エピソード 3ー9 小生意気な結愛
それから数日は、引っ越し後の荷解きとかで費やした。そんなある日、瑛璃さんから連絡があり、紗雪が星霜ギルドで訓練をつけてもらうことになる。
その際、瑛璃さんが上手くいってくれたようで、私は結愛とお留守番になった。
「それじゃ、訓練に行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい!」
紗雪が出掛けるのを、結愛と私の二人で見送った。
その後、結愛がすぐに出掛ける準備を始めたのだけれど――
「……わふ?」
私は結愛を見て瞬いた。
改めて説明すると、結愛は中学生の女の子だ。紗雪の妹だけあって可愛いけれど、私と同じで着飾らない――地味なイメージだったのだけど、いまの結愛はイメチェンをしている。
薄いピンクの髪はサイドテールにして、スカートの丈がいつもより少し短くなっている。しかもニーハイソックスの上、絶対領域に短剣を下げるための黒いベルトが巻かれている。
なんというか、口元でピースしてニマニマしてそうなイメージ。
いまの結愛は小生意気な後輩キャラに変身していた。
……もしかして、ちやほやされるための服装ってこと?
いやまぁ、可愛いとは思うけど、これ、別の意味で紗雪に怒られたりしないかなぁ……と、そんなことを考えているあいだにひょいっと抱き上げられた。
「それじゃ、ユリア。今日はよろしくね」
「わん……」
そうしてやってきたのはボア系の魔物が発生するダンジョンだ。ちなみに、今日は初日だからという理由で嵐華さんも同席している。
「嵐華さん、今日はわざわざありがとうございます」
「いえ、私としても、結愛様になにかあれば困りますから。ただ、万が一に備えて側には控えていますが、基本的にはいないものと思ってください」
「もちろんです。配信は一人でおこなうつもりなので」
「……一人で、ですか?」
「ええ。ユリアが一緒だと、すぐにお姉ちゃんの妹だってバレてしまうので。だから危険がない限り、ユリアには画面外で控えていてもらうつもりです」
「……なるほど、理解しました」
という訳で、結愛は配信の準備を始めた。
その作業の傍ら、私へと視線を向ける。
「そういう訳だから、ユリアは手を出さないでね」
「わん(わかったわ)」
色々と不安はあるけれど、結愛が自分の意志で決めたのなら止めるつもりはない。私は結愛が危険な目に遭わないように、影ながら守るだけだ。
という訳で、私は結愛の案を飲むことにした。
「じゃあ配信を開始します。嵐華さん、ユリアをお願いしてもかまいませんか」
「かしこまりました」
という訳で、私は嵐華さんに抱っこされる。
ほどなく、結愛が配信用のカメラを起動して、虚空に向かって挨拶を始める。
「――いえーい、みんな、見てるー? JC配信者の結愛だよ。みんなには、私をデビュー当時から推してる先輩達という称号を上げちゃうから感謝しなさいよね!」
……これは酷い。
いや、違うよ?
がんばってるのは分かるし、そういうキャラを否定するつもりもないよ? ただ、その……なんというか、普段の結愛を知ってるだけにギャップが、ね?
い、いや、笑っちゃダメだ。
これはお姉ちゃんを助けたいという結愛の想いなんだから。
というか嵐華さん、さすが瑛璃さんの秘書だ。
この状況でも、笑ったりせずに平然を装っている。いや、私を抱っこする腕がかすかに震えているから、笑いをこらえているのは丸わかりだけど。
閑話休題。
このダンジョンの一階に出てくるのは小型のボア、つまりウリボウみたいな魔物だ。小さいながらも突進力は高く、攻撃を食らえば足の脛を押さえて転げ回ることになるだろう。
もっとも、それはシールドを抜かれればの話だ。
「それじゃ、まずは回避の練習をしていくわよ。華麗な結愛の回避、見てなさいよね!」
サイドステップを踏んで回避、すれ違い様に攻撃を加える――というのは、口で言うほど簡単じゃない。体幹がしっかりしていなければ、半端な攻撃を弾かれたり転んだりする。
体勢を崩したところに、ボアの攻撃を食らって――というのは初心者あるあるだ。
それを知っているのか、結愛はひらひらと回避に専念している。
「え、スカートの中が見えそう? ぷぷっ、先輩はスカートの中が下着だとでも思ってるんですか? 残念、ちゃんとスパッツを穿いてますーっ!」
そっか、お姉ちゃんはちょっと安心したよ。
「はあ? 見て見ないと分からない? もう、先輩、変態過ぎじゃないですか?」
それはそう。
誰だそんなことを言ったのは。私が制裁してやる。
とか思っているあいだにも結愛の回避は続く。
「……え? 最初から反撃しようとして、失敗すると思った? ざぁんねん、私は先輩達みたいなざこざこな探索者じゃないんですよっ」
これは完全に生意気なメスガキちゃんだ。もしかして、生意気なことを言って、失敗して分からせられるまでがセット……なのかな?
というか、結愛ってこういう演技も出来たんだね。普段を知らなかったら、私はこれが演技だと言うことに気付かなかったかも?
一体、リスナーからどんな反応をされているんだろう? それが気になったのは私だけじゃないようで、嵐華さんがスマフォを取り出して配信を探し始める。
『ナマイキJCの探索者デビュー配信!』
そんなタイトルとともに、いまと同じ服装でピースをする結愛のサムネが目に入った。
……さすが紗雪の妹、むちゃくちゃ写真を撮り慣れているわね。
あと、タイトル通り、八重歯を出してすごく生意気な顔をしている。
サムネが魅力的なだけあって、配信には既に十名近い視聴者がいた。そして、『初コメ』なんて書き込みがあり、続いて『これはいいメスガキw』なんて書き込みが続く。
『で、メスガキの結愛ちゃんはいつまで回避やってるんだ? あ、もしかして反撃、怖い?』
「はあ? そんなことないですーっ。見てなさい、ざこざこな先輩達と違って、私がとーってんも優秀なところを見せてあげるからー」
……それ、失敗して分からせられるフラグなのでは?
