逃げたら不幸が倍増!
ねっとり笑顔の野郎とケンカだと思ったら。
いかつい用心棒っぽい野郎どもが、いきなり私を取り囲んだ。
普通のケンカならともかく、いたいけな私を野郎どもが集団で襲うとかさ。ちょっと情けないとは思わんのかね。
まあ私のほうが絶対強いし、なんならもっと人を呼んだほうがいい勝負になると思うけど。
でもやっぱ情けないよ。ねっとり笑ってる場合じゃないんだよ。
用心棒も誰か言ってやれよ。坊ちゃん、こいつはカッコ悪くないですかねってさあ。
あ、そうだよ。じゃあ仕方ない。私が言ってやるかね。
お坊ちゃんはきっと誰もそういうことを言ってくれないんだね。悲しいね。
よっしゃ、任せろ。この私がズバッと指摘やる。心して聞きな!
「うおいっ、お前ひとりでやれよ! なんで子分にやらせようとしてんだよ! このひきょーもん!」
「ワシは山城亨介や。お前みたいな野良犬、なんでワシが相手せなあかんねん」
いやいや、野良犬ってなんだよ。私ったら、今日はマドカに髪型バッチリセットしてもらって、ちょっとメイクもしてもらって、おまけに服もマドカがくれた結構立派なお嬢様ルックなんだけど?
普段の私もちょっといい感じなのに、今日はいつもよりマシマシでずっといい感じなんだけど!
笑顔もファッションも嫌味ったらしいお前のほうが、よっぽどやばいだろうが。なんだよ、もう。
やっぱ許せんわ。ぶちのめそう。
「お前ら、適当に痛めつけたれ。このワシに逆ろうたんや、女子供やからいうて容赦すんなや」
「それはわかりましたけど……坊ちゃん、予定のほうは?」
「ああ、こんなくだらんことに付き合うとる時間あらへん。ワシは先に戻るわ」
え、帰るの?
言い捨てたお坊ちゃんは、本当にさっさと帰ってしまった。用心棒どもと私だけが、薄暗くてせまい空間に取り残された。マジかよ。
「すまんけど坊ちゃんの命令や。悪う思うなや」
いやいや。悪く思うに決まってるだろ。ムカついてるわよ。
え、あいつ逃げた? 逃げたよね?
「よりにもよって、山城の坊ちゃんに楯突きよったんや。余所者やったら知らんのも無理ないけど、運が悪かったなぁ」
「とりあえず、殴られといたらええんや!」
なんだよもう。用心棒はホントに容赦なく殴ってきやがったよ。ひょいっと避けちゃうけどね。
まあいいや。私のほうこそ、やっちまうぞ。
いつもの警棒をシャキンと取り出して、まずはお腹に一発!
ドスンとお腹を突かれた用心棒その1が、体をくの字に折り曲げながらぶっ倒れた。こんなもんだよね。
それを見て用心棒その2とその3が、めっちゃ警戒した様子でナイフを取り出した。さっきまでと違って、だいぶ本気っぽい。
「うへー、マジかよ」
刃物とかさあ、それはさすがにダメだろ。
こうなったら私ももう一段気合入れるしかなくなっちまうよ。
警棒を構えて、次の準備だ。やったるぞ。
用心棒その2が私の横に回り込みながら、ナイフを素早く振って、その3も反対方向に動きながら攻撃――華麗に避けたと思った、その瞬間だった。
布をかすめるような音がした。
ひやっとして見ると、ワンピースの裾がちょっとだけ裂けていた。ナイフの刃先が生地を引っかけたっぽい。
ちょっと待っておくれよ。これ、マドカがくれたやつなのに。
結構お気に入りだったし、よそ行きのお高いやつなのに。慣れない服だから、私もちょいミスったけど!
