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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
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【第二十一話(2)】 生きた者、生きる者(後編)

二度と戻らない命。二度と戻らない過去。

過去は、誰かが生きた証と言い換えることも出来る。俺の知らない誰かが存在した証明だった。

何気なく使っているペン、紙一つでさえも誰かが生きた証。

言葉(ペン)と剣が描く配信も、きっといつか、俺が生きた証になるのだろう。

だから、今は。

命と、向き合う。


「ヴァアアアア!!」

ゾンビは、唸り声を上げながら大地を這うように駆け出した。それから全身を大きく捻り、両手を軸としてセイレイ目がけて蹴りを繰り出す。

「――っ!!」

その蹴りをセイレイは剣で受け止める。だが、彼が思った以上にその蹴りの威力は激しく、耐え切れない。

鋭い蹴りが打ち勝ち、セイレイは勢いよく弾き飛ばされる。

「っぐ……!!」

「セイレイッッッ!」

そのまま防音材が捲れアスファルトの露出した、壁に叩き付けられたセイレイ。そのまま壁に沿うようにしてずり落ちるのを目の当たりにしたnoiseは慌てて駆け寄ろうとする。

しかし、セイレイの命の灯火は潰えていない。

「姉ちゃん、俺は大丈夫……!まだ戦える……!」

「……大丈夫、なのか?」

だが、セイレイはnoiseが駆け寄るのを制止した。彼女はどこかもどかしそうに前傾姿勢となっている。

だが、戦えるのを見せつけるようにセイレイは再び剣を構えた。

それでも納得が行っていない様子のnoise。

そんな彼女に対し、ドローンのスピーカーからホズミは状況報告を行う。

『勇者、体力3割減少。継続戦闘可能です……?』

明らかに以前よりも受けるダメージが減っている事にホズミも困惑を隠せていない様子だ。

以前はゴブリンの一撃で瀕死寸前であったはずなのに。

――だが今は事実として、配信画面に映るセイレイの体力ゲージは問題なく戦えることを示している。

どこか不可解な現象が起きていることに疑問渦巻くnoise。だが、答えの出ない現状に諦めて大きくため息を付いた。

「……分かった。命に危険が迫れば直ぐに止める」

「うん。それで大丈夫」

そうして再び、noiseは短剣を正面に構える。

ゾンビは「ヴァア……」と低く唸りながらじっくりと二人を睨む。

[思ったんだけどさ、蹴り技を封じることが出来れば良いんじゃないか?]

[↑どういうこと?]

[いやさ、殴る時って両足で踏み込むじゃん。でも、あのゾンビは片足しかない]

[てことは蹴り技を封じれば]

[機動力を奪うことも出来て、なおかつ攻撃手段を断つことが出来るはず]

[結局皆アドバイスしてるじゃん……]

[どうせなら生きて欲しいしな]

[セイレイ達にしか出来ない配信だからさ、やっぱ死んで欲しくないよ]

『……ふふっ』

どこか人の温もりを感じるコメント欄に、ホズミが苦笑する声がホズミから零れた。

「……どうしたホズミ?」

『い、いえ、なんでもありません!』

戦闘中と言うことも忘れ、セイレイは困惑。ちらりとドローンに視線を向ける。

コメントを見る余裕が無い為、一体何に微笑んでいるのか彼は理解できなかった。

ホズミの小さく咳払いする声がした後、再びナビゲーターとして彼女は指示を出す。

『二人とも、ゾンビの蹴り技に警戒してください。それさえ封じ込めれば勝機が見えるはずです』

「分かった」

「任せろ」

勇者と盗賊は、各々の得物を握り直す。それを待っていたかのように、ゾンビは左右に蛇行するように駆け出した。常に彼等の視線を切るように、素早く、大きく駆け抜ける。

[多分noiseの方見てるな]

[盗賊警戒して]

[この動きなら多分左側から来る。重心が左に寄ってる]

[お前らすげえよ]

[これを使って! 1000円]

『盗賊、左サイド警戒!』

ホズミの簡潔かつ冷静な指示に、noiseは左側に視線を向けつつ頷く。

「分かった」

身体を捻り、noiseはタイミングを合わせて突きを繰り出す。だが、それを予期していたのかゾンビは突如として急ブレーキを掛け、その攻撃を躱した。

「くそ、頭が回るな」

「スパチャブースト”青”!!」

だがその隙を逃すまいとセイレイは宣告(コール)する。コメントログにシステムメッセージが表示されると同時に、彼の両足を青く、淡い光が纏う。その刹那、セイレイは大地を蹴り上げた。

