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第四章(一)


 一台の黒い高級車が、とある公園の前で止まった。

後部席にゆったり腰を掛けている一人の外国人男性が、黒いサングラスの中から隣接するビルを表情のないその瞳で見つめていた。

 ビルの中のエレベーターの扉が閉じられ上昇した。

瞬間、男性の目が不敵な笑みを浮かべた。


 ガタンっっ


衝撃音と共にエレベーター内が真っ暗になり、その動きが止まってしまった。


 え?


中にいた二人は瞬間顔を見合わせたが、互いの顔を確認する事が出来ない。


「マジ、かよ・・・」

晃一が呟いた。

「らしいな」

諦めたように司は応えると、真っ暗な天井を見上げた。

何の灯りも見えず、暗闇に包まれているが、妙な静けさは感じない。

「おーい、誰かいないのかぁっ!?」

晃一が大きな声で呼びかけ、目の前の扉をドンドン叩いたが、ビルの端にあるこのエレベーターに誰も気付かない。

「気付くワケねっか。 チッ、裏から入んなきゃよかった」

晃一はすぐに諦めると、ドンっと目の前の扉を蹴った。

「どうする?」

さっきから黙ったままの司が本当にそこに居るのか、半ば確かめるように訊いた。

「どうせ停電だろ。動くのを待つしかねぇだろうな」


 カチっ


音と共にパッと明るくなった。司がライターをつけたのだ。

が、その火は司の口元に持って行かれ、タバコに付くと、タバコの匂いが即座に充満する。

「おいっ ばかっ、こんな所でタバコなんか吸うなよっ」

慌てて晃一が司の口からタバコを抜き取ると、壁にこすりつけた。

「 ったく」

「ごめん ごめん」

司は苦笑すると、後ろの壁に寄り掛かった。

「はぁ・・・、やる事ねぇな」

晃一は溜息をつくように言うと、そのまま座り込んでしまった。

暗闇に目が慣れて来たのだろうか、互いの存在が判るようになり、少し安堵の息が漏れる。

「なぁ 司よ、フツー 人って、こういう状況に置かれると大抵はすげー不安になってパニックになったりするもんだと思うけど、お前って全然そういうのねぇのな」

「そういうお前だって平気じゃん」

晃一を見下ろして言ったが、司も晃一の横に座ると、両膝を立てて、その上に両手をぶらつかせるように置いた。

「まぁな。 ・・・ けど、あれだな、多分司だから平気なのかも」

「は?」

「うん、だってお前って最初っから妙に落ち着いててさ、なんかいつも冷静っていうか、大人っていうか。 そうだよ、最初会った時、俺より年上かと思った位だもん」

「晃一より年上かよ。 え、何、それであの態度? ずいぶんだな」

「え? あ、いや、 はは・・・ 」

司に睨まれた気がして晃一は首をすくめると笑って誤魔化した。

 初めは髪の色が綺麗だと思って声を掛けたが、それよりステージを見つめていたその瞳の色に惹かれていたのだ。

光に反射して角度が変わると色んな色を醸し出していた。まるで神秘の谷で発見された宝石のようだった。

晃一にはそれが本当に宝石だと思った。

「なぁ、司」

「ん?」

「お前さぁ、何で秀也と付き合う事にしたの?」

「え?」

思いも寄らない質問だった。

思わず晃一の方を向いてしまったが、暗がりのせいで晃一の表情が見えない。

それが幸いしたのだろう。晃一からも自分の困惑した表情を見られずに済んだ。

一瞬引きつった司の頬もすぐに元に戻った。

「やっぱ、亮さんと似てたから?」

「ふっ・・・、どうかな」

晃一の二度目のその問いかけには苦笑してしまった。

「晃一がそこまで言うくらいなら秀也はきっと兄ちゃんに似てるんだと思う。けど、オレには秀也は秀也でしかないから。 それに、兄ちゃんも兄ちゃんでしかない。誰にも兄ちゃんの代わりは出来ないよ」

