定番イベントの予告?
執事とメイドが出て行って、いかついおっさんとふたりになった。
この5人は山に埋めてそうな貫禄の蒼龍だけど、さすがにもう慣れたね。案外、話のわかるいい奴だよ。
とりあえず、どら焼きタイムをはさんで気分を落ち着ける。
おっさんは無言だったけど、なんだかんだ2個も食っていたから、きっと気に入ったに違いないわ。
「さて永倉、お前たちは紫雲館との距離が近くなったと聞いている。実際、どうだ」
「紫雲館? そうだね。ちょっとした偶然が重なってさ、仲良くなったよ」
スマホショップでセーラさんと出会い、楓おばあちゃんの絵をたまたま買って、交流会でだいぶ仲良くなれた。縁があるよね。
「あのクランなら申し分ない。とことん利用してやれ。三鷹ダンジョンには行ったのか?」
「それも知ってんだ? ちょっとだけね、もっと利用しまくりたいけど、あそこはなかなか空いてないみたいでさ。お偉いさんが雑にがばっと押さえちゃうみたいなんだよ。私たちだって使いたいのに」
私のスキルなら専用ダンジョンに入れるのに、お偉いさんが絡むとそもそも敷地に入れてもらえなくなっちゃうからね。邪魔くさい奴らだよ。
「いわゆる夏休み期間は混み合うのが相場だ。あそこはいいぞ、特に第二十五階層以降では得られる経験値がまた一段跳ね上がる」
「ほーん、そうなんだ。私も早く上級クラスになりたいわ」
「お前はまだハンターになって1年と少しだろう。上級クラスになるには早すぎる。いま、レベルはいくつになった?」
「えっと、つい最近レベル24になったよ。三鷹ダンジョンに行けてなかったら、もうちょい低かったと思うけどね」
メタル系モンスター出まくりダンジョンの恩恵はめっちゃでかいと思う。あそこに毎日の勢いで行けたら、もっとレベルが上がったのに。たまに使えるだけでもありがたいけどね。
「……もうそんなレベルになったのか。ペースが早すぎる。レベルの高さに見合った経験は積めているのか?」
「それは大丈夫だよ。私たちったら、いろんなダンジョンに行きまくってるから。おっさんがくれた練馬ダンジョンに備えてさ!」
花園の奥に隠された、あのダンジョンを攻略するのが私たちの秘かな楽しみだ。
「三鷹ダンジョンに頼ったレベルアップでないなら、それでいい。お前たちに譲った練馬ダンジョンは、挑戦開始の目安としてはレベル30と考えているが、やはり人数はもう少しほしいな。クランの人数は増えていないのだろう?」
「変な奴入れたくないからねー、なかなか難しいんだよ」
実は入りたいって希望はいっぱい届いているらしい。雪乃さんたちがそいつらの身元のチェックとかして、あれこれ審査してくれているみたいだから、たぶん候補になる人をいつか紹介してくれそう。
「クランに下手な人間を入れても、ろくなことにはならんからな。それでクランが崩壊した例など、掃いて捨てるほどある」
マジかよ。花園が崩壊するとか絶対嫌なんだけど。よし、誰かに入れるにしても慎重にやろう。
「あ、おっさんさ、天剣の人たちとは仲いいの?」
「仲がいいというよりは、あそこはダンジョン攻略に積極的なクランだからな。実力もあるし、そのようなクランに俺は支援を惜しまんだけだ。天剣がどうかしたのか?」
「それがあいつらがさあ、うちの沖ちゃんを引き抜こうとしてんだよ! 沖ちゃんはとっくにお断りしてんのに、まったくしつこいんだよ」
「沖田の剣は同年代で考えて、明らかに頭ひとつ以上抜けているからな。天剣があの娘をほしくなる気持ちはわかる」
わからなくていいよ。迷惑なんだよ、まったくもう。
「おっさんから注意できないの? 私たちがなに言ってもあんま通じてないっぽいんだけど」
「横やりを入れられる立場ではないな」
「そっか。いい加減邪魔くさいし、次になんか言ってきやがったら決闘でもするかな。負けても譲らんけど!」
