【第百三十七話(2)】知らなければならないこと(後編)
俺達はダイニングテーブルを囲うようにして座っている。
「まず、魔災が起きた直後……私が見たのは、興奮する男子生徒の姿でしたね」
そんな中でまず、雨天は話を切り出した。
「興奮?魔物が出たことにか?」
俺がそう言葉を返すと、雨天は「はい」と頷いた。
「ゲームでしか見なかった魔物が、目の前にいるんです。ゲームが好きな男子生徒なら興奮するのもやむなしです」
「まあ、そうか……」
「ただ、その男子生徒もゴブリンに刺されて死にましたが」
「……」
現実とは非情なものだ。まず雨天が語ったエピソードに、絶句せざるを得なかった。
「ゲームと現実は違う。頭でわかっていても、それを直ぐに理解できる人はそういないです……」
「そう、だな……現実離れした現象だ。理解しろというのが難しいだろうな」
「ですっ」
雨天の話が終わるのを待っていた有紀は、腰に巻いた”ふくろ”から一冊のキャンパスノートを取り出した。
そのノートを見た須藤が軽く目を見開く。
「一ノ瀬、これは……海の家集落で出したものだな?」
「うん。配信内では出してないから改めて説明するけど、私が一人で行動していた時に調べた情報を纏めたノートだよ」
ノートの存在は、俺と穂澄、須藤しか知らない。その為に有紀は改めてキャンパスノートの詳細について説明した。
ぱらぱらとノートをめくりながら、有紀は話を続ける。
「ダンジョン以外にも、私は色々と調査していたんだ。魔災当時のことをね」
「魔災当時のこと?」
須藤が言葉を反復するのに対し、有紀は「うん」と頷く。
「訪れた集落で、魔災の日に何が起こったか聞いて回った。魔災で命を落とした人の状況とか、ね」
有紀は目的のページを見つけたのか、ある箇所を指差した。
そこには”魔災被害記録”と記されている。
几帳面な有紀の性格が出ているのか、簡潔に魔災によって命を落とした人の情報が纏められていた。
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30代 男性
場所:大型スーパー
時刻:15時頃
概要:崩落した天井に足を挟まれ、逃げられなくなった模様。そのまま、胸部をオーガが持つ棍棒によって叩き潰され圧死。
死因:胸部を粉砕されたことによる圧死。
20代 女性
場所:ショッピングモール
時刻:18時頃
概要:娘と共に来店していた。一人逃げ出すことに成功したが「おかあさん」という声を聴き店内へと戻る。その後、邂逅したゴブリンによって刺殺される。
死因:動脈損傷による出血性ショックと推定される。
50代 男性
場所:パチンコ店
時刻:22時頃
概要:周囲の人達を率先して逃がしている最中、背後からインプの熱光線によって貫かれる。
死因:心臓穿孔による致命的外傷。
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「……っ」
あまりにも簡潔に、凄惨さが伝わる記録に息が詰まるような気分になる。
皆が絶句しているのが伝わったのだろう。有紀は静かにキャンパスノートを閉じ、”ふくろ”へと戻した。
「まだ……これでも序の口だよ。私達は、そんな人々の犠牲の上に生きていること……改めて認識した方が良いと思う」
「空莉が言っていた意味、ようやく分かったよ。俺……幸せな方だったんだ」
ちらりと空莉へと視線を送ると、彼は苦笑を漏らした。
「やっぱ聞いていたんじゃん?セーちゃんに面と向かって語った記憶ないんだけどなあ」
「この際別にどっちでもいーだろ。俺達の知らないところでも色んな人が生きていたことを、誰かが覚えていないといけないな」
「うん。この世界に脇役なんていない。部外者なんて、誰一人としていないんだ」
「……センセー……」
俺は、ふとセンセーの言葉を思い出す。
かつて集落で過ごしていた頃、遠い目をしてセンセーが語った言葉だ。
——俺だって、冷酷な考えでこんなことを話してるんじゃない……。助けられるなら、妻や娘を助けたかった。だが、俺にはその力が無かった……。
「……センセーも、魔災の被害者なんだ」
思わず、そんな言葉が漏れていた。
当然のことだというのに、そんな当然のことに気付いていなかった。ただ倒すべき魔王セージとして認識するばかりで、俺は大切なことを見逃していたことに気付く。
「俺達が戦うのは、確かに魔王セージだ。だが、それ以前に……魔王だって、千戸 誠司という一人の人間なんだ」
「……人間……」
道音は、俺の言葉を反復する。それから、こくりと頷いた。
彼女の反応に気づいた俺は、道音に向けて話を続ける。
「道音、いつかの日に言ってたよな。四天王も、魔災以前は普通に生きていた人間だって」
「言った。そして、実際に私含めた四天王は、紛れもなく人間だったでしょ」
Dive配信:雨天 水萌。
Relive配信:船出 道音。
Drive配信:荒川 東二。
Life配信:青菜 空莉。
確かに思い返せば俺達が戦った四天王はいずれも、魔災によって生まれた世界に苦悩しながらも生き抜く者達だった。
そこには、誰一人として例外なんていない。
「……沢山の人の命を奪った理由。俺達はそれを知らないといけない」
俺は椅子から立ち上がり、決意の言葉を胸にした。
「配信の準備をするぞ。魔王城へ行こう」
ついに、決着の時が近づく。
★★★☆
どれだけ見渡せども、辺り一面を埋め尽くすのは禍々しい装飾のみ。
自らが生み出した世界とは言え、こうも変わり映えのない陰鬱とした環境には辟易とする。
不快感を誤魔化すように大きくため息を吐く。
その時、背後から一人の少女の声が響いた。
「おや、随分と悪趣味じゃないか。これが君が生み出した世界かい」
金色の長髪を揺らす、プリントされたTシャツの上から白衣を羽織った一人の少女だった。彼女はのんびりと大きな欠伸をしながら、俺の顔を覗き込む。
「……瀬川 沙羅か」
「面白くない反応だね。うわっ、びっくりした!くらいは言って欲しいものだが」
そう言って、俺の前に立つ瀬川 沙羅は「あははっ」と声を上げて笑う。
確かに、俺が生んだ世界は何の捻りもない、いかにも悪の根城と言ったものだ。
だが、これでいい。
「魔王城に特別な捻りなど要らぬだろう。我は世界を滅ぼす存在……魔王セージなのだから」
「配信者としては落第点も良いところだよ」
「生憎、我はインターネットに疎いものでな」
のらりくらりと言葉を交わす瀬川 沙羅。彼女に張り合うように言葉を返すように試みるが……どうにも通用している気がしない。
「まあいいか。そこは怜輝達が上手いことやってくれるか……盛り上げてくれよ?最後の配信をさ」
「任せろ。我の出せるもの全てを使ってやる」
「ふーん。ずいぶんと配信に対して情熱的だね。そんなに望む世界があるのかい?」
瀬川 沙羅は俺の胸中を見透かしたような笑みを浮かべる。実際、俺の望む世界などとっくに理解していてもおかしくはない。
そして、予感は的中する。
「ま、おおかた奥さんと娘さんの居た世界へと戻る……ってところだろうけどさ」
「……やはり、お見通しか」
「目的が何であれ、別に盛り上がるのなら何でもいいけどね。じゃあ、またね」
一方的に言葉を押し付けた後、瀬川 沙羅は全身をホログラムと変え、姿を消した。
彼女が先程まで存在していた場所を睨みながら、ぽつりと呟く。
「他愛ない日常を奪い去ったお前を、俺は許しはしない」
To Be Continued……




