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ぼっち・ダンジョン  作者: 内藤ゲオルグ


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【Others Side】飛び込んできた気になる情報

【Others Side】


 クラン『絶望の花園オルタナティブ』は、所属メンバーが別々に情報収集に動いていた。

 ハンター業界の裏でうごめく、様々な情報を少しでも多く集めるべくしての行動だった。


「なあ、大蔵ちゃん。昔のよしみだ、頼まれてくれよ。ああいう所はよ、なかなか引き受けてくれる奴がいなくてな。俺らも困ってんだ。わかるだろ?」


 寂びれた地下のバーで、大蔵銀子は一人の刑事と会っていた。

 中年の馴れ馴れしい男だ。くたびれた印象の奥に切れ者としての鋭さを滲ませる、そんな刑事が銀子に依頼を持ち掛けていた。


「菅原さん。私はもう以前のように、気軽に仕事を引き受けられる立場ではありません。謝礼は払うので、情報だけもらえませんか」

「冷たいこと言うなよ。ハンターなら六課の刑事と仲良くしといて損はねえだろ?」


 警察の刑事部捜査第六課は、主にハンターやダンジョン関連の犯罪取り締まりを担当している。

 銀子は借金取り立ての仕事をしていた時に、何人かの警察官と知り合った縁があった。今回はその縁で連絡を受け、こうして会っていた。


「しかし現場は刑務所でしたか。警察の所管ではないのでは? たしか、刑務所は法務省の管轄だったと記憶しています」

「詳しいねえ、だがそんな細かいことはどうでもいいだろ。実はあそこの刑務所長にちょっとした借りがあってよ、それを返さなきゃなんねえわけだ。俺にもいろいろあんだよ」

「菅原さんの事情は知りませんが、刑務所は誰でも入れる場所ではないでしょう。わざわざ部外者を使う理由は?」

「疑り深いねえ。まあ、そういう慎重で口の堅い大蔵ちゃんだからこそ、頼める仕事でもあるわけだ。細かいことは省くが説明するぜ?」


 ひとまず話を聞く姿勢を見せた銀子に、菅原は酒で口を湿らしてから続ける。


「知ってのとおり、ハンター向けのムショにはよ、通称『懲役ダンジョン』ってもんがある。刑務作業の一環として、ダンジョンに潜れるわけだ。受刑者にとっちゃ色々特典もあるんだがよ、知ってるよな? 懲役ダンジョン」

「知っています。そのダンジョンで何か?」


 銀子は雑談になりそうな流れを修正し、話の先をうながした。


「ああ、そうだ。品川の懲役ダンジョンでよ、イレギュラーモンスターが出ちまったんだと。受刑者用の装備じゃ太刀打ちできねえらしくてな、かといって刑務官を危険な目に遭わせるわけにもいかねえ。本来業務じゃねえし、何かあれば揉み消すことが増えるばっかりだ。それで困ってんだよ」

「イレギュラーですか……そのような時に備えて、どこかのクランと契約を結んでいるはずでは?」


 眉根を寄せた銀子の指摘に、菅原はこれ見よがしに肩をすくめた。


「おいおい。そんな常識を俺に説くんじゃねえよ。当たり前のことを当たり前にやってりゃ、苦労はねえってことだ。まあイレギュラーモンスターなんて、数年のスパンで考えてもそう出るもんじゃねえ。油断しちまったんだろうな。急ぎで悪いんだけどよ、ちょちょっとやってくんねえか?」


 割り当てられた必要な予算を適切に使用していない、そのツケが銀子に回されようとしていた。


「さっきも言いましたが私のクランは別行動中で、いま動けるのは菅原さんも知っている4人だけ。わずか4人でイレギュラーと戦うのは常識的に考えて無理です」

「俺だって無理なことは言わねえよ。そのモンスターが出たってのは上層って話だ。大蔵ちゃんたちはレベル24だろ? 前よりずっと強くなったって評判だしよ、実力派で注目のクランなんだろ? やれないとは言わせねえぜ。それに現場は女子刑務所でよ、ほかに適任がいねえんだ」


 菅原刑事も問題を解決できないだろう相手に仕事を頼むことはない。また、口の堅い人間でなければこの取引は成り立たない。彼なりの勝算や考えがあって、適切な相手に声をかけていると銀子にも想像はできた。

