エピソード 3ー4 白いもふもふは自重しない
「それじゃ、武器は完成次第届けさせるわね」
「よろしくお願いします!」
「ええ、お詫びという意味でも、しっかりとしたものを作るから楽しみにしてて。それと、私の名刺を渡しておくわ。なにかあれば連絡をちょうだい」
というやり取りを経て話は終了する。
そして紗雪が席を立ったところで、瑛璃さんがそうだと口を開いた。
「紗雪、これからもユリアの主でいたいのなら、もう少しレベルを上げておきなさい」
「……レベル、ですか?」
ここでいうレベルというのは比喩的な意味だ。
まえにも言ったけれど、魔物を倒すことで身体能力が上昇するという現象はあるけれど、明確なレベルや経験値のようなものが可視化されている訳ではない。
なので、紗雪が首を傾げたのは、なぜそのような話を? というニュアンスである。
「世界規模で見れば、日本の探索者のレベルはずば抜けて高い訳じゃないわ。だけど、それでもシオンはS級だった。そのS級を圧倒する従魔、世界中の人が注目しているはずよ」
「それは、誰かがユリアを奪いに来る、ということですか……?」
紗雪が不安そうな顔をする。
「ユリアは貴女に従っているから、強攻策に取る可能性は低いと思う。ただ、なんらかの圧力を掛けてくる者がいないとも限らないから、いまのうちに強くなりなさいって忠告よ」
「分かりました。がんばってレベルを上げます」
紗雪は素直に頷いた――けれど、瑛璃さんは静かに首を横に振る。
「その様子じゃ分かってないわね。もっとユリアに手伝わせろと言っているのよ」
「……え? それは、でも養殖になるんじゃ……?」
「紗雪、養殖自体は悪じゃないわ。そうして身体能力が上がったことに満足してしまうのがダメなの。効率よくレベルを上げた後、その力を使いこなす努力をするのが一番よ」
瑛璃さんの言うとおりだ。これがゲームとかなら、苦労しながらレベルを上げた方が楽しかったりもするのだけれど、ここはゲームの中じゃない。
同じ時間を掛けるのなら、効率よく学んだ方がいいに決まっている。
「……分かりました」
紗雪はしっかりと頷いて、それから私を見下ろした。
「もしかしたら、ユリアもそこまで考えていてくれたのかな? ごめんね、気付かなくて。これからはもっとがんばるから、もう一度私に協力してくれる?」
「わん!(任せておきなさい!)」
こうして、私達は星霜ギルドのビルをあとにした。それから瑛璃さんの用意してくれた車に乗り、結愛の待つ家へと帰宅する。
「ただいま――」
「お姉ちゃん!」
「――わわっ!?」
玄関を開けた瞬間、結愛が紗雪に飛びついた。紗雪の胸に抱っこされていた私は例によって二人のあいだに挟まれる。
「お姉ちゃん大丈夫? どこも怪我してない?」
「電話で大丈夫だって連絡したでしょ? 結愛は心配性だなぁ」
紗雪はそう言って笑うけれど、結愛は紗雪にひしっとしがみついている。よほど心配していたのだろう。二人の間に挟まれる私には、結愛が震えているのが分かった。
「心配掛けてごめんね。本当にもう大丈夫だから」
「……ほんとのほんと?」
「ほんとのほんとだよ」
美しい姉妹愛だ。こう言うの、てぇてぇって言うんだよね? ……って、あれ? もしかしていまの私、てぇてぇの間に挟まってる?
あ、なんか悪いことをしてる気がしてきた。とりあえず、邪魔をしないようにぬいぐるのように大人しくしてよう。
ということで、二人に押しつぶされながら耐え忍ぶことしばし。
ようやく落ち着きを取り戻した結愛がその身を離した。
「結愛、落ち着いた?」
「……うん。落ち着いた」
「そっか。じゃあ、あらためて……ただいま、結愛」
「うん、おかえり。それとユリアもおかえり。お姉ちゃんを護ってくれてありがとうね」
「わん」
――ということで、日常が戻ってきた。
むろん、全部が全部元通りという訳じゃないし、むしろいくつかのことはこれから騒ぎになったりするかも知れないけれど、とにかく私と紗雪はダンジョンにいる。
「とうちゃーく。それじゃ、ユリア、レベル上げを手伝ってもらってもいい?」
「わん!」
私が応じると、紗雪は端末を取り出して配信を開始した。
「真っ白な世界に彩りを! ダンジョン配信系実況者の紗雪だよ!」
紗雪が配信を開始した。
私には配信のチャット欄とかが見えないけれど、たぶん既に多くの人が集まっているのだろう。紗雪は虚空を見ながら挨拶を始める。
「さて、色々と気になることはあると思うけど、まずはなにをするかを説明するね。今日は私のレベル上げ。その合間に先日の事件の報告なんかをやっていくよ~」
紗雪がトークを始める。
内容は主に先日の顛末と、それによって決まったお詫びの内容。「武器を作ってもらえることになって、ラッキーだったかも?」みたいな発言をしている。
その横で、私は襲い掛かってきた魔物をグレイプニルの鎖で拘束していく。
「わんっ!」
「ユリア、ありがとう~」
紗雪は笑顔で感謝を口にしつつ、剣で魔物にトドメを刺していく。
