誰かにとって不幸な一期一会
ここ数日は九条家にお泊りしながら、星のほこらとかいう特殊ダンジョンに毎日入っていた。
なかなか強い亀のモンスターにもすっかり慣れて、もう余裕だねって感じになったところで、超ビッグイベントが起きてしまった。
そのことについて、私の部屋と化したゲストルームに集まって話す。
「マドカの父ちゃん母ちゃん、帰ってくるんだね。ロンドンて遠いんだよね? よく知らんし、すごい田舎でしょ?」
「あのね……ロンドンを田舎なんて言うのはアオイだけよ」
「ツバキの父ちゃん母ちゃんはどうしてんの? そういや、あいさつもしてないわ」
こんなでかい家なのに、親族っぽいのはじっちゃんにしか会ってない。余計な奴らはいっぱいいるのにね。
「うちの親、いそがしい」
「ほーん? この家には住んでんの?」
「ツバキの両親も海外よ。それもあちこち移動しているの。だから滅多に戻ってこないわ」
マジかよ。みんな忙しすぎだろ。
「まあ、なんにしても明日で私は帰るわ。まどかの父ちゃん母ちゃんにも会いたかったけどね」
「別に帰らなくても大丈夫よ? あたしたちが戻るタイミングで、一緒に練馬に戻ればいいじゃない」
それもありっちゃ、ありなんだけどね。あんま長居すんのもねー。
「夕歌さんとセーラさんからもお茶に誘われててさ、そろそろ戻ろうかなって。ふたりはどうせだから、海外のハンター事情をいっぱい聞いといてよ。私はあんま興味ねーけど、雪乃さんと銀ちゃんがめっちゃ気にしてたし」
「うちも興味ない……」
「おお、じゃあ私と練馬に戻る?」
「ツバキは呪術グッズのお土産を頼んでいたでしょ?」
「あ、それは楽しみやった」
趣味のグッズは大事なイベントだね。それは帰れないわ。
「やっぱ私だけ先に帰るね。そんでちょろっと遊びながら、ふたりの帰りをみんなで待ってるよ。早く銀ちゃんたちの話も聞きたいしね」
「連絡があった件ね? 片付いたみたいだから、大丈夫だと思うけど」
「なんかイレギュラーと戦ったみたいじゃん。私もやりたかったよ」
そんなことを話していたら、古風な時計がボーン、ボーンと音を鳴らした。あの時計も地味にカッコいいわ。
「ふいー、こんな時間かー。お風呂入って寝るわ。露天風呂行こうよ」
「あたしはいいわ。ダンジョンのあとで入ったじゃないの」
「うちもいい」
なんだよ。お風呂は何回入ってもいいだろ。露天で温泉なんだし、入らないともったいないだろ。
でもそうか。ふたりにとっては自分の家だもんね。珍しくもなんとないし、もったいないなんて思わないのかな。
次の朝! 早寝早起きが基本の私は朝が早い。
すっきり爽快に起きて、さくっと活動開始だ。
当たり前のように朝風呂をもらい、朝メシもおかわりしまくる。
最後のお礼とばかりに、みんなでさくっとダンジョン攻略したらまたお風呂。それでもって昼メシ。
リフレッシュしたら、これでおいとまだ。さらばだよ、九条のお家!
「駅まで送るのに」
「いーよ、いーよ。警備員のおっさんにも車出すよって言われたけどさ、適当にうろついてお土産買いまくって帰るから」
お泊りしていた数日の間に、この近所や繁華街のほうもいろいろ知った。ひとりで全然、大丈夫!
「葵姉はん、うちらも明後日かその次の日には戻る」
「わかったよ。ほいじゃねー」
どうせまたすぐに会うからね。立派な成人女性の私は、いちいち寂しがったりしないよ。
呼んでもらったタクシーに乗って出発だ。ちょっとだけ遊んで帰るとしよう。
しばらく車に揺られて到着したのは、人がそこそこいるくらいの観光地。
古い町並みやらお寺やら、そんなのを目当てにした観光客がたくさんいる。神楽坂とちょっとだけ似てるかもしれない。
「さてと、やっぱ定番のお菓子はいるよね。あれこれあるけど、ここは永倉葵セレクションとして厳選するかな」
お菓子のお土産でテキトーは許されない。自信をもってお届けできる、これぞというものでなければ!