誰か他の人間が応えているのだろうか、そう思わせる程、自分でも驚くほど素直に応えていた。

「司?」

「ん?」

「ヘンな事訊くけどさ。 お前と亮さんて、血、つながってんの?」

「は?」

「あ、いや、ごめん。 ホラ、よく金持ちにありがちな血の繋がらない兄妹とかってあるじゃん」

「あのな・・・。 お前それ、昼ドラの見過ぎ。それに、ずいぶん安っぽいシナリオだな。 ったく。 オレと兄ちゃんは血液型全く同じっ、だから」

「アテっ」

司に頭をはたかれ、晃一は首を竦めた。

「年が離れてっから、他人から見たら異常だったんだよ。兄ちゃんのシスコンは」

「確かにな。あれは異常な可愛がり方だったよな。 っていうかお前ら仲良くて羨ましかったよ。 俺なんか姉ちゃんと弟だろ。姉ちゃんなんか喋った事ほとんどねぇし、弟だってアイツまじめ過ぎるから趣味合わねぇし、遊んだ事ねぇもんな」

「何で? 一緒に住んでたんだろ? メシとか一緒に食べたりしないの?」

「そりゃするよ。一応家族だしな。 旅行とかも行ったけど、別に大しておもしろくもねぇし。 それだったらお前らと一緒にメシ食ったり、ライブやってる方がずっと楽しいよ。 そーだよ、そこの違いだな。司と亮さんはさ、ライブつながりがあるから羨ましいんだよ。趣味が同じだろ? 同じ時間共有しててさ、すっげェ楽しんでたじゃん」

