【第四十一話】閉ざされた光
セイレイは、未だ完全に傷の癒えていないホズミを抱きかかえたままライトに視線を送る。
「……ライト……どうして、ここに」
彼の視線に気付いたライトは、セイレイへと近づいた。
「あうっ」
それから、優しく彼の頭をぽんと叩く。
「よく頑張りましたね。今まで、よく戦ってきました。ここからは、大人に任せてください」
「……ライト……先生……」
温かいその言葉に、セイレイは思わずライトをそう呼んでいた。
だが、ライトはその呼び名に苦笑を漏らす。
「私は先生ではありませんよ……と言っても、千戸さんも今までのように呼ぶことは難しそうですね」
そのライトの言葉に反応するように、千戸を取り巻く蔦がより一層激しくうねりを見せた。それは、大きく揺れる波のように、威圧感を演出する。
「ライト。今までの話を聞いていたな?大人であるお前なら、事情は理解できるだろう。これが、最善の行動だ」
「……確かに、世界を救うためには多少の犠牲は仕方ないのかも知れません。ですが、それは千戸さんの事情でしょう?決して、セイレイ君の意思ではない」
「いいや、セイレイの意思さ。最後に決断したのは、セイレイだ」
「違う。そう決断するように仕向けたのは、お前だろう。千戸 誠司」
千戸の言葉に怒りを抑えきれず、ライトの口調から遂に敬語が消えた。
そのまま、揺るぎない瞳と共に光線銃の銃口を千戸へと向ける。
「俺に敵意を向けるか。俺は間違えたとは思っていないのだがな?これは投資だよ、勇者セイレイを完成させる為の経費さ」
「人の命を投資、経費……?お前は世界をなんだと思っているんだっ!!」
遂に怒りを抑えきれず、ライトはその引き金を引いた。
唸る咆吼の如く、大気を抉りながら一直線に千戸へと熱光線が襲いかかる。だが。
「無駄だ」
千戸に直撃するはずだったその熱光線は、瞬く間に蔦に防がれてしまった。焼け焦げた蔦は地面に隠れ、新たに焦げのない蔦が姿を現す。
「お前は目的のためならいくら人の命を奪っても良いと思っているのか!!世界を、人を!!なんだと思っている!!」
「救えない命なら、どう扱おうが同じ事だ。教育の糧となるのなら、俺は何でもするさ」
「まず生きることだろう!!生きなければ何も始まらない!お前はその前提で間違えているんだ!!」
激昂するライトの言葉に、千戸はやれやれと大きくため息を付いた。
「……平行線だな。俺は教師で、お前は医者。それぞれ生きてきた世界が違うから衝突するんだ。俺は、俺の正しさを貫く」
「お前如きが教師を語るな!!!!」
再びライトは光線銃の引き金を連続して引いた。
それは、再び千戸を庇う形で伸びた蔦に着弾。一発目は容易く防がれてしまう。
「……っ!?」
――しかし、続いて放たれた二発目は蔦を通り抜けた。
鋭く襲いかかる熱光線は、千戸の額を貫く形で着弾。
核熱に包まれた千戸の姿が、舞い上がった土煙に消えていく。
「……ライト先生……」
セイレイは、その光景を呆然と眺めていた。
その視線に気付いたライトは銃を降ろし、セイレイに頭を下げる。
「……申し訳ありません。貴方の、育ての親である千戸さんを殺める結果となってしまって……」
その言葉にハッとしたセイレイは、複雑な表情のまま弱々しくも首を横に振る。
「……ううん。多くの人を殺すように仕向けたのなら、報いは受けなければならない」
『千戸先生……貴方は、本当に……』
真っ先にnoiseの正体を見破った千戸に対して、色々と思うことが多いのだろう。noiseはドローンを操作し、舞い上がる土煙にじっとカメラを向ける。
だからこそ、その異変に気付くのはnoiseが最初だった。
『……っ!?皆、気をつけて!!』
noiseは本能的に危険を察知する。ビリビリと震える大気が、プレッシャーとなって空間を刺激する。
レンガで造られた橋がその衝撃でひび割れ、徐々にその形を崩していく。崩れたレンガは、その下にある川に着水し、大きく水しぶきを上げた。
セイレイに抱きかかえられていたホズミは、驚愕に目を見開いて跳ね起きる。
「皆!!警戒を……!!千戸は……千戸は……!!」
その言葉と共に、コメントログにシステムメッセージが流れた。
[追憶の守護者:魔王セージ]
『……魔王?魔王、だって?』
noiseの聡明な頭脳でも理解はできず、そのコメントログを読み上げる。
困惑を隠せないのは、視聴者も同様だった。
[は?]