なんて思ったのは私だけではなかった。
『期待してるわw』
『がんばれーw』
『優秀なメスガキちゃんなところを見せてくれw』
なんて煽りコメントが流れる。
そして――
「――はっ!」
結愛はかけ声を一つ、サイドステップでボアの突進を躱した。そしてすれ違いざまに剣を振るい、ボアの身体を真っ二つに切り裂く。
「――え、嘘!?」
『うお、マジか!』
『一層とはいえ、ボアを一撃で真っ二つにする新人……?』
『たまげたなぁ』
『すげぇ、絶対失敗すると思ったわw』
『ってか、なんで成功した本人が驚いてるんだよw』
『これはツヨツヨのメスガキちゃんw』
リスナーから驚きのコメントが流れる。
そして、同じく驚いていた結愛は、リスナーのコメントを見て我に返った。
「ふ、ふん、私に掛かれば、こんなものよ!」
『そのわりに「え、嘘!?」とか聞こえたけどなw』
『優秀すぎて、メスガキちゃんとしてはポンコツだったかw』
『それにしても強すぎだろ』
『実は剣道の有段者とか?』
「……え? いえ、そういう訳じゃないですよ。あ、でも、武器は知り合いからもらったので、もしかしたらいいものなのかも知れないです」
結愛がチラリとこちら、嵐華さんに視線を向けた。
や、やばい。
本来なら星霜ギルドから支給された武器が強かっただけという流れでごまかせるはずだったけど、ここに嵐華さんがいることで想定が狂った。
バレなきゃいいのだけど……と嵐華さんの反応を盗み見る。
「……おかしいですね。あの武器にここまでの切れ味はなかったはずですが……結愛さんには想定以上の才能があるようですね」
そんな呟きが聞こえた。
どうやら違う方向でごまかせたみたい。
実際のところ、嵐華さんの評価は正しいんだよね。
私が剣に装着した魔石は切れ味アップ、みたいな感じではなくて、使用者の能力を引き出すタイプだ。つまり、使用者の能力が低ければその恩恵は受けられない。
それなのにボアを一撃だったのは、結愛の基礎能力が高い証だ。
『もらい物? それは……蒼光鋼石の武器かな?』
『新人が持つには破格の武器だけど、真っ二つにするほどの威力あったかな?』
『っていうか、素がでてんぞw』
「はっ!? ――って、わざとだし。すっかり騙されてるじゃない、おっかしーの。これだからダメダメな先輩は、チョロすぎじゃないですか?」
『はいはい、そういうことにしておいてやるよ』
『結愛ちゃん、お姉さんをもっと罵って!』
『もしかしてその剣、むちゃくちゃ高価だったりしない?』
「え、そんなことないと思うよ? っていうか、私の腕を褒めなさいよ。あ、そっか、ざこざこの先輩達には結愛の強さが分からないんですね?」
結愛、正解。
って私は思ったけど、リスナーは『はいはい、そうですねー』みたいな反応だ。
見る人が見れば、結愛の動きのおかしさに気付けたかも知れない。けど、新人にしてはおかしいと言うだけで、全体的な探索者としてはたいしたことないレベルだ。
いまの結愛の特異性に気付くリスナーはいなかったみたいだ。というか、強烈なキャラ付けが目立ちすぎて、ほかの違和感を消している気がする。
ひとまずはセーフ。
ということで、結愛はボア狩りを再開する。最初は慎重に、徐々に手際よくボアを倒し始める。結愛は探索者としての才能がありそうだ。
ただ、そうなってくると、リスナーも飽き始める。
『余裕そうだし、二層とかに行ってみてもいいんじゃない?』
近くのボアを倒し終えたとき、そんなコメントがいくつか流れた。
「ちょっと先輩? 私は今日デビューしたばかりの初心者なのよ? それなのに、二層に行ってみたらなんて、私が危ない目に遭うところを見たい訳?」
『いやいや、そういう訳じゃないけど、その実力なら大丈夫そうかなって』
『ってか、さっきから言ってる先輩って俺達のことかw』
『ちなみに、見たいって言ったら?』
「ばーかばーか、そんなセンシティブなシーンを見せる訳ないでしょ? 私は先輩達と違って慎重なの。まずはしっかり一層で訓練して、二層に行くのはそれからよ」
『煽ってるのか、慎重なのかはっきりしろw』
『慎重なメスガキは草なのよw』
「先輩がなにを期待してるか知らないけど、私が見せるのは安心安全な探索だけよ。失敗なんて絶対しないから、ほのぼの配信を楽しみなさいよね」
『そう言ってちょっと期待させるのうめぇw』
『盛大なフラグかな?w』
『推しロスは嫌だから、安全なのは助かるー』
リスナーが調教されていく。
いやまぁ、配信スタイルは人それぞれだ。本当の自分と違うキャラを演じるのも間違ってはいない。結愛がそれでいいならいいんだけどさ。
なんて考えているうちに時間は過ぎていった。
「という訳で、今日の配信はここまでよ。また今度配信してあげるから、可愛い結愛ちゃんの配信を見に来なさいよね!」
結愛は目元でピースをしながら挨拶して、配信用のデバイスを取り外した。それを横目に、嵐華さんが視聴を終えてスマフォをポケットにしまう。
直後、結愛はぺたんと座り込んだ。




