【Others Side】どちらかと言えば明るい予感
【Others Side】
「――次のダンジョン関連のニュースです。業界大手として人気のクラン『きら星エンターテインメント』代表、神谷光十郎容疑者が、放送局関係者への贈賄容疑で逮捕されました。神谷容疑者は人気バラエティ番組へのタレント出演の見返りとして、プロデューサーらに多額の現金を渡していた疑いが持たれています。また、警察の調べでは同容疑者が競合他社に対して――」
執務室のテレビから流れるニュースに、九条家当主の徳之助は腕を組み、目をつむって考えを巡らせていた。
そんなところへ、長年の友人であり仕事でも付き合いの深い警備部長がやってきた。
「入るぞ。なんだ、徳之助がテレビを見ているとは珍しいこともあるものだ。気になるニュースでもあったのか?」
「いや、つばきがドラマの再放送がどうのとうるさくてな。ついさっきまで、それを見ていただけだ。それより何かあったのか?」
「たいしたことではないが、山城の坊主からまた電話があったらしい。お嬢に会わせろと、しつこい男だ」
山城家傘下のクラン『山城武人会』を束ねる男は、まどかに大層入れ込んでいて、以前から彼女を自分のクランに加入させたいと強く訴えていた。
まどかが芸能活動を引退してからは、その執着はさらに強まっている。家同士の関係もあり、徳之助には何度もその話が持ち掛けられていた。
「つき合いきれんな。だが、それも近々終わらせる」
「あちらさんとは本家にも話をしていただろう。それでも止まらんものが、いまさら終わるのか?」
「山城の本家は坊主に甘い。互助会から圧力をかけさせる」
「晴明会議か」
警備部長は少し驚いた様子を見せた。
「しかし、いくら徳之助でも易々とは動かせないだろう? 動かすとしても、あの坊主を抑えるためでは割に合わないだろうに」
徳之助が互助会と称した晴明会議は、日本の有力者が集まるひとつの調整機関の役目を持っていて、主に西日本で大きな影響力があった。
「あの小物はついでだ。山城を含め、何人かの者は勝手がすぎるからな。儂は互助会にきっかけをやるだけだ。なに、永倉葵のお陰で予定よりも多く数が集まった。それを有効利用するだけでいい」
「そういうことか。しかし、あの『ソロダンジョン』は使えるな。苦労は倍になるが、戦利品も倍になる素晴らしい能力だ。叶うなら、このまま九条家に留めておきたいが」
「ここ数日であれの実力は思い知っただろう。あのじゃじゃ馬を抑えておけると思うのか?」
「言ってみただけだ。それに無理を通そうとすれば、関東が黙っていない。わかっている」
葵は九条家に滞在し、連日星の祠で巨心石と光霊玉を集めていた。戦利品の一部は九条家に提供していたが、素直にすべてを差し出してはいない。それでも九条家としては、十分以上の利益があった。
さらに、早々に星の祠の攻略に慣れた葵は、暇つぶしに九条家の警備隊と模擬戦闘の訓練を行っている。そこで存分に実力を見せつけ、警備隊を圧倒しつつ、毎日を楽しんでいた。
「それにしてもだ、あれはいくらあっても足りん」
「巨心石と光霊玉か。素晴らしいものではあるが、ひとりにつき一度しか効果がないことは確定しているのだろう? 九条だけではなく、五家からの献上がある。それなりの数が毎月行き渡っているはずだ。それも長年に渡って。なぜ、そこまで足りない? 数の少ない光霊玉はともかく、巨心石は余ってもいいはずだと思うが」
「人の魂を成長、あるいは進化させるという、目には見えない効果があるからな。一度しか効果がないと言われても使いたくなるのだろう。健康や寿命にも関わる道具だ」
健康に長く生きることは、多くの人にとっての自然な欲望だ。
財産や地位、そして名誉を得た有力者ならば、その欲望はより強くなると考えられた。
「気持ちはわからんでもないが、無駄になると思えばもったいないことだな。しかし、あの永倉の嬢ちゃんのお陰で、九条家の発言力が増すというわけか。ところで数が増えた理由はどう説明するつもりだ?」
「なに、限られた人間にしか追加では渡さない。余剰分として不自然にはならん範囲だ。それより、永倉葵のスキルだ。あれを引き留めておくことはできないが、ほかに『ソロダンジョン』や『ハードモード』を持つ人物がいないか調べは進んでいるのか?」
それらのスキルの有効性を確認し、九条家は本格的に調査に乗り出していた。
「さすがに『ハードモード』は日本どころか、世界中で血眼になって探されている。見つかったとしても確保は難しいだろうな。ただ『ソロダンジョン』の保持者はすでに見つけているが、あの能力はその名のとおり独りだけの特殊空間に入ってしまう極めて難しいものだ。余程の実力者でなければ、そもそも星の祠の攻略ができない」
スキル『ソロダンジョン』の効果は、資料で閲覧可能な知られた話だ。九条家は葵の存在を把握して以来、能力についても調べを終えていた。
「攻略には、まどかの『スキルリンク』も必要になるということか……」
「そうなるな。お嬢のあの能力は『ソロダンジョン』以上に珍しく、ほかに能力者は見つかっていない。しかも見つかったとして『スキルリンク』には数々の制限がある」
自身や他者のスキルをリンクさせ、効果を複数人におよぼす『スキルリンク』は、同じ性別であることや似通った体型であることが条件となる。最低でも『ソロダンジョン』の保持者と『スキルリンク』の保持者が、条件を満たさなければならない。
珍しいスキルを二つ揃え、さらに条件まで満たすハードルは相当に高かった。
「奇跡的な出会いと組み合わせだな。徒労に終わるかもしれんが、調査は続けてくれ。ああ、その永倉葵は明日までだったか?」
「その予定だ。星の祠の件で、もう少し滞在してほしかったがな。どうやら遠慮しているらしい」
「急遽、ロンドンから戻ると連絡があった件か。あの自由奔放な娘も友の両親には遠慮するのだな。しかし、結果的にあの娘のお陰でいろいろ助かった。帰る際は丁重に送ってやれ」
「わかっている。それにしてもだ、これから忙しくなるな」
「我が国は長く停滞が続いてた。そろそろ、そうなってもらわねば困る」
クラン『天剣の星』がダンジョンの第五十階層に到達し、少数ながらも新たな資源を得られるようになった事実。その功績に大きな影響をおよぼした、高千穂春琉花のスキル『ベリーハードモード』と可能性。
そして『武蔵野お嬢様』のガラスの森ダンジョン第五十階層到達への挑戦。
現在、日本のハンター業界は活気に満ち、大手クランを中心に新たな計画が次々と打ち立てられ、数多くの新人ハンターも誕生していた。
ハンター関連の装備や道具の需要が急増し、関係する企業にも活気の波が押し寄せている。そしてその余波はひとつの業界にとどまらず、さらには世界へと広がっている。
明るいきざしと好循環は日に日に勢いを増している。かつてないほどのダンジョンを中心とした好景気と盛り上がり。
その波の中で、まだ小さなクラン『絶望の花園オルタナティブ』もまた、確実に実力をつけていた。