[魔王……?]
[え]
[いや、おかしいだろ。だって、セイレイ達の育ての親なんだろ?]
[魔王が勇者を育てたって事になるが]
[まってまってわからんわからん]
[てかスパチャ送れる人居ない!?残り支援額500円]
[ごめんもう送った]
[回数制限キツい]
[どうすんだこれ]
noiseの困惑に理解できない勇者一行。ドローンのホログラムに映し出された配信画面に、一同は視線を送る。
「貴方は、一体今まで何を隠して……何を、しようとしているのですか」
「……センセー……いや、魔王セージ……」
その時、ホズミは思わず叫んでいた。
「……っ!!皆、橋から離れて!!崩れる!!」
ホズミの言葉に、セイレイとライトは同時に反応。すぐさま身を翻し、橋から離れるようにして商店街のアーチをくぐり抜けた。
激しく桜の花弁が舞い上がる。それは、商店街を越えて、空高く。空を、世界を覆い尽くす。
桜の花弁が、千戸を覆い尽くしておりその姿はまるで見えない。
だが、声だけがその舞い散る花びらの中から響く。
「これは、視聴者参加型配信だと言っただろう。何故全世界生中継にしたと思っている、何故この配信を開始したと思っている。世界はありのままの姿に、かつての姿に戻るんだ」
地響きが世界を覆い尽くす。商店街は大きく土煙と桜の花弁に覆われ、かつての姿を壊していく。
途端に地面から無数もの桜の木が伸び始めた。空高く伸びる桜の枝葉が、木の根が地面を抉り、かつての姿を奪う。
「魔王、お前は一体何を言っているんだ!?」
その轟音に負けじとセイレイは叫んだ。
ホズミと、ライトもじっとその魔王の声が響く方向を睨む。
「……千戸。いや、魔王セージ!!こんなことがセイレイのためになると思っているの!?セイレイのためというなら、こんなこと間違ってる!!」
「千戸!!これがお前の目的なのか!!セイレイくんの為に、追憶のホログラムが映し出すお前が導き出した答えが、これなのか!?」
憤りの言葉を、各々に浴びせるがその声は魔王セージには届かない。
『……待って。ここだけ、じゃない……!?』
ダンジョン外で配信画面を見ているnoiseだけが、困惑の声を上げた。
地響きに負けじと、勇者一行に聞こえるようにnoiseは叫ぶ。
『セイレイ!!コメント欄を見てくれ!!』
「どうした姉ちゃん!?」
noiseの動転した声に驚いたセイレイは、すかさず配信画面のコメント欄を確認する。
[おい、俺達の住んでいるところに桜の木が伸びてきたんだが!?]