「すればいいだろ」

「え?」

「同じ時間、共有すればいいだろ」

「誰と?」

「姉さんや弟。 それにお前の親父さんやお袋さんと」

「まぁな・・・。 けどなぁ、今更なぁ」

「いつ死ぬかわかんないんだぞっ」

「司?」


『 いつ死ぬかわからない 』


司のその言葉の重みはよく解っている。

晃一にとっても突然の亮の死は余りにもショックだった。司の兄ではあったが、自分にとっても兄とも言える存在だった。それに、晃一自身亮を兄のように慕っていたのだ。

「そうだな、司の言う通りかもな。 けどなぁ、今更っていうか、な~んか家族とべったりってのもなぁ。こっぱずかしいよなぁ」

気を紛らわそうとおどけたフリをして天井を見上げた。

「フっ ・・・、 こっぱずかしいか」

気持ちの切り換えが簡単で素早い晃一に司は思わず微笑んでいた。

「司は? そういうのねぇの? ホラ、せっかく日本に帰って来たんだからさ」

「ないよ、そういうの。 だって最初っから家族ってのがどんなもんなのかよく解ってないから。居ても居なくてもおんなじかな」

「ああ、そっか。 ・・・ でも、亮さんは違ったんだろ?」

「そうだな、亮兄ちゃんだけだな。オレの事、人間として見てくれてたの」

「人間?」

「あ、いや。家族として接してくれたの。他の兄さん達は、ほとんど会った事ないからよく分からない」

「大変だな」

「 ・・・。 フツーだよ。 オレにとってはそれが普通なんだ。 ・・・、 それにしちゃ、アチィなぁ。クーラーくらいつかねぇのかよ」

「だって、停電だろ? だったらクーラーも無理だろ。けど、マジでアチィなぁ。 俺、夏にはサウナは入らねぇ主義なんだけどなぁ」

晃一は舌を出してTシャツの裾をあおった。

「誰か早くブレーカー上げろよ」

司はうんざりして、落ちたブレーカーをていた。


「なぁ 司。 もしも、だよ。 もし、このままずっとここに閉じ込められたまま誰も気付かないで、みーんな帰っちゃったらどうする?」

「はぁ? くだらねぇ」

「だって、このままだと二酸化炭素中毒になって、しかも暑さで脱水するぜ」

「あのなぁ、二酸化炭素はお前が黙ってれば出ねぇだろ。それに、水がなくたって三日は生きれる。もうちょっとマシな事考えられねぇの?」

「ああ、俺はこのまま司と一緒に天国、行くんかなぁ」

「冗談じゃねぇよ。オレは晃一と心中したくないね。秀也となら死んでもいいけど、晃一とだけは絶対イヤっ」

「冷てぇなぁ。俺ってそんなに嫌われちゃってるワケ?」

「離れろ、バカっ。 気持ち悪ィなぁ。 見ろ、汗でベトベトだ」

「見えねぇよ。 ・・・ おお、ホントだ、すげぇ汗」

「触るんじゃねぇっ」

 

 ドカッ


「イテっ」


 ガタっ ドタっ ガタターンっっ


暗闇の中、司はどう晃一を突き飛ばしたのか分からない。そして晃一の方も突然の攻撃をどう受けたのか分からず、そのまま転がるように壁に激突した。

「イテーー・・・ 」

転がった拍子に頭の上高くに突き上がった両脚を下ろしながら頭をさすった。


 ドンっ ドンっ ドンっ


不意に背中に振動が伝わる。

「司っ 晃一っ 居るのかっ!?」

遠くの方で微かに声が聞こえた。

その瞬間晃一は振り向いて目の前の壁に向かうと、ドンドンドンっと、拳で叩き返した。

「おーい、誰かぁっ 俺達はここに居るぞーっ。 助けてくれーーっっ!」

と、大声で叫んだ。

「やっと気付いたか」

はぁっと、大きな溜息をつくと司は一瞬神経を尖らせた。

そして、気配のない事を確認すると、壁にもたれたまま目を閉じた。

『紀伊也、ブレーカーを上げてくれ』

そう送ると、目を開けて額の汗を拭った。

「おい司、助かったぞ。 大丈夫か?」

「良かったな。天国に行かなくて」

「ホントだよ。でもあれだな、一度お前と一緒に天国に行って、亮さんに会って来んのもいいかもな」 

「ばぁか」

晃一の冗談に思わず笑ってしまった。

 しばらくして、機械の動く音がすると、エレベーター内が明るくなった。

ぐったり壁に寄り掛かり、足を投げ出して座っていた二人は顔を見合わせると笑顔を見せた。


 やれやれ


二人共に苦笑に近い溜息をついて立ち上がりかけた次の瞬間、ガタっという音と共に、再び暗闇に落ちてしまった。

「あれ?」

二人は再び顔を見合わせたが、互いの顔を確認する事が出来ない。


『紀伊也?』

『司、ブレーカーは問題ないけど、動かないんだ。このエレベーター、故障してるかも』

困ったような紀伊也の返答に司も応えようがない。

『何とかしろよ』

『したくてもこれじゃあどうしようもないよ。とりあえず今、業者呼んでるから、もう少し待ってくれ』


「マジかよ・・・」

司は呟くと、諦めたように再び壁にもたれて溜息をついた。

「司ぁ、やっぱ、俺達、天国行きだぜ。俺、一人で死にたくねぇよぉ」

「抱きつくなっ アチィっ。 それに、オレはてめェと心中はしたくねぇんだよっ。 くたばるなら一人でくたばれっ」

再び晃一を突き放すと、片足で晃一を抑えた。

 それから一時間後、ようやく救出された二人はぐったりと、伸びたカエルのようにへばっていた。

もちろん、翌日のスポーツ誌の一面を飾ったというのは言うまでもない。

そして、二人のふざけたコメントに他のメンバーやスタッフは呆れ返ってしまった。


晃一:「大好きな司くんと心中できなくて残念でーす」

司 :「このくそアチィのに、ヤローとサウナはごめんだぜ」


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