闇を斬る(異形狩り少女)
ひとつ、ふたつ、みっつ。
静寂に響くのは何かを数える声音だ。女とも男ともつかない声だ。幼いとも年老いたとも取れる声だ。奇妙に耳に残る、だというのにつかみ所の無いその声が、暗闇に響く。
よっつ、いつつ、むっつ。
数える声は続く。ぞわり、ぞわりと空気が蠢いた。声に呼応するように揺れるのは、風か、気配か、或いは視認できぬ何かであるのか。
ななつ、やっつ、ここのつ。
そこでぴたりと、声が止まった。暗闇に差し込む僅かの月明かり、その真下に佇む影に気づいたのだろう。そこに立つのは、緋袴の少女だった。
いや、おそらく少女であろうという面差しをしている。柳眉を不愉快そうに顰めた顔立ちは端正だ。一種造作めいた美しさがそこにある。感情を宿していなければ、人形かと思っただろう。
おそらく少女というのは、その髪型にあった。髪は女性の命と言われる中、うら若き乙女でありながら彼女の頭髪は短い。
それも、まるで男子のような短さだ。緋袴を纏う乙女のそれとは思えぬ髪型。髪には霊力が宿る。神職に連なる女性は皆、長く豊かな髪をしているのが通説だ。
それを思えば、彼女は様々な意味でちぐはぐだった。その手に持つのも、無骨な作りの太刀である。
「夜毎御魂を攫うのは貴様か」
朱唇から零れ落ちた声は、確かに少女のそれだった。まるで凍土のような冷ややかさを持って少女は告げる。その瞳に宿る感情は、凪いでいた。
怒りも憎しみも恨みも何もない。あるのはただ、無を見据える冷たさだけだ。相手を取るに足らぬと見なすかのような瞳は、けれど彼女の整った顔立ちにひどく似合っていた。
白魚のような繊手が握る太刀の拵えは、見事なものだった。値を付ければいかほどになるか。むしろ、値を付けることが出来ぬほどの業物だ。
「どうせならば我が家の目の届かぬ場所でやれば良いもの」
低く吐き出された言葉は本心なのだろう。一歩、少女は足を踏み出した。ざわりと空気が揺れる。彼女を拒むような気配に、けれど少女は物怖じしない。
太刀の磨き上げられた刀身が月明かりを反射する。その光が一瞬だけ、影を焼いた。影の中にいた《何か》が、その一瞬で移動する。
闇がざわめく。少女と《何か》の戦いの火蓋が、静かに、切って落とされた。