闇夜を貫くような青い光が、ゾンビ目がけて襲いかかる。

その光と、ゾンビが重なる瞬間、セイレイは大振りに剣を振り抜く。

「……ごめん」

セイレイは、小さく、誰にも聞こえないように声を漏らした。

ファルシオンが描く軌跡は、ゾンビの残っていた右足に重なる。

「ヴァアアア……!!」

その剣戟に伴って、大きく空へと舞い上がる右足。苦悶の声を浮かべながら、ゾンビは地面を這いずる。

もはや立ち上がることは出来なかった。

「……決着、か」

noiseは構えた姿勢を解き、ゾンビを見下ろす。

両手で這いずり、それでも尚立ち向かうことを諦めないゾンビ。まるで、生を諦めていないように、何度も、何度も両手を使って地面をなぞるように進む。

[生きたかっただろうな]

[なんていうかさ、生きるってこういうことを言うんだろうな]

[やっぱり、何と戦っているんだろう]

[わからない……]

セイレイは、ファルシオンを両手で握り、高く頭上に振り上げる。

どこか寂しげな、今にも泣き出しそうな表情を浮べながら。

「……辛かったよな、生きたかったよな。傷つけてごめん……でも、俺は生きなきゃいけないんだ。前に、進まなきゃ」

「ヴァ……ァ……」

彼の声が届いたのかは分からない。ゾンビは地を這うのを止めて、静かに目を閉じた。

彼に向けて、セイレイは勢いのままに剣を振り下ろす。


----


生命の絶えた彼の肉体は、灰燼と化すことはなくそこに留まり続けた。

「魔物じゃ、無かった」

noiseはその亡骸を見ながらポツリと呟く。勇者一行が倒したゾンビ。

彼は紛れもなく、人間だった。

「……ん?」

セイレイは床に倒れ伏した亡骸の身体に、一冊の手帳が覗いていることに気付く。

「おい、先を急ぐぞ……それは?」

「……この人の手帳みたいだ」

二人は何故かその手帳から目を離すことが出来ず、ぱらりとその手帳を開いた。

配信画面に映るように、空を泳ぐドローンはセイレイの隣に並ぶ。

その手帳の名前欄には、[荒川 大地(あらがわ だいち)]と綴られていた。


[1月15日]

サッカーをしていると左足が痛む。肉離れでもしたかと思ったけどいくら身体を休めても治らない。

気になったから近くのクリニックに行ったけど、先生が険しい顔をして大きな病院で見て貰ってくださいって言う。

なんだか怖い。こうして手帳に書き起こすと気持ちが落ち着くので書いていく。

[1月22日]

なんだか、病院って怖いというイメージがある。テレビの切羽詰まったイメージしか持ってないから、どういうところか知らない。

知らないのは、怖い。山岸先生も険しい顔をするくせになにも言わなかったし。不安ばかりが募る。

嫌な想像ばかりが過る。早く答えを知りたいけど、答えを知りたくない。真逆が俺の中でぐるぐると繰り返す。

[1月25日]

骨肉腫?とかいう病気らしい。

癌、という言葉を聞いて頭の中が真っ白になった。

今日はこれ以上書く気にならない。

[3月21日]

母親にはかなり迷惑を掛けた気がする。ご飯を食べても、バリアがかかったみたいな。何度口に運んでも跳ね返る。

喉を通らないってこういうことを言うんだ。知りたくなかったな。

友達と遊んでいても、彼女とデートをしていても、頭の中から離れない。ずっと、ずっと。

ごめんなさい。ホワイトデーにまともなお返しも出来なくて。

でも、話せなかった。言えなかった。

知らないから。どんな反応をするのか、どんな感情を向けられるのか。

怖い。怖い。怖い。

[4月1日]

また一つ、俺は学年が上がった。先生は「また一つ大人になったという自覚をしてください」って言っていた。大人になるってどういうことなのか、意味が分からない。情報欲しさにインターネットから情報を探っていたけれど、時々偉そうに説教を繰り返す大人もどきの人達がいた。こういう人達のことを大人って言うんだろうか。俺には分からない。

[4月8日]