[おれm]
[まってごめn配信どころじゃない]
[たすけ]
[あ]
[これは、y]
[助けて、リーダーの住む家屋が崩れた]
[やばい]
「……これが、全世界で……!?」
世界が、瞬く間に崩壊していく。桜の木に包まれ、花弁が世界を桃色に染め上げる。
大地を舞う花びらが、轟音と衝撃波に激しく舞い上がった。
「魔王セージ、貴方は……貴方は……また壊すの……!?」
ホズミは怒りに満ちた目で、魔王がいる方向を睨む。
「……私が、止めます……!!」
より一層、桜の花弁が密集した方向に目がけて、ライトは拳銃を向ける。
光線銃の残弾を使い切り、拳銃は元の姿に戻っていた。それでも、ライトはそのまま引き金を引く。
乾いた発砲音が、何度も響く。轟音に負けじと、ライトはそのまま打ち続けた。
「止めなければいけない、こんな配信。あってはならない……!!荒らし配信なんて可愛いものじゃない、こんなものは……!!」
やがて、その拳銃の弾数すら使い切る。リロードすることすら出来ず、それでもライトは銃口を桜の花弁に向けて、構え続けた。
しかし、その中から千戸の声が威圧感を持って響く。
「俺は、我は魔王セージ。世界に干渉するインフルエンサーだ」
やがて舞い上がった桜吹雪は、徐々に勢いを弱める。その中から現れたのは、空に浮く、禍々しい漆黒の鎧に身を包んだ千戸だった。
だが、その雰囲気は明らかに以前とは違う。
ひりつくような緊張感と、対峙するだけで萎縮するような重く、鋭い威圧感がセイレイ達を襲いかかった。
「……っ」
セイレイは立っているだけでやっと、と言った具合だ。
「きゃっ……!」
ホズミは耐えきることが出来ず、思わず床にへたり込む。
「……千戸。私はお前を許しはしない。何がインフルエンサーだ。何が」
「俺の存在が、行動が。世界に大きな影響を与える。そう言った意味では、インフルエンサーと言っても遜色ないだろう……俺なりのジョークのつもりなんだがな」
ライトの言葉に、千戸はおどけたように笑う。その場にそぐわぬ言葉が、より一層ライトを苛立たせる。
「ふざけるな!!こんなインフルエンサーがあってたまるものか!!お前の身勝手で世界を壊すことが!お前が望む配信の姿だというのか!!」
「ああ。そうだ……これも、セイレイが勇者であるために。そして、その為にはライト……お前は邪魔だ」
魔王セージが空からライトを見下しながら答えた瞬間だった。
「……っ!?」
巨大な桜の木から伸びた木の根が、ライトをドーム状に囲むように覆い始める。
「ライト先生!?」
セイレイは動揺しながらも、すかさずファルシオンを顕現させる。そのままライトに巻き付く木の根を切ろうと試みた。
――しかし、分厚く頑丈な木の根はビクともしない。
先ほどホズミに巻き付いた蔦とはまるで規模が違う、頑丈な木の根。
それが、重なり。アスファルトを削りながら少しずつライトを覆い隠していく。
「皆……助けて、お願い……!!」
ホズミは縋るようにドローンが映し出すコメント欄に視線を送る。
しかし、コメント欄は流れること無く止まっていた。
「……そんな……」
ホズミはその動かないコメント欄に、改めて世界中が大混乱に陥っていることを気付かされる。
「離せよ!!ライト先生を!!離せ!!」
セイレイは幾度となく木の根に向けてファルシオンを振り下ろす。鈍い音が、それに連なって繰り返される。
セイレイに参加するように、noiseが操作するドローンも近づいた。
『サポートスキル”殴打”!!』
noiseが宣告すると共に、マジックハンドの如く伸びた腕が、木の根を殴りつける。しかし、頑丈な木の根の前では逆にドローンに衝撃が跳ね返った。
『……くそっ!!』
大きくドローンが弾き飛び、空に映る配信画面が大きく乱れる。
「止めて、止めてよ!!ねえ、千戸……魔王セージ……!!」
ホズミは懇願するように叫ぶ。
徐々に、木の根に覆われたライトの姿が隠れていく。明らかに、ライトを覆う木の根が狭まっていくのが如実に伝わる。
――このままでは、ライトが押しつぶされる。
「……皆、離れてッ!!!!」
