誘い込み一本釣り作戦
さっそく花やしきダンジョン管理所に遠慮なく突入する。
何かしらのイベントがなければ、この第一階層しかないダンジョンに人はあまりいない。ハンターとしての能力確認などがやりたければ、普通のダンジョンでいいし、お試しの的にできるモンスターだってここにはいないのだから当然だと思う。
このダンジョンに来たところでモンスターはいないのだから、一銭の稼ぎにもならない。私たちハンターは遊びではなく、仕事としてお金を稼ぐためにハンターをやっているのだからね。
というわけで、ここにいるのは私のように下見や観光ついでに訪れた人くらいだろう。
ただ、イベントでよく使われるために建物としてはそこそこ立派なものになっているし、施設を維持するための職員は常駐しているらしい。だから無人ということはなく、むしろ普通のダンジョンであるはずの東中野ダンジョンより、よっぽど人は多いし施設としても上等だ。
自動ドアを抜けて閑散とした管理所内に入れば、ほかと同じように受付カウンターがすぐ目に入る。
「おいすー」
軽い調子で呼びかけながら、カウンターに近づく。
受付には夕歌さんと同じ年代の若い女性職員がひとりいるだけ。奥の部屋にはまだ人がいそうだけど、受付は暇そうだ。平和だね。
「あら、有名人。いらっしゃい」
「私のこと、知ってんの?」
「ここ最近ずっと話題になってますからね。パンチングマシンのこと、元アイドルの九条まどかさんと組んだこと、神楽坂ダンジョンに入り浸っているのにダンジョン内での目撃情報がほとんどないこと、などなど。いろいろと永倉さんの話は聞きますよ。今日はどんな御用ですか?」
噂なんて迷惑千万だよ、ホントに。お陰で変な奴に付け回されるんだから。
「ちょっとした観光って感じ。あとついでにトレーニング!」
「トレーニングですか? ここにはモンスターが出ませんし、トレーニング器具もありませんが……」
「気合だよ、気合!」
「あー、そ、そうですか? わかりました。今日は人がいないので、気兼ねなく使ってください」
それは好都合。遠慮なく使わせてもらうよ。
「身分証の登録はいる?」
「不要ですよ。ダンジョンへの出入りはご自由にどうぞ」
「ありがとー」
更衣室には寄らず案内板にしたがって奥に進み、地面にぽっかりと開いた穴に入る。スキル『ソロダンジョン』は発動しない。
階段を下った先は、話に聞いたとおりの場所だった。
洞窟型のダンジョンではあるけど、天井は高くだだっ広い。階段の付近には暗色の布をかけられた大荷物がたくさん置いてあるのが、特徴らしい特徴かな。
階段のあるここは端っこで、横手や逆側の壁は見えるけど遥か遠い。どれくらいの広さがあるのだろうね。
例によって謎の光源によって暗くはないけど、どこか不気味な感じはする。
「たしかに、これだけ広けりゃイベントには十分使えそう」
このダンジョンには、深夜に1体だけ強いモンスターが出ると聞く。それと戦ってみたいと言ったら、やらせてもらえるのかな。ちょっと気になる。
硬い岩肌の地面を歩けば、コツコツと音が鳴り響く。ひとりぼっちの空間がより際立つかのよう。
そんな風に歩き回っていたら、階段を下る足音が聞こえてきた。そいつは長い階段を下り終えると、私に向かって無遠慮に近づく。気色の悪い奴だね。
「やあ、今日はひとりかい?」
「誰?」
私とお前は友だちなのかね? 気やすく話しかけないでほしいよね、まったく。
「ひどいなー。何回か声かけたことあるでしょ? 名刺も渡したことあるし、覚えてない?」
残念ながら覚えている。派手な髪型と派手なシャツに派手なスーツ、そして人をなめ腐ったような態度。すぐにでも忘れたいけど、何度も声をかけられたことがあるから印象に残ってしまう。
「誰でもいいけど、なんの用? 忙しいんだけど」
「あれー? 忙しいようには見えないけどなー。まあいいや、スカウトなんだけどさ。いい加減、受ける気になった? 葵ちゃんとまどかちゃんなら、絶対に稼げるからさ」
どこかの芸能事務所のスカウトだというのは覚えている。そしてマドカが絶対に関わるなと言っていたのも覚えている。
当然、私だって関わりたくないのに、こうして絡まれてしまうのだから仕方がない。でも今日、これっきりだよ。そうするつもりで、今日は誘い込んだ。しつこい奴め。
「世話になる必要もつもりもないって、前に言ったよね。覚えてないの?」
「そうだっけ? まあせっかくふたりっきりなんだし、ゆっくり話しようよ」
「私、忙しいって言ったよね」
「そんなこと言わずにさー」
あー! うっとうしいわ。
「じゃあ、ちょっと頼まれてよ」
「お、頼みごと? いいよいいよ、なに?」
「今日の用事はトレーニングなんだけどさ、あんた付き合ってよ。ちょっとだけ激しい感じでやるけど、受けるなら話くらい聞くからさ。ま、話だけね」
なぜだか、めっちゃ気色の悪い笑顔を浮かべちゃってるよ、こいつ。
自覚あるのかな? わざとやってる?
私のほうはぶちのめす気満々なんだけど。
「強気だね、だったら勝負しない? 模擬戦やって、俺が勝ったら話を聞くだけじゃなくて、話を受けるってのはどう? まあ安心してよ、悪いようにはしないからさ」
おー、まさかそんな提案をしてくれるとは。
これでも私は人型モンスターの骸骨くんを相手に、死ぬほどたくさんの戦闘経験を積んでいる。こんな奴に負ける気はまったくしないね。上等だよ。
「じゃあ、私が勝ったら二度と話しかけないで……てゆーか、二度と近づかないでくれる? それならいいよ」
「いいのかい? これでも俺、若い頃はずっとハンターやってて、レベル28までいってんだよね。葵ちゃんて、レベル18でしょ? その若さでそのレベルは正直、凄いし大したものだよ。パンチングマシンの結果もお見事と言うしかない。でも、レベルの差ってそんなもんで覆せるほど、甘くないんだわ。あとから卑怯とか言われたくないからさ、俺って正直でしょ?」
ごちゃごちゃとうるさい奴だよ、ホントに。
結構レベルは高いみたいだけど、全然強そうには見えないし、たぶん弱いわ。
普通にいつもの骸骨くんより……うーん、いいとこ同じくらいかな。こいつ。うん、間違いないね。
「あっそう。元でもレベル28のハンターなら、ポーションくらい持ってるよね? 私ったら、そのくらい激しいトレーニングを希望してるんだけど、別にいいよね?」
「元気だねー。いいよいいよ、俺のほうは優しくしてあげるから安心して。というか、さすがに装備は持ってないから格闘戦でいいよね。葵ちゃんも私服なんだしさ。なんなら葵ちゃんは武器使ってもいいよ。レベルの差を考慮して、ハンデあげるよ」
それはこっちのセリフなんだけど。というか名前で呼ぶなよ、慣れ慣れしいなー。
「じゃあ私は警棒使うから。あとで文句言わないでよね」
「もちろん。いつでもどうぞ……へへ、俺ってラッキー」
素手でも私は強いと思うけど、こいつに触るのが嫌だわ。
持っててよかった、警棒くん。次元ポーチから取り出し、ずっしりした鉄のそれを握りしめた。
こいつでボッコボコに殴り倒してやる!