紗雪が雑談をして、私がグレイプニルの鎖で魔物を拘束。紗雪が剣でトドメを刺す。そんなサイクルを続けていると、紗雪が苦笑した。
「やっぱり、罪悪感だけは消えないね」
「わん!(そんな甘いこと言わない!)」
「はぁい」
私の言葉が伝わっているのかいないのか、紗雪はトドメを刺す作業を再開する。その傍ら、ふと虚空に視線を向けて「あぁ、これ?」と呟いた。
「瑛璃さんに言われたんだ。楽にレベルを上げる方法があるならそれを使ってレベルを上げて、その力を使う訓練に時間を割いた方がいいって」
たぶん、養殖の話になったのだろう。
「うん、ありがとう。ユリアに頼り切りにならないようにがんばるよ。みんなも、私が慢心していると思ったら遠慮なく教えてね!」
そう言って笑みを浮かべた。そんな紗雪を横目に、私は襲い掛かってきた魔物を片っ端からグレイプニルの鎖で拘束する。そして、再びトドメを刺す作業を再開する紗雪。
いま、リスナーはどんな反応をしてるんだろうって、私は少しだけ気になった。
◆◆◆
「瑛璃さんに言われたんだ。楽にレベルを上げる方法があるならそれを使ってレベルを上げて、その力を使う訓練に時間を割いた方がいいって」
『なるほど。まあ……従魔を使うのは普通だもんな』
『いいんじゃないか? 紗雪が慢心さえしなければ』
「うん、ありがとう。ユリアに頼り切りにならないようにがんばるよ。みんなも、私が慢心していると思ったら遠慮なく教えてね!」
そう言いながら、紗雪は拘束された魔物にトドメを刺していく。
『拘束された魔物が死んだ魚みたいな目になってるの草w』
『そして、それをためらいなく倒す紗雪も草w』
『完全に染まってやがるw』
『つい最近まで、俺らと一緒にドン引きする側だったのにw』
流れ作業でレベルを上げる紗雪をまえに、リスナー達が完全に呆れている。
「いや、私も、無抵抗な魔物を倒すのには心が痛むよ?」
そう言いながら、グレイプニルの鎖で拘束されたガルム種にトドメを刺していく。そこに戦いはなく、あるのは一方的なレベリングだけである。
『嘘吐けw』
『完全に作業じゃねぇかw』
『一方的に倒される魔物が可哀想って思わないのかよw』
『このあいだまで罪悪感がーとか言ってただろw』
「いや、あれから考えたんだけどさ?」
紗雪のコメントに、『ほう、なにを?』といったコメントが並ぶ。それを横目に、紗雪は拘束されている魔物の一体を容赦なく斬り伏せた。
「人を襲う魔物に慈悲なんていらないよね?」
『それはそうw』
『このあいだと言ってること違って草w』
なんて雑談をしながら進んでいると、あっという間に中層のフロアボスへとやってきた。
そして――
「わぉんっ!」
やっぱり拘束されるフロアボス。
「えいっ!」
可愛らしい紗雪の掛け声で、フロアボスの断末魔が上がった。
『やべぇ、マジで作業過ぎるw』
『俺達は一体なにを見せられているんだ?』
「だから雑談配信だって言ってるじゃない」
『危険な中層ソロで雑談配信なんてある訳ないだろ、いいかげんにしろw』
「中層と言えば、ソロで周回できるようになったら熟練探索者の仲間入りだって言うよね。もしかして、私も熟練探索者になれたのかな?」
『全国の熟練探索者に謝れw』
『早速慢心してるの草w』
「あはは、ごめんごめん。分かってる、ユリアのおかげだから調子には乗らないよ」
紗雪はそう言ってドロップ品を回収していく。
『しかし、あっという間に中層を踏破したな』
『これ、毎日続けるんだろ? すごい勢いでレベルが上がりそうだなw』
『アルケイン・アミュレットの強化もヤバそう』
『下層を探索するJK探索者が久しぶりに誕生しちゃう?』
『ありそうw』
リスナーが茶化すが、それも無理はない。
つい最近までの紗雪は、ようやく中層に入れるようになったレベルだった。そしてその状態でさえ、探索者としては成功者に分類されていた。
クラスに一人くらいの才女が、一年に一人くらいのエリートに成り上がった瞬間だ。
そして――
「という訳で、素材も持ちきれなくなってきたし、今日はこれくらいかな?」
紗雪が引き上げようと締めに入る。
けれど、そこにユリアが飛び出してきて、地面をたしたしと叩き始めた。
「ん? ユリアどうしたの?」
『ここを掘れとか言ってる?』
『いや、ダンジョンの地面は掘れないだろ?』
『じゃあ……下?』
『あ、察しw』
リスナーの察しコメントに、けれど紗雪は小首を斜めに。
「みんな、下がどうしたの?」
『いや、だから、なあ?』
『うん、たぶん、みんな同じこと考えてる』
『その白いもふもふ、下層に行くぞって言ってるんじゃないか?』
「え? 下層!? いやいやいや、なに言ってるの!? 私、最近中層に入れるようになったばかりだよ!? って言うか、下層って、A級とかでようやくのレベルじゃない!」
『紗雪は無理でも、なぁ……?』
『白いもふもふは余裕だと思われる』
『S級を瞬殺だったからな……』
「えぇ……? ユリア、冗談だよね? さすがに下層なんて行かないよね?」
困惑気味に問い掛ける。
紗雪に向かって、ユリアは早く行くわよとばかりに地面を叩いた。