入院の日が来週に決まった。どうやら、癌が進行した足を切るらしい。

もう、誤魔化しも効かなくなってきた。俺は全てを打ち明けざるを得なくなった。

[4月14日]

明日はついに入院をする日だ。それと同時に、俺の右足に別れを告げることが確定する日でもあった。

どうやら切断した右足は火葬される、と言う話を聞いた。あくまでも、俺自身の欠片として、一つの命として扱ってくれることに感謝しかない。

ずっと友達と、彼女と過ごしていたから日記を更新するのを忘れていた。

なんでもっと早く言わなかったんだろう。時間は有限だって分かっていたはずなのに。

[4月30日]

分かってはいたけれど、どうしても慣れなかった。これから先の長い人生、右足がない状態で生きるのか。

そう思うと目の前が真っ暗になったみたいで、何も考えられなかった。

時々看護師さんが話を聞きに来てくれたけど、心がぐちゃぐちゃだった俺は「どうせ仕事だからなんだろ」とか言った記憶がある。本当にごめんなさい。

[5月5日]

昨日の夜は俺の隣で過ごしていたおじいちゃんの周りが慌ただしかった。どうやら体調が悪くなったらしい。あまり詳しいことは教えてもらえなかったけど、なんとなくやばいのは分かる。

必死に怒ったように叫んでたのがずっと耳に残ってる。

その晩は、ぐるぐるとその声が頭の中で響いて寝れなかった。

起きたときには、おじいちゃんのベッドは綺麗になっていた。

元から誰も居なかったみたいに、綺麗さっぱりになっていた。

その日のお昼になると、そこに違うおじいちゃんが入ってきた。気さくなじいちゃんだったけど、俺は前にいた渋い顔のおじいちゃんの方が好きだった。こんなにも呆気なく、人は居なくなるなんて。

なんとなく、そこにおじいちゃんの名残を求めたかった。

[5月7日]

生きるってなんだろう。最近ずっとそんなことばっかり考えている。

答えは見つかりそうもない。

[6月12日]

ついに退院となった。看護師さんにいつの日か嫌なことを言ったことを謝ったけど、「慣れてる」と笑って誤魔化されてしまった。人の命の重みと向き合うとはどういうことなんだろう。分からないけど、今はこれからの人生を大切にしようと思った。


……煤と埃が重なり、それ以降のページは読むことが出来なかった。

だが、後ろの数ページだけは、辛うじて読むことが出来た。


[12月17日]

意味が分からない。なんでこんなことになってるんだ。

ゲームの世界かと思った。皆居なくなった。何がどうなったのか分からない。

病院の外は慌ただしいし、スマホもネットに繋がらない。

分からないのは怖い。何も情報が入らない。

怖い、怖い。誰か教えて。これから先どうなるのか。

この世界はどうなるのか。

[1月20日]

日に日に弱っていく俺が分かる。

あの日、突然居なくなったおじいちゃんを思い出す。いつか、俺が死んだ時。また新しい人が俺の名残を塗りつぶすのかな。

荒川 大地という人間がいたベッドが消えて、新しい名前のベッドがそこに作られるのかな。

俺はここにいたよ。いたんだよ。

それだけは分かっていて欲しい。

でも、もう少しだけワガママを言うなら。


もっと、生きたかった。


----


そこで手帳は終わっていた。

セイレイは静かに、その手帳を亡骸の上に置く。それから両手を合わせて、目を閉じた。

noiseもそれに合わせるようにして両手を合わせる。

彼等が戦ったのは、紛れもない人間だった。かつて魔災が起きる前の世界を生きた人々だった。

「姉ちゃん、生きよう。俺達は、この人の思いを無駄にしてはいけない」

「……そうだな。私達が彼の想いを残さないと」

『……進みましょう。ディルの元へと。彼の思惑を探らなければ』

勇者一行はこくりと頷いた。

そして、検査室の奥へと再び駆け出す。


[生きること、か]

[どうコメントしたら良いのかわかんないけど、俺達は生きてるもんな]

[そうだな。俺達だけは忘れないようにしようぜ]

[ありがとう。荒川君。君のお陰で大事なことを思い出した気がするよ]

コメント欄に文字を打つ人々も、紛れもなくその世界を――かつての世界を生きた人達だった。

過去を生きた人と、今を生きる人。

その繋がりは、決して消えることはない。


To Be Continued……

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