【第二十五話(2)】 もう二度と、繰り返さない(後編)
強風が、漆黒のスーツをたなびかせる。オールバックにした艶やかな黒髪が、陽光に煌めく。
勇者達は、屋上庭園に現れた彼の姿にまだ気づいていない。
無力なのは分かっていた。
この場に立つ資格など、きっとありはしないのだろうと彼は自覚していた。
それでも、ただそれでも。
引いたババをそのままにするのは、彼自身が許せなかった。
ライトは、静かに空を泳ぐドローンに近づき、話しかける。
「……ホズミさん。配信は追いました、要はあの魔物の核を打てばいいのですね?」
『あ、はい。そうで……はいっ!?』
スピーカーからホズミの上擦った声が響く。その声に驚いた勇者一行が、突如として現れたライトの方へと振り向く。
「ライト!?どうしてここに!?」
動揺を隠すことが出来ず、セイレイは戦線を離脱しライトの元へと駆け付けた。その問いに、ライトは大きく深呼吸して、自らの罪を告白することを決意する。
「セイレイ君。申し訳ありませんでした」
そう言って、深々と彼は頭を下げた。意味が分からず、セイレイは首をかしげる。
「な、なんだよライト。俺はそんなライトに悪いことされてない……」
「いや、しました。私は、私のわがままでセイレイ君がこれ以上配信を続けるのを止めさせようとした。理屈を捏ねて、正論に悪意を重ねて……」
静かに、ゆっくりとライトは頭を上げた。
その真っすぐに映る瞳に、陽光が反射する。輝く意思が宿る瞳は、まさしく光そのものだった。
「くっ、スピードは遅いから避けるのは容易いが……じり貧だな」
noiseは懸命に亡者の果てを引き付ける。卓越した回避技術で懐に潜り込み、隙を見て短剣を突き刺す。しかしどれだけダメージを与えても、直ぐに傷は修復してしまう。
「ま、そこはどうにかなるっしょ、はい保険ね、スパチャブースト”緑”」
[ディル:単体防御力上昇]
ディルは合間を縫ってスキルを放ち、noiseと自身の防御力を向上させる。
懸命に立ち向かう二人の姿を見やりながら、ライトはセイレイに語り掛けた。今にも二人の加勢の為に駆けだしそうなセイレイに。
「とっくに分かっていたんですね、他人を守ることの意味を……」
「……うん、俺一人じゃ救えない命もあったよ。センセーがいて、ホズミがいて、姉ちゃんがいて、癪だけどディルがいたから、救える命がある——だから、行くよ。スパチャブースト”青”」
そう言ってセイレイは、足に淡く、青い光を纏って駆けだした。
土煙と共に消えた彼の姿を見送りながら、ライトはホルスターから拳銃を取り出す。
「そうか、分かった。分かりました。私がするべきことを……」
『ライトさん……?』
ライトは、高らかに拳銃を掲げた。
やがて、彼を囲むように緑色の光が集まっていく。
「——ここに誓おう」
それは、配信の中で初めて発せられる宣告だった。
彼の想いが、抱いた後悔が、もう二度と変わらない決意が。
力に変わる。
「ずっと、自分だけが本当は力を持っていて、自分以外に他人を助ける資格はないのだと。そう信じていた」
やがて、太陽の光に負けないように、彼の周囲に緑色の光の粒子が集い始めた。それは徐々に、ライトを纏うように吸収される。
明らかな異変に、思わずセイレイ達も振り向く。
「——でも、違った。無力なのは私だ、他人を頼る力を持たなかったのは私だ。でも、もう二度と、繰り返さない、繰り返すものか!!」
ライトは、自身の想いを配信を介して伝えるように、高らかに叫ぶ。
亡者の果てに浮かび上がった顔は、やがて忌々しげに歪んでいく。
[information
ライト:スパチャブースト”緑”を獲得しました。
緑:光線銃]
「——私は、信じる。皆を、信じる!!スパチャブースト”緑”!!!!」
[ライト:光線銃]
ライトの宣告にシステムメッセージが流れる。
それに伴って、ライトが持つ拳銃が緑色の光を帯び始めた。
「……へぇ、まさか初めての”覚醒”が君とはね」
ディルはどこか楽しげに、にやりと笑う。
ライトの拳銃を纏っていた緑色の光はやがて収束する。
その先に映し出すのは、パラポラアンテナを彷彿とさせる銃口が特徴的な、緋色の拳銃。
『ライトさん、その銃は……?』
「いや、分かります。私はこれの使い方を……ホズミさん。再び熱源探知を」
そう促され、状況が理解できないままホズミは宣告する。
『えっと、サポートスキル”熱源探知”!!』
再び、ドローンのホログラムを介して亡者の果ての全身に赤色のターゲットマークが表示された。それを確認しながら、ライトは銃を構える。
「私は、皆さんを信じます。共に、戦う!!」
そう言ってライトは異質な姿へと変えた拳銃の引き金を引く。
すると、拳銃から射出されたのは、弾丸ではなく鋭い熱光線だった。
音速を超えて襲い掛かるその光線は、的確にホログラムが映し出す核を貫く。
「ア゛「ヤケル「アツイ」」ア゛「タスケテ」「コロシテ」ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
熱光線に貫かれた体は、修復することなく焼け爛れる。拳銃の側面に表示されたゲージを確認したライトは、状況の変化に追いつかないセイレイ達へと向けて叫ぶ。
「あと、三発!!……すみませんが皆さん、攻撃の陽動を頼みます!!私がその隙に核を狙う!!」
「ライト……!」
noiseはライトの言葉にこくりと力強く頷いた。それから、短剣を再び低く構え、亡者の果てに対峙する。
「——任せろ。二人とも、準備はいいな?」
「分かった、ライトのサポートだね」
「はいはい、面白そーだし手伝うよ」
三人は、亡者の果てを取り囲むようにして、再び駆けだした。
[緑、か。すげえな]
[かっけえええええええ]
[3000円使用。残り支援額6500円か]
[残り弾数は3発だったか。リロードは可能だけど……]
[誰かスパチャ送れる人いない!?]
