154 会長と一年前 2
学園の入学式で、私(翡翠)は、とんでもない美人を見掛けた。
彼女はすぐに周りを虜にし、ほぼ毎日告白されるなんていう漫画みたいな光景を見せてくれた。
そんなある日……
彼女はいつものように呼び出されていた。
私は、たまたまその現場を通り掛かっただけ。
音楽の授業へと向かう途中。
また絡まれてるなぁ……と、可哀想に思っていた。
相手は……確か、上級生で、バスケ部で、モテると評判の男子生徒。
なんていうか、いかにもメインヒロインにフラれる役割のキャラ。
案の定、彼女はその生徒にときめく様子もなく、すぐにペコリと頭を下げ、
「心に決めた相手がいる」
と、返す。
決まって毎度この返しだ。
常套句みたいなものだが、彼女のその答え方は、目は、どこか誤魔化しではなく本当の事に思えた。
聞き分けのいい相手なら素直に引き下がる……が、無駄にプライドの高い相手なら往生際悪く、
「誰?」
と空気も読めず訊いたりする。
そのバスケ部の男子もそんな男だった。
「悪いがそこまで教えるつもりはない」
当然の返しをする彼女。
そりゃあそうだ。
どんなやつなの? とか、そんな質問に答える義務なんてない。
告白したやつは何故か、当然の権利のように教えて貰えると思っている。
元々親しき間柄、なら答える人もいるかもしれないが、それならその段階で、相手の好きな相手も知っている筈だし。
流石にいい加減これで引けよ?
と思う私だったが、悲しいかな、男子生徒は強がりでかヘラヘラと笑い、
「ホントはそんな相手いないんでしょ?」
とか
「お試しで友達からでいいからさ」
なんて食い下がる。
見苦しく、哀れですらある。
まさに、定番ともいえる三下キャラ。
「話は終わりか? 私は失礼する」
時間の無駄と判断したか、眉一つ動かさずその場を去ろうとする彼女。
慣れている状況とはいえ、強い子だ。
歳上の男子相手にも一切物怖じしない。
しかし、これは怖い状況である。
決まって(お約束のように)こういう時の男は何をするか分からない。
「待てよ!」
と叫び、男子生徒は彼女に詰め寄る。
あんにゃろう! 予想を裏切らねぇ!
私は反射的に飛び出していた。
手には音楽の授業で使うリコーダー。
思いっきりぶん殴っても大した怪我は負わないだろう。
ドサッ
しかし、私が成敗する前に、男子生徒はその場に倒れる。
転んでおっちょこちょいアピールか? それが許されるのは可愛い女の子と美ショタだけだぞ?
と思ったが、今の倒れ方は、糸が切れたみたいな気絶のそれだ。
彼女は、そんな男子生徒の結末に驚くでもなく、ただ見下ろしていた。
まるで分かっていたみたいに。
自分がやったみたいに。
彼女の赤い瞳が、いつもよりギラギラと赤く輝いている。
不思議と吸い寄せられる光。
謎の妖しい魅力。
まるで誘蛾灯だ。
魅惑的な光で誘い、一瞬で命を奪う光。
あんな目を間近で見てしまえば、そりゃあ興奮しすぎて気絶もするだろう。
気絶、で済んでいればいいが。
「っちゃー……やっちゃった」
彼女が罪を認めた瞬間だ。
顔を片方の手で覆い、ため息をついている。
完璧に見えた彼女に初めて感じた人間味。
まぁ実際は、目の光云々じゃなく恐ろしく早い手刀的な格闘技術で気絶させたのだろう。
絡まれそうになったんだから正当防衛ってやつだ。
チラッ
と、ここで、私の存在があちらにバレた。
覆った手の指の隙間から覗く彼女の目と視線が重なる。
リコーダーを振り上げたままの私。
これは……目撃者の隠滅不可避じゃな?
色々と諦めた私。
スゥっと振り上げたリコーダーを下ろし、
「あー…………その人、保健室連れていかないとね」
「ああ……うん」
その後は、二人で男子生徒を運搬。
保健医の先生には『急にぶっ倒れた』と説明して置いてきた。
先生は『脳的なアレが原因!?』なんて慌てて救急車を呼んでいたが真実なんて話せない。
私だって何が真実か知らんけど。
後日談的な話。
あの後、件の男子先輩が彼女に絡んで来る事は無かった。
ぶっ倒れた件に触れもしない。
都合良く、あの時の事は忘れたのかも。
たまたま鉢合わせた時、なんかビクっとなってたのは、刻まれたトラウマか何かかな?
因みに、その時のがきっかけで、彼女とは話す回数も増えてって。
なんやかんやで友人と呼べる関係に。
私が側にいることで、彼女に近付く軟弱な軟派野郎の露払いにはなった。
そんなお邪魔虫な私にもめげずに告白しようとしてる本気度の高い奴は見逃してやったけど、それでも彼女は、頑なに『決めた相手がいる』と断っていた。
「おいおい、そんなイケメンなら私にも紹介しろよー」
「だっ、ダメダメッ。【あの子】は翡翠が想像してるような類の相手じゃないからっ」
「超絶イケメンとか男前かぁ? 親ぐらい歳離れてるダンディでもカヌレの相手だってんなら私は驚かんぞぉ?」
「……まだ想像力が足りてないな」
「なにっ。い、一体どんな化け物なんだ……?」
「化け物、か……言い得て妙だね」
訊ねても、いつもはぐらかす彼女。
だが、有用な情報も手に入れられた。
その彼が、来年、この学園に来る予定らしい。
最早確定事項みたいな口ぶりからして、私と違って頭もいいのだろう。
しかし、年下だったとは……年上に興味が無いはずだ。
こんな強い女のワガママボディを自由に出来る後輩君……一体どんな男なんだ?
なんとなくではあるが、S、な子という確信はあった。
しっかり者な彼女の相手だ、気弱な男では勤まらないだろうし。
なんて言いつつ、保護欲を誘う魔性の気弱美少年という相手でも、色気ムンムンな彼女の隣に居る姿はシックリは来るが……情報はないんだ、考えても仕方がない。
その後、彼女は突然、生徒会選挙に立候補した。
理由を訊ねると、
「カッコいい姿を見せたい」
と、それだけ。
どんだけ惚れ込んでるんだ……人をここまで動かすその後輩君に、私は恐怖した。