ブチ切れちまったわよ、私。これはいくらなんでも許せんわ。
「うおおおーーー!」
私の反応を見ながら襲いかかろうとしていた、用心棒その2のナイフを警棒で殴り飛ばし、続けて顔面に叩きこんだ。血を吹き出しながら倒れるその姿を見て、用心棒その3が後ずさる。
「ま、待たんかい!」
「待つわけねーだろ!」
殴ると見せかけて足を蹴ったら、無様にすっ転ぶその3だよ。倒れた奴の顔面に警棒をドンと振り下ろして、いっちょあがりだ。
スカート部分の先っちょが切れちゃってるのが目に入って、また悲しい気持ちになっちまったよ。
許せんわ。マジで許せんわ。
あのお坊ちゃんに責任取らせるしかねーわ。
「どこに逃げやがった、あんにゃろー! うおいっ、どこだよ! あいつどこに行ったー!」
倒れた用心棒を問い詰めたら、どうやら『山城武人会』とかいうクランの拠点に戻ったらしい。クランて、こいつらハンターだったのかよ。
地図アプリを開いてちゃんと場所を教えてもらったら、さっそく突撃だ。マジ許さん。
いったん店の中を通って、観光客のたくさんいる道に出る。
ダッシュで行けばそんなに遠くはない。徐々に人けの少なくなっていく道を突っ走って、小綺麗なビルに到着した。
木の板の看板に『山城武人会』って書いてあるから、間違いないね。
「おらーっ、たのもー!」
ガラスのドアを押し開いて、正面から堂々と入るよ。
クランの拠点だからか、受付みたいなスペースがある。誰もいないから勝手に奥の部屋に行くと、粉薬っぽいものをテーブルに広げている男がいた。そいつがソファから、ささっと立ち上がって私に近づく。
「誰や? 勝手に入んな。ここは――」
いきなり警棒でぶっ倒してやった。
私みたいな、いたいけな女子を平気で襲う奴らの仲間だからね。最初から容赦はないよ。
「お坊ちゃん、どこだよ! 逃げやがってよー、こんにゃろー!」
大声で呼びかけながら、目についた階段を駆け上がる。順番に探してやるぞ。
上の階の廊下を走ったら、今度は目についたドアを蹴り開ける。許さんからね、覚悟しろよ。
「て、てめえ! 何者やねん!」
「お前らの仲間にさあ、大事なワンピースを切られちゃった、悲しきハンターだよ! いいからお坊ちゃん出せよ!」
部屋の中にいた連中を片っ端から殴り倒す。
鉄の警棒を体のどこかにめり込ませて、いい感じにやっつけてやる。
大事な服を傷つけられちゃった、私の心の痛みを思い知れよな。まったくもう!
ドアを破って中に誰かいたら、お坊ちゃんの場所を問いかけながらぶっ倒す。
誰もいなくなったら上の階に行って、同じようにまた警棒をお見舞いだ。
2階が終わったら、お次は3階っと。
だけどこいつらも黙っちゃいない。
ナイフどころか、刀とか槍とかの武器を振り回すもんだから、家具はぶっ壊れるし、壁とか窓とかも派手に壊れる。
めっちゃ派手に暴れてんだけど。私はそこまでしてないからね?
そうやってどんどこ進んで、階段が行き止まりになった。最上階だね。
ここにいなかったら、どうするかな。そんなことを思いながら、最後のちょっと豪華な扉を蹴破った。
「どりゃーっ、あっ!」
「お、お前は……!」
「やっと見つけた! おうおう、お坊ちゃんよー? このワンピース、どうしてくれんだよ!」
ワンピースの裂け目を見せつけてやった。
「これはさあ、私のマブダチがくれた服なんだよ! しかも結構お高いやつで、レアものなんだよ! 弁償したからって済む話じゃねーんだよ!」
「ふ、ふざけんな! ワシが知るかい!」
え、逆切れかよ。お坊ちゃんの用心棒どもがやったんだよ?
「ふざけてんのはお前だろーが! こんにゃろー!」
マジで許さんからね。私の怒りを思い知りな!
鉄の警棒がうなりをあげて、お坊ちゃんが情けない悲鳴を上げた――
結局だ。何回もあやまってたから、二度と列に割り込んだり、用心棒どもをけしかけたり、あんなふざけたことはしないよね。
震えながら悪いことはしませんって言ってたからね。
私との約束だ。きっと守ってくれる。
ちょっとだけ暴れて、ほんの少しスッキリした。
破れちゃったワンピースはあとでどうにかするとして、もうこんな場所に用はない。
階段を降りつつ、ちょろっと部屋の中やら廊下やらを覗いてみたけど、まあひどいもんだね。
みんな気絶してるし、あれこれぶっ壊れまくってるし。
もうめちゃくちゃだよ。だいたい私のせいじゃないけどさ。たぶん。
それになにが……えっと、なにがなんとか武人会だよ。武人とか大言壮語もいいところだったわ。
こんなつまらん奴らがでかい顔してるなんて、地元の人たちも大変だね。
あ、そうだ。お土産だよ。買い直さなきゃね。さっき買おうとした分、まだ店にあるかな。
「余計なことに時間食っちまったわ。まったくもう」
今度こそ、平和にお買い物を楽しもう。
そんでもって、ちゃちゃっと練馬に帰りましょうね。