その事に恐怖したセイレイは、ライトを覆うように囲む木の根から距離を作り、助走の姿勢を取った。
低く構えた姿勢から、大声で宣告する。
「スパチャブースト”青”!!!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
そのシステムメッセージが流れると共に、セイレイの両脚に淡く、青い光が纏い始めた。
纏う光を力に、セイレイは大きく大地を蹴り上げ、閃光の如く駆け出す。
「ライト先生を、返せっっ!!」
大振りに振るう一閃。幾度となく、強敵を薙いできたその一撃。
「……っ!?」
——だが、それでさえも通用しない。
頑丈な木の根は、セイレイが放った一閃を容易く受け止めた。そのことに驚愕し、絶望したセイレイの目が大きく見開かれる。
「……スパチャブースト”青”」
[information
支援額が不足しています]
「……スパチャブースト”青”」
[information
支援額が不足しています]
「……スパチャ……」
震える声で、セイレイは何度も宣告する。しかし、沈黙したコメント欄には無慈悲なメッセージログが流れるのみで、セイレイの望む期待には何も答えようとはしなかった。
「無駄だ。勇者セイレイ。お前の今の力では、何もなす術はない」
その姿を、悠然と眺めていた魔王セージ。
「……スパ……」
「もう、いいです。大丈夫です。セイレイ君」
項垂れながら、何度も宣告するセイレイに向けて、ライトはぽつりと呟いた。
ライトを取り巻く木の根は、遂に彼の肉体を圧迫し始める。骨が軋む音が、ライトを中心として響き始めていた。
「……ライト先生……俺は、俺は……」
「ありがとうございます。そして、今までありがとうございました。助けようとしてくれて、必死に剣を振るってくれて」
「やめて、やめてよ……」
「そうですよ、ライトさん。私達、諦めない……見てて、ほら、放てっ」
ホズミは絶望に震える声で、子鹿のように震えた足で立ち上がり、両手杖を顕現させる。
そして、ライトに巻きつく木の根に向けてそれを振るった。
しかし。杖先からは炎弾が発せられることはない。
[information
支援額が不足しています]
代わりに、あまりにも残酷で無慈悲なシステムメッセージが流れる。
「……そんな……そんな……っ嫌だ、嫌だ……!!」
ホズミの声が震えた。徐々に、その瞳が涙に潤む。
明確な死が、近づく。
桜が、舞い上がる。
「ライト先生。俺、何が出来る?ライト先生の為に、何が……」
震える声で、セイレイは縋るように問いかける。
もう、時間はない。
そう悟ったライトは、簡潔にセイレイに伝えた。
「変わらないでいてください。セイレイ君は、セイレイ君の、まま……で……」
そこで、言葉は途切れた。
肉が軋む音がする。
骨が砕ける音がする。
生命が潰える音がする。
ライトが、ライトじゃなくなる音がした。
「……あ、あ」
やがて、木の根の隙間から血溜まりが流れ出す。
セイレイには、その血溜まりを呆然と見つめるより、他に出来ることはない。
[information
ライトが永久離脱しました。
この配信者に関する情報は、全て削除されます]
それは、端的で、あまりにも無慈悲なシステムメッセージだった。
To Be Continued……
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
無力な少年。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
魔法が使えなければ無力な少女。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
仲間の死に目にすら会うことが許されない女性。
繝サ|譽ョ譛ャ縲?鬆シ莠コ縲翫b繧翫b縺ィ縲?繧医j縺イ縺ィ縲
驟堺ソ。蜷搾シ壹Λ繧、繝
驕薙?鬧?寔關ス繧堤ョ。逅?@縺ヲ縺?k蛻晁?√?逕キ諤ァ縲
蜈?現閠?〒縺ゅj縲√◎縺ョ謖√■菴吶k遏・隴倥°繧牙スシ遲峨r蜉ゥ縺代k縲
・魔王セージ
世界に破壊をもたらした、最悪のインフルエンサー。




