114 兄妹と神楽 4
箱庭神楽が始まった。
少し邪魔が入ったように見えた神楽だったが進行に滞りは無く……
遂に、メインの二人が舞台へ登場した。
片方は舞台で篠笛を吹き、
片方は樹の上で舞っている。
ぴょん
ドリーから飛び降りる『主役』。
そこそこの高さがあるドリーの樹冠からの跳躍……
普通の者なら、よくて捻挫……
フワリ フワリ
だが、落ちる速度は自由落下のそれでは無く、まるで木の葉のよう。
そんな芸当を可能にしているのは、笛を担当する彼女と同様、首に掛けられた羽衣。
まるで夜の星空を纏っているように……羽衣からはキラキラと光の粒子が漏れ、降下の軌道を天の川のように残していた。
このキラキラのお陰で、木の上にいた際も彼のシルエットが分かったのだ。
スタン と、『彼女』の隣に静かに着地した主役。
既に言及しないでも分かっていると思うが、今、ステージ上に居るのは箱庭兄妹だ。
彼の着ている衣装は、セレスのと色合いが同じ透明感ある若葉色のソレ、だが……和服ではなく洋服、ミニワンピース。
頭には、シロツメクサに見える花で作られた花輪の冠。
手には【木刀】。
その木刀の持ち手にストラップのようにぶら下がる数個の【鈴】。
これを神楽鈴のように振るい、鳴らしていたのだ。
当然、ただの木刀でも鈴でもないトンデモな代物だが……その説明は置いておいて。
『今の』双子が横並びに揃うと、益々、私達が場違いと思えてくる。
それほどに、場の空気は別の次元。
本来、ただの人間が眺めて良いものでは無いのだから、当然と言えば当然か。
双子の木の精が一緒にいると、いつもロクな事が起きない。
「RPGで乗り物でしか行けない島で卵護ってそうな双子だな」「ハモって喋る感じの女の子達なー」
「や、やはりあの方は空気が違いますっ」
「あれ? 子ウサギちゃん?」「なんか顔色良くなった?」
「は、はいっ。あの方に除霊をして頂いたのでっ」
「学園祭中に解決するイベントじゃねぇなぁ……」「あー……これの事かぁ」
……前の方で、思い思いにそんな感想を呟いているモブガールズ+αだが、彼女達が抱いてるイメージは表の良い部分だけ。
いや、悪い部分も知ってはいるだろうが、そこも、兄妹の表の部分。
彼女達がこれから目の当たりにするのは、裏の……いや、『本来の兄妹』だ。
ゴゴゴゴゴ……
?
本格的な神楽がいざ始まる そんな時にふと 地響き。
地震か? と身構えていると……
見れば、震えていたのはステージの木、ドリーで。
自然な木の色から、その幹を、その樹冠を、『赤色』に染め出した。
『この反応』、まさか……。
ステージ上を見ると、セレスが笛を吹きながら彼を睨んでいる。
彼のその手には、空の【一升瓶】。
やはり……間違いない、ドリーは『酔っている』。
アレは、祭事にしか用いられないという幻の酒『脱穀』。
お神酒は神事には欠かせぬ存在ではあるが……『本家同様』、こちらのドリーも酒に弱い(もとい『酒癖が悪い』)ようだ。
ドリーはなにかと箱庭家関連の神事(この神楽ほど大規模ではないが)に駆り出されるらしいが、その弱点もあり、基本お酒はNG扱いだった。
と、いうのに……
ゴゴゴゴゴ!!!
地響きの強さが増すと共に、幹を太く長く成長させるドリー。
既に、樹冠は校舎の高さをゆうに超えていて、数千年生きたと言われても信じる貫禄。
それだけでは終わらず メキメキメキ!! 勢いよく幹から生えたのはゆうに百を越える大木のような腕(枝)。
……『邪神』。
校舎を覆うドリーの影のシルエットは、この世を滅ぼしに現れた『災厄の神』を思わせる、凶々しさがあった。
……背中に冷や汗。
悪霊やらどこぞの秘密結社らが暴れる分には『好き勝手にやれ』とスルーする私も、流石に今の『正気を失った』ドリーを前にすると足が竦む。
これだけ距離が離れていようが、アレに本気で暴れられたら、距離の有利性など無価値だ。
この学園に、この街に、この国に居る限り……ドリーから逃げる術は無い。
チリンッ
それでも、演奏は終わらない。
寧ろ、『今からが本番』とテンポが早くなる。
泥酔ドリーの前に立ち、彼は見上げる。
まるで、悪に立ち向かう勇者のような背中を見せているが、元凶という事実は変わらない。
ピリピリ……
湿気の多い夏の夜、だというのに、腕の産毛が静電気でも纏っている様に逆立つ。
空気も、怯えているように震えている。
先に動くのは、果たして
バァン!
……その初撃は、衝撃音を置き去りにした。
鞭のように振り下ろされる大木の腕。
潰す、なんて生易しい一撃ではない。
まともに喰らえば木っ端微塵は避けられぬ、亜音速をゆうに超える一撃。
チリリン
だが、彼もセレスも、立ち位置を少しずらす事でそれを難無く回避。
演奏は止まらない。
普通の石造りのステージなら今の一撃で粉砕されたろうが、そこは特殊な木材、
シュゥゥ……
と摩擦で煙が出るのみ。
チリン リンリン リリリーン
彼はスキップでもするような軽快さで、大樹と化したドリーの周囲を周るように駆け出す。
フワフワと自在に飛び跳ねるその姿は、タンポポの綿毛のよう。
ブォン! グォン!! ゴッッ!!!
ドリーも、標的を彼に定めたのか、その数多ある腕を駆使して捕まえようとする。
上下左右縦横無尽、千手観音のように襲い掛かる手 手 手。
私でも、腕の動きを目で追うのがやっとで、到底避けられる気がしない。
風圧も音圧も凄まじく、まるで戦場だ。
……それだけの猛攻を、しかし彼は優雅に躱し続ける。
ドリーの勢いが激しければ激しいほど、綿毛な彼は風圧でフワリと浮かぶし、
ドリーもそれを学習し緩急をつけても、彼は襲い掛かる手を木刀で受け流したり腕の上で転がったり腕の間をぴょんぴょん移動したりとアクションゲームのステージ感覚で……
まさに、柔と剛。
考えようによっては、綿毛ではなく鬱陶しい【蚊】と思われても仕方がない彼……
だが、ドリー自身、何も『怒り』で暴れているわけではない。
ドリーはただ、彼を捕まえて『可愛がりたいだけ』なのだ。
酒癖が悪い、と言った通り、コレはただの『ウザからみ酒』。
目的は、彼を抱き締める事。
相手が彼だからこそ、容赦無く数多の手を振るえる。
……この展開は、酒をドリーに浴びせた彼自身、予想がついていた筈だ。
寧ろ、この流れに誘導したまである。
なのに何故現在、彼は逃げている?
否、コレこそが箱庭神楽。
彼は逃げているのではなく、舞っている。
演舞であり、演武。
実力の近しい者同士が縦横無尽に戦う姿ほど、美しい動きはない。
世界が神を楽しませるのではなく、神が世界を楽しませる舞。




