、あん時(数年前)は開かなくって……」
祠の扉に手を伸ばす冥子さん。
カチャリ 「あ?」
祠は普通に開いた。
「なんだ? 今回は鍵掛かって無かったな」
「こういうのって開けていいのかな……バチが当たりそう」
「えーっと中身は……ぁん? 何だこりゃ。カメラ?」
「これは……使い捨てカメラかな。懐かしい」
「使い捨て?」
デジカメと違い、撮影した写真を確認出来ないアナログなカメラ。
撮られる枚数も決まっていて、今の便利な時代には不便な代物だが……
『その決められた数だから気持ちを込めて撮られる』
だの
『完成した写真がレトロな画質で良い』
だのと、逆に今、若い人に人気なのだと。
「カメラが御神体とは、何とも現代的な神様だね……」
「んだよ。写真なんざ腹の膨らまねぇもんの何がいいんだ」
「そうかな? 手元にスマホがあったら、ここの写真何枚も撮ってたんだけどね」
「面白いもんでもあったか?」
「いや、今日二人で遊んだ思い出を、帰ってからも見返したいし」
「……ウチらの写真が、そんなに欲しいか? し、仕方ねぇなぁ!」
そう言うと冥子さんは祠からカメラを掴み取り……それから カシャリ 俺に向けてシャッターを切る。
フラッシュで一瞬目が眩んだ。
「うおっ、急にはやめてくれ……てか、俺一人を撮ってもね。そのカメラも、いつからこの祠に入ってるか分かんないから、壊れててちゃんと撮れてないかもよ?」
「お袋がどーにか直すっ」
それから、冥子さんはカシャカシャと周囲の風景を撮り出す。
撮るたびに手動でダイヤルをカチカチ回していたが……確か、インスタントカメラで撮れる枚数は30から40枚ぐらいだったよな?
撮り尽くせば、もうダイヤルが回らなくなる仕様……なのに、止まる気配は無い。
今の段階で既にその枚数は越えてるんじゃ?
まぁ、ダイヤルも壊れてる可能性だって大いにあるが。
「お前も撮れよっ」
途中、俺にカメラを手渡されたので彼女に向けると、
「わ、私を撮るな!」
なんて、手で顔を隠されたり。
というか、そもそも俺だと、一切ボタンもダイヤルも反応しない。
まるで、『冥子さんだけしか使えない』カメラ。
単純に、生半可な力じゃ満足に扱えないモノなのかもしれないが。
不意に、冥子さんは「あっ」と声を漏らして、
「今思い出した。このカメラ、私のだ」
「え? ……普通忘れる?」
「お袋から貰ったんだよ。『花嫁道具』だのなんだの言われてな」
「カメラを? 花嫁道具として?」
「ああ。ガキの頃に貰ったんだが、いつの間にか失くしててな。私以外の奴らも全員貰うんだよ、お袋からな。一人一人『貰うもんは別』らしいが……どうして今思い出したんだか」
花嫁道具……
字の通りなら、嫁ぐ娘に母親が贈る生活用品、とかだよな?
恐らく、今では珍しくなった文化だろう。
鏡台とかミシンとか着物とか、大抵が母親の引き継ぎモノだが……カメラ、か。
チョイスとしては珍しいイメージ。
一眼やデジカメではなく、敢えての使い捨てカメラなのも、女将さん的に何か理由があるのかな。
家族が出来た時に本当に残したい光景だけを写せ、とか、そういう。
なんでそれを、あの祠に入れていたのかは……俺が理解るはずもない。
「……そのカメラ、中身現像出来たらいいね」
「お袋がどーにかすんだろ(シャクシャク)」
「女将さん、なんでも出来るね……」
写真が撮れても、形に残らなければ虚しいものだ。
現像するには、確か特殊な液と暗い部屋が必要だった気がするが……ここには何でもありそうな気がしてくる。
可能であるなら、(まだ思い出せない)俺の家に郵送して貰おう。
勿論、今回のおもてなし代や現像代を送り返して。
「しっかし、今ウチらは『どこに』向かってんだろうな? (シャクシャク)」
「えっ? 方向で見当付いたりしないの?」
「どこも似たり寄ったりな光景だからわかんねぇよ(シャクシャク)」
「現地人でもそうなんだ……変な場所に着かなきゃいいけどね……」
さっきから冥子さんがシャクシャクやってるのは、かき氷を食べてる音だ。
そして今、俺達は『矢印』に従って移動している。
矢印。
それは、あの祠のそばに立て札があって、そこに描かれていた記号。
近くには ポゥ っと、暗闇をぼんやり照らす手持ち提灯も置いてあって……いかにも、この方向に進めと誘導しているよう。
「お袋が用意したんだろ」
と冥子さんは疑う様子もなく。
そもそも俺も、ここに来てから人間不信になるような出来事も無かったので、この誘導を無碍にする理由もないのだが。