花園のみんなと夕歌さん、あとはセーラさんたち。蒼龍のおっさんにも買っていくかな。
他人の細かい好みまでは知らんから、私なりの超絶一級お菓子セレクションを厳選しよう。
「そうと決まれば、ここは試食だよ!」
お土産屋さんは試食できることが多いからね。助かるわ。
私はセレクションで妥協しない。自信をもってお届けするために。
食べて食べて、食べまくる。次から次へと食べるのだ。
ちょっと広めのお店で、めっちゃ種類のあるお菓子をこれでもかと食べまくった。
だいぶお腹いっぱいになってしまったわ。
「あのぉ……」
「よっしゃ、決めた! おばちゃん、これとこれとこれ10個ずつね。そっちの棚のやつも10個で! あとは……あれとあれも!」
「あ、商品はレジのほうに運んでおきますさかい、精算お願いできますやろか」
「ほーい」
自分だと持ちきれないから、店員さんが運んでおいてくれた。
あとはお金を払ったら目的達成だ。レジには人がちょっと並んでるね。おとなしく並びますわよ、なんて思っていたらだよ。
ずかずかと人が並んだ列をごぼう抜きにする野郎がいた。ブランドものっぽい派手なスーツ姿が、ちょっとだけ鼻につく感じだね。
そんな奴が店員さんになにか用かなと思ったら、普通に割り込みやがった。まだレジ係の店員と客がやりとりしてる最中なのに。
「これ、包んでくれや。急いどんねん」
おいおい、なんだよあいつ。許せんわ。
私ったら気持ちよくお買い物してたのに、ちょっとムカついちゃったわよ。
許せんよね? でも普通じゃないっぽい野郎が怖いのか、誰もなにも言い出さない。あいつ全体的にちょっといかついからね。
わかったよ。将来有望な新人ハンターのこの私が、ビシッともの申してやろうじゃないの。
あんなボンクラに恐れをなす私じゃないからね。がははっ、見てなさいよ。
「おらーっ、お前なにやってんだよ! こっちはみんな並んでんだよ!」
「はぁ?」
いやいや。なんで笑顔なんだよ。しかもねっとりした感じの笑顔なんだよ。笑うところじゃないし。
「は? じゃねーんだよ、ちゃんと並べよ!」
「ワシが誰か知らんのか? ワシは『山城武人会』の会長、山城亨介やぞ?」
「やましろ?」
誰だよ、知らん。知るわけねーし、知りたくもないわ。
「お前も早よ包めや。誰がこの店、貸したってると思とんねん」
なんだこいつ、名乗ったら私が黙ると思ったの?
意味わからんわ。店を貸してるとかどうとか、私にはなんにも関係ないわ。
「こんにゃろー、順番抜かすなって言ってんだろーが!」
言っても聞かないなら、つまみ出すぞと思って列を離れた。私はまだ時間あるからね、並び直せるよ。
そうしたら、店の中にガラの悪い感じの野郎どもがずかずかと入ってきた。どう見ても観光客じゃなくて用心棒って感じだ。
「つまみ出したれ」
「へえ、坊ちゃん」
坊ちゃん? こいつ若いけど、どう見ても成人男性だよね? マジかよ。
とにかく、ねっとり笑顔の野郎が用心棒たちに命令しやがった。のこのこ近づいてきて、私の肩に伸ばされた手はペシンと払う。
「もう、気安くさわんなよ」
ちょっとだけ勢いが強くて、お土産の山に当たって崩れてしまった。
私のせいじゃないよね? 迷惑な奴らだよ、まったくもう。
「あの、お店の中ではちょっと……」
「そうだよ! お前ら暴れんなよ、もう表に出ろい!」
「このガキが……上等やないか」
やべー。なんか流れでケンカすることになっちまった。でも別にいいよね。
付いて来いとか言われて、裏口のほうに出る。薄暗くて誰もいない、ちょっとした空間だ。
表の通りは古風な観光地のストリートで、誰もが平和に楽しくおしゃべりしたり、写真を撮ったりしていた。そんな場所がすぐ近くにあるのに、なんだか不思議な気分だわ。
ふいー、でもちょうどいいね。
これなら遠慮なく、悪者を成敗してやれるわ!