[ごめんもう送った]
[俺も……]
[……もう、この支援額で決めるしかないのか]
明確に決められた勝利条件。そのコメント欄を見て、ホズミは勇者たちに指示を出す。
『——なるべく、スパチャブーストの使用は避けてください!ライトさんのスキルに賭けましょう!!』
亡者の果ての背後からファルシオンで切り裂くセイレイ。彼はバックステップで距離を取りながら大声で返事した。
「分かった!!でも万が一の時は使って大丈夫だよな!?」
『はい、無駄遣いしなければ大丈夫です!!ここで決着を付けましょう!!』
「任せろ!!」
彼らは、ついに戦いに活路を見出した。
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「スパチャブースト”緑”!!」
[ライト:光線銃]
弾数の底が尽きたのを確認したライトは、すかさず宣告する。再び拳銃を緑色の光が覆い、その全体を光線銃のそれへと変化させた。
それから、亡者の果ての攻撃を誘導しているnoiseに向けて叫ぶ。
「noiseさん、もう少し左側に向けれますか!!」
「分かった、任せろ!」
noiseは華麗なサイドステップを繰り出し、亡者の果ての攻撃を躱す。次いで、短剣での突きを繰り出して素早く注意を引く。
「——ありがとうございます!」
ホログラムを確認しながら放つ熱光線が、再び的確に核を貫く。徐々に焼け焦げた範囲が広がり、亡者の果てに浮かぶ顔が大きく歪みだした。
「ア゛「ナンデ「ワダジハ」」ア゛「オワッテ」ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
地面にのたうち回るように、亡者の果ては大きく転がる。その隙に、セイレイとディルが躍り掛かった。
「ぜああああああっ!!」
「ちゃーんすっ」
夜空に煌めく流星のような剣戟が、チャクラムが描く光の螺旋が、素早く亡者の果てを切り裂く。
核を破壊されたことにより修復速度が低下しているのか、明らかに傷が塞がる速度が追い付いていない。手を休めることなく、二人は起き上がるまで何度も剣で切り裂いた。
吹き出した血液が、焼けただれた皮膚に重なる。もはや声を上げることすら苦痛なのか、徐々に呻き声が漏れ始めた。
「ア゛……ア゛……イヤダ……マダ、マダ……」
「もう、安らかに眠ってください。時には休息も、大事でしょう」
そう言ってライトは、光線銃から再び熱光線を放つ。もはや起き上がる気力すら残っていない亡者の果てに対し、的確に核を貫く。
決着は、もはや眼前に迫る。
「これで、最後です!!」
ライトの放つ熱光線は、ついに亡者の果てを貫く。苦悶の声すら、もはや届かない。
ゆっくりと崩れ落ちる魔物。重く、鈍い音を響かせ、土煙を舞い上げる。
そして、もう二度と、動くことはなかった。
——しばらくして、亡者の果てだった身体が、灰燼と化していく。勇者一行は、その最期を静かに見届けた。
灰燼は大気中に溶け込む。
もはや痕跡の消え去ったそこには片手台の巨大な魔石と、そして複数の手紙が残される。
「……なあ、これはなんだ?」
セイレイはゆっくりとその手紙を拾い上げた。
その手紙の正体に気づいたのか、ライトは急いで拳銃をホルスターに戻し、セイレイの元へ駆け寄る。
「セイレイ君、それを見せてください」
「……?あ、ああ」
困惑しながらも、セイレイはライトにその手紙たちを渡した。ライトはぱらりと手紙の一つ一つを取り出していく。
そこには、懸命に治療に励んでくれた医療従事者への感謝の手紙が残されていた。
[先生へ
こんな大変な状況の中、懸命に助けようとしてくれてありがとうございます。でも、わかっているんです。私はもう助からないことが。わかっています、伝わっています。私達のことを守ろうとしてくれたこと。そして、忘れません。あなたのような立派な先生がいたことを。最後に、魔物に負けないでください。先生は、先生のままでいて下さい]
[本当に、ありがとうございました。私は、あなたのおかげで生き延びた意味を見つけられたんです。あなたが手を握ってくれたこと、最期まで忘れません]
[死にたくなかった。もっと、もっと生きていたかった。でも、生きててよかった。森本先生がいたから]
「……あーあ、せっかくの手紙が濡れちゃったよ、あははっ……あいたっ」
「さすがに空気読めよ」
ディルは冷やかすように笑ったのを咎めるように、セイレイは彼の頭をひっぱたいた。
頭を押さえて苦笑いするディルの目に映るのは、手紙の一つ一つを読みながら涙をこぼすライトの姿。
「……っ、ぅ……」
彼は、静かに、肩を震わせて、時々流れる涙や鼻水をスーツの裾で拭う。
ドローンを介して配信画面が映すのは、静寂に包まれた屋上庭園。
魔災に巻き込まれながらも、病院で生きていた人々の証。
そして、これからの世界を生きる人々の姿だった。
To Be Continued……




