エピソード 2ー3 白いもふもふの追加報酬
「……なんか私、おんぶに抱っこ過ぎない……?」
ダンジョンで配信中の紗雪がぽつりと呟く。
だがそれも無理からぬことだ。これからモンスターハウスで激しい戦闘がと思っていたら、魔物が発生した瞬間にユリアが拘束魔術で魔物を束縛してしまった――ばかりか、トドメを刺してと言いたげに紗雪の方を見ているのだから。
『瞬殺だったなw』
『たしかに紗雪は空気だったが、ラストアタックはおいしいんじゃないか?w』
『まあ、おんぶに抱っこはその通りかもだけどw』
リスナーからも苦笑される始末である。
というか、ポップするなりグレイプニルの鎖に拘束され、身動き一つ出来なくなった魔物の、理不尽に遭遇したような表情が哀れみを誘っている。
「……私、なんか魔物が可哀想に思えてきたんだけど」
「わんっ!」
甘いことを言うなと怒られた気がした。
紗雪はごめんねと、ユリアに謝ったのか、それとも魔物に謝ったのか、拘束されている魔物に剣でトドメを刺していく。ほどなくすると、倒された魔物が光の粒子となって消え失せ、その場にはドロップ品だけが残った。
「や、やったー、モンスターハウスの魔物を殲滅できたよ。う、嬉しいなー」
『棒過ぎてくさw』
『まったく成し遂げた感が伝わってこない件w』
「し、仕方ないじゃない! 私、トドメしか刺してないし! って言うか、虚ろな目の魔物にトドメを刺すだけとか、達成感どころか罪悪感しかないよ!」
『くさw』
『それはつらいw』
『でも、ラスアタおいしいんでしょ?w』
「うん、かなり美味しい。もちろんドロップも美味しい」
紗雪はそう言って、魔物が消滅した後に残ったドロップ品を回収していく。
『素直かw』
『まあ、探索者にとって、経験値や収入の有無は死活問題だからな~』
『うらやまーっ』
みんなが思い思いのコメントを流す。
余談だけど、経験値というのは便宜上の存在だ。レベル1、2というふうに数値化されている訳ではないのだけれど、一定の行動をすると徐々に各種能力が上がっていく。
その能力が上がる行動を取ることを、一般的に経験値を得ると言っているのだ。
「それじゃ、宝箱の中身を確認するよ!」
紗雪はそう言って、台座の上に置かれた宝箱のまえに立った。それからカメラを操作し、自分を正面から映しながら宝箱の中を確認する。
「じゃあ一つ目……じゃじゃん! ……お、アルケイン・アミュレットの強化アイテムだね。それも、オプションが攻撃力増加みたい」
『お、マジか。アタリの部類だね』
『っていうか、中ボスやフロアボス以外からそれが出るのは珍しいな』
『おめでとーっ』
アルケイン・アミュレットというのは新世代の防具だ。身に着けることで周囲にシールドを張り、その耐久値がなくなるまでダメージを受けなくなる。
加えて、素材をアルケイン・アミュレットにセットすると、それに付随したオプション、攻撃力や魔力、シールド値なんかが上昇する効果が発動。さらには、それらを強化することで、上昇値を上げることが出来る。
最近のゲームに出てくるような強化システムだ。
強化をすれば永続的に強くなるのだけれど、魔力の波長を使用者に合わせてあるため、他人のアルケインアミュレットを使用することは出来ない。
また、強化素材についても、基本的には自力で入手する必要がある。入手手段も限られているので、トップクラスの探索者でも限界まで強化している人間はほとんどいない。
それが宝箱から出てきたのはアタリと言えるだろう。
「これはアルケイン・アミュレットに装着しちゃお。それから、次! ……ええっと、2ランクのキュアポーションだ!」
紗雪の表情は明るい。
毒を消すキュアポーションは高く売れるのだ。
現代において、様々なポーションは探索者より一般人に需要があるから。
『強化アイテムとポーションか、そこそこアタリだね』
『モンスターハウスの報酬としては微妙なところだけど……トドメを刺しただけだしなw』
配信的には微妙だけど、どちらかと言えばアタリだろう。紗雪がそんな風に考えていると、横から「わんっ!」とユリアが宝箱の中に飛び込んだ。
それから、宝箱の縁に手を掛けて、ちょこんと顔を覗かせる。
「か、可愛い……っ」
『これはスクショタイム』
『まさか、狙ってやってる?』
『白いもふもふ、恐るべしだなw』