 しかし、銀子は菅原が甘い相手ではないことを承知している。より慎重に相手の思惑を推測しながら、話を聞く必要があると考えた。


「適任がいないことはないでしょう。以前まで契約していたクランがあるはずです」

「ケチな刑務所長でなあ、そもそもが金で揉めて契約が切れちまったって話だ。いまさら引き受けてくれるわけがねえし、金もねえってわけだ」


 呆れた事情だったが、銀子は会話を続けながらも考えを巡らせていた。


「……引き受けるかどうかは別として、安い情報が対価では話になりません。そこはどうなんですか」


 安心しろとばかりに菅原は笑顔を浮かべたが、銀子の目には胡散臭いものとしか映っていない。


「首尾よく運べば、それなりの話はしてやれると思うぜ。知ってるかもしれねえが、ダンジョン関係の利権でな、面倒なことを企んでる連中がいるんだよ。大蔵ちゃんのクランは絶望の花園だっけか? そっちに関する話も少しは耳に入ってんだ。ただ、どれも証拠のある話じゃねえがな」

「花園に関する情報が? 本当ですか?」

「待ってくれよ、大蔵ちゃん。俺が嘘ついたことあるか? ついでに品川の刑務所長だがよ、今回は下手打ちやがったが、あれはなかなかのやり手だ。階級も俺なんかよりずっと上だし、いろんな情報持ってるぜ? 恩を売っといて損はねえ。大蔵ちゃんのことは、俺からもちゃんと話しといてやっから」


 求めていた情報が目の前にぶら下げられた格好だった。銀子としてはすぐにでも食いつきたかったが、それをしては安く見られる。例えそれが相手に透けて見ていたとしても、格好さえつけられない人間は安く見られて当然だ。


 そして恩を売るならなるべく高く売りつけたいと思うのは、銀子も菅原も同じだった。その売りつける先は品川の刑務所長というところも一致している。

 それでもほしいものが向こうからやってきた状況を、冷静に見つめ直す必要があると銀子は考えていた。


「とにかく、いまの私には立場があります。クラン内で相談してから返答します。急ぎと言われても、1日くらいは待てますよね」

「わかった。こっちも急いでるからよ、明日にはいい返事聞かせてくれ。しかしよお、世の中持ちつ持たれつだぜ? これからも仲良くやっていこうじゃねえの。なあ、大蔵ちゃん」


 テーブルに置いたままの銀子のグラスに、菅原は勝手にグラスを合わせてから一気に中身を飲み干した。


「おっと、呼び出しだ。悪い、ここの勘定頼んだ。なるべく早く返事くれな」


 わざとらしくスマートフォンを見ながら、菅原刑事は立ち去った。銀子は黙って見送ると、テーブルの端に置いた自分のスマートフォンを手に取り、画面を確認してからポケットにしまった。そこで初めてグラスに口をつけた。



 銀子は少し時間をずらしてから店を出ると、タクシーを拾って帰路についた。

 タクシーの中ではクラン内のグループメッセージに、品川刑務所の件を包み隠さず書き返事を待つ。するとメッセージの返信ではなく、電話がかかってきた。


「もしもし、まどか? 実家のほうはどうだ」

「いきなりアオイが訪ねて来て、もう驚いたわよ。こっちもいろいろ話すことはあるんだけど、それは戻ってからにするわね。それより品川の件、読んだけど見逃せそうにないわね。うちについての情報があるって」

「そうらしい。返事は保留にしているが、どうにもな……」

「相手の刑事になにかあるの?」


 歯切れの悪い銀子の態度をまどか気にかけた。


「我々にとって都合がいいタイミングで、向こうから情報が転がり込もうとしている。あの刑事とは知り合いではあるが、信頼できるほどの相手ではない。こうした状況を考えるとな。素直に受けるべきかどうか」

「罠を疑ってるのね? だとしたらイレギュラー戦でもあるし、なおさら危険は避けるべきよ。刑務所なんて閉鎖的な場所で、それも秘密の行動を要求されているのよね?」

「だがこの機会を逃すのも惜しい。あの刑事が情報通であることは事実だ。奴の話ぶりから、完全な嘘とも思えない」

「そういうことね。もし受けるなら、あたしたちも戻るわよ」


 まどかの言葉に銀子は一瞬だけ考えを巡らし首を振った。


「いや、それには及ばない。そっちはそっちでやることがあるのだろう? こっちに残った4人でなんとかしてみるつもりだ。刑務所に葵を連れて行くのは少し不安があるしな」

「……それはそうね」


 電話越しでも互いに苦笑したのが、二人にはわかった。


「それにイレギュラーが相手とはいえ、場所は上層だ。油断するわけではないが、いつものウルトラハードではないし、レベル差がある状況だから問題ないとは考えている。それに、まどかとつばきのスキルなしでやってみるのも、楽ができないという意味でたまにはいい。葵とつばきは何か言っているのか?」

「あのふたりはお風呂に入ってるから、まだギンコのメッセージは見てないわ。そっちの判断に任せるって言うと思うけどね」

「そうか。では、雪乃さんと残りのメンバーとで相談し、最終的な対応を決める」


 銀子は移動中にまどかとの会話を続け、双方の状況を共有した。

 そうして練馬のクランハウスに戻り、今度は顔を合わせて仲間と相談を始めた。

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