「それでは賭けにならんだろう……そうだな、それに関してひとつ面白い話がある」
お、なんだろうね。
「天剣が主催する剣術大会が、年内に開かれるらしい。そこには沖田も招待されるだろうな」
「剣術大会?」
そんなのがあったら、沖ちゃんは出たいよね。腕試しとか好きだし。
「ダンジョン到達階層を伸ばしている最中の天剣だ。状況を考えて、これほど注目を集める大会はない。天剣としては更なる資金集めと同時に、名実ともに日本トップのクランであることを示したいのだろう。ついでに有望な剣士を品定めし、取り込む腹だろうな」
ちょっと意味わからんけど、なんかすごそうなことをたくらんでいるんだね。
「でも剣術大会かよー、私は出れないってことだよね? 剣士じゃないし」
「そこだ。せっかく規模の大きなイベントができる状況にもかかわらず、出場を剣士に限ってもつまらん。永倉、お前が出るなら俺から天剣に掛け合ってもいい。どうせやるなら、より大きな規模でもっと注目を集めろと。そうしたイベントを開くノウハウは俺のほうが持っているし、向こうには貸しもある。余程の事情でもなければ、提案に乗ってくるだろう」
ほーん。まあ面白そうではあるね。珍しい賞品とかあるならちょっとやる気も出るし。
「あ、その大会ってさ、剣士の大会を予定してんだよね? じゃあもしかしたら勇者とかとも出てくんのかな? 勇者って剣使ってるイメージあるし」
本物の勇者を見てみたい。そんで戦えるなら戦ってみたいわ。
「勇者のクラスを得たハンターは数人知っているが、たしかに剣を使う者が多いな。しかし、天剣の目的のひとつは若手の発掘だ。剣士に限らず規模を大きくしようが、若手主体の大会という趣旨は変わらんだろうな。勇者でそこまで若手と言える年齢の者はいなかったはずだ。そもそも上級クラスに至るには、長い時間がかかる。お前たちの成長速度は異常だということは自覚しておけ。その歳でレベル20以上は、ほかにいない」
私たちったら、超がんばってるからね。そんじょそこらの奴らとは、そりゃ成長速度は違うよ。
「なんだよ、そっか。でもそんなんだったら、私が出たら優勝しちゃうけどね。もう沖ちゃんとふたりで、ぶっちぎりで勝っちゃうんじゃない?」
むしろ誰でも出ていいなら、花園で上位を独占できるかも。
「お前たちは強い。順当に行けばそうなるだろうが、天剣には天剣の目的がある。主催は天剣なのだから、俺にできるのは奴らが得だと思える提案をすることだけだ。たとえば使用武器に重量制限を設けるなど、お前の得物を封じるルール設定をする可能性は十分にあるぞ」
頼れるハンマーさんが使用禁止なら、結構な戦力ダウンになっちゃうね。
でも残念! 私ったら全然負ける気がしないわ。
「それならそれでいいよ。むしろおっさんから重量制限? とかそういうの言ってもいいよ。私ったら、どんな不利な条件でも関係なく勝つわ! それで勝ったらさ、花園の評判も上がるってもんだよね」
「剣士が有利になるルール設定か、それは面白い。そうしたルールの中で、意外な実力を見せる者を発掘できるのがこうした大会だ。地方でもハンター向けの大会はあるが、どれも似たり寄ったりでつまらん。せっかく業界が活発化している状況だ、俺ももう少し積極的に金も口も出していくか。永倉、今日は話せてよかった」
なんか急にやる気になったっぽいね。
蒼龍は結構な年配のおっさんだけど、元気があるのはいいことだよ。
「あれ。そういや、私に話があるとか言ってなかったけ?」
「もう大丈夫だ。悪いが次の予定がある」
「なんだよー、今日は忙しい感じか。ほいじゃ、また来るわー」
「ああ、またいつでも来い」
とっくに引退したおっさんなんだから、もっとのんびりすればいいのに。
それこそ近所のじっちゃんと、どら焼き食いながら囲碁とかしてさ。
まったく、いい年して落ち着かない奴だねー。