その破壊力に紗雪やリスナーが悶えていると、ユリアは「わんわん」と、宝箱の中に身を隠した。それを微笑ましく思いながら宝箱の中を覗き込んだ紗雪は目を見張った。
「……え?」
『なになに、どうした?』
『白いもふもふがさらに可愛いことに?』
『猫鍋ならぬ、ワンコミミック?』
『それは即死級の罠。開けたらキュン死確定だろw』
『見たい! 見せてーっ』
そんなコメントがたくさん流れるけれど、紗雪は首を横に振った。
「そうじゃなくて、これ……」
おっかなびっくり、カメラを操作して宝箱の中を映す。
そこには、宝箱の底をたしたしと叩くユリアの姿。
『白いもふもふ、なにやってるんだ?』
『ここほれワンワンみたいなことしてるけど、宝箱の底は掘れないぞ』
『いやまて、その底にあるのって……』
徐々に事態に気付いたリスナーがざわつき始める。
そんな中、紗雪はおっかなびっくり、宝箱の底にある隙間に指先を差し入れた。そうして取り上げたのは金属の延べ棒だった。
「これ、煌焔結晶のインゴットだ……っ」
『煌焔結晶!? 底に敷き詰められているのが全部!?』
『マジか、大当たりじゃねぇか!』
『すっご! おめでとうっ!』
「あ、ありがとう!」
煌焔結晶は中層で手に入る鉱石の中では最高位のものだ。もちろん、もっと深く潜ればさらに上位の鉱石が手に入るけれど、それを手に入れられるのはA級以上。
それゆえ、煌焔結晶の武器を所持することが、一人前探索者の証だと言われている。
しかも、普通は鉱石を集め、それを製錬してインゴットにするのが普通。始めからインゴットが手に入ることもあるけれど、それは非常に珍しい。
ましてや、宝箱から複数のインゴットが――なんて、前代未聞レベルだ。
「……え、待って。隙間にネックレスまで入ってたんだけど!?」
紗雪はそれをカメラに写して驚きの声を上げる。
『能力アップの装備かな?』
『やべぇ、マジで大当たりじゃねぇか』
『おめでとう!』
「……あ、ありがとう。というか、ユリアが教えてくれなかったら見逃してたよ。最初に見たとき、インゴットが敷かれてるなんて気付かなかったもん! ユリアもありがとね!」
無邪気に喜ぶ紗雪に対して、ユリアが「わんっ!」と答える。
『白いもふもふえらい!』
『これは幸運の白いもふもふ』
『って言うか、中層の宝箱に煌焔結晶のインゴットや能力アップのネックレスが入ってるとかある? 実は紗雪ちゃんが異空間収納から出したとかじゃないの?』
『紗雪が煌焔結晶をこんなに持ってる訳ないだろw』
「あ、うん。私が事前に用意したとかじゃないよ」
『そもそも、異空間収納なんてレアな能力、紗雪が持ってるはずないだろ。いままで、荷物を運ぶのにどれだけ苦労してると思ってるんだ』
「うん、そうだね。でも、これはそんなふうに思っちゃうのも無理はないよ。だって、自分でもこの幸運が信じられないもん」
紗雪は疑惑を否定しつつ、疑った人間へのフォローも忘れない。余計な軋轢を生まないバランス感覚はさすが人気の配信者と言ったところである。
その甲斐もあって、紗雪が仕込んだ説はすぐに消え失せた。
まあ、ある意味、疑ったリスナーはいい線を突いていたのだけど。。
「これだけのインゴットがあったら、武器を作ってもらえるね。あ、でも、煌焔結晶の加工費って結構するよね。どれくらいだっけ?」
『一ランク下のインゴットを使った場合の数倍はするかな。けど、煌焔結晶自体も高いから、費用をインゴットで払えば大丈夫と思われる』
「あ、そっか、その手があったか」
『まるでそれを前提に、インゴットを多めに宝箱に入れたみたいだなw』
『誰が入れたって言うんだよw』
『ダンジョンマスターみたいな?』
『いるとは言われてるけど、どうなんだろうな……』
『ダンジョンマスターが紗雪のリスナー説!』
『わろたw』
コメントが盛り上がる。
でも、紗雪はさすがに苦笑した。
「うぅん、ダンジョンマスターがリスナーならすごいことだと思うけど、それなら先日のイレギュラーは狙い撃ちされたことになるから、ちょっと困るかな……?」
『あ~、たしかにw』
「という訳で、モンスターハウスをクリアしたけど、まだ少し早いからどうしよう? ユリアが思った以上に頼りになるし、このままボス部屋にでも行ってみる?」
そんな雑談を交わしながら、インゴットを鞄に詰めていった。




