【第百三十七話(1)】知らなければならないこと(前編)
「はーい、こーんにちはっ!噓から出た実、秋狐ですっ☆今日も元気に頑張りましょうっ」
秋狐はわざとらしいほどまでに明るい表情を作り、リビングに颯爽と現れた。
ダイニングテーブルに座る俺達の前でくるくると踊るように歩みを進めたかと思えば、いきなり空莉を指差す。
「さあ、空莉君っ!お聞きしましょうっ!」
「えっ、僕!?」
いきなり名指しされるとは思っていなかったのか、空莉はぎょっとした表情で自分を指差す。
反応に困っている空莉を他所に、秋狐は大きく飛び跳ねた。
「おい、フローリングを傷つけるな。秋城」
キッチンに立つanotherが秋狐の行動を咎めるが、彼女はどこ吹く風。
「今日の天気はなーんだっ☆」
「え……晴れ?」
「ぶっぶー!」
空莉の回答に対し、秋狐は両手でバツを作る。
それから思いっきりカーテンを引っ張って開けた。カーテンを乱暴に扱うものだから、またanotherが「おい!」と怒る。
カーテンを開けた先に広がる空の色は……赤黒く重い、歪んだ空だった。
「正解はぁーっ!暗雲でしたぁー!!」
窓の外に広がる景色を指差す秋狐。
時間をおいて、彼女は大きく項垂れる。
「……暗雲だよ……はぁ」
「テンションの落差酷くないですか」
雨天は冷めきった声音でそうツッコんだ。
「そりゃ暗くもなるよ、まさに曇天の如し」
「ボケる余裕があるなら大丈夫そうですね……」
「ボケないとやってられないよ、こんなの」
秋狐は項垂れた姿勢からゆっくりと顔を起こす。それから、改めて外の景色に視線を送る。
「魔王もさ、運営もさ、配信というものを分かってないよね。ただ承認欲求の道具として消費するなんて言語道断」
「俺もそれに関しては同意だな」
俺は秋狐の意見に割って入る。全員の視線が俺に移るのを待ってから話を続けた。
「あまりにも配信を介して世界の皆を傷つけすぎだ。そこまでやる必要があったのか?」
「……そうでもしないと、皆がセイレイ君の配信に関心が向かないから」
穂澄はぽつりと呟いた。
「え?」
「魔王が生まれる前のセイレイ君の配信は、あくまでも任意で見るものだった。だって、見なくても自分達の生活には何の影響も無かったから」
「そうだな……俺達はただ手段として配信を利用しているに過ぎなかった」
「うん。ただ、魔王が生まれて世界が滅茶苦茶になったことによって……Sympassに、セイレイ君の配信に価値が生まれた。唯一、世界を救う可能性のある存在として」
「……ああ」
「仕立て上げられたんだよ、全部。”勇者セイレイ”を作る為の……お膳立てだった」
穂澄は苛立ちの滲んだ声音で、そう吐き捨てる。
千戸 誠司は、一体どこまで俺達と向き合っていたんだろうか。
瀬川 怜輝の人格を模して作られただけの、作り物の俺をどう捉えていたのだろうか。
「千戸先生は、魔災前までは良い先生だったんだ。生徒の一人一人と向き合ってくれる、本当に良い先生だった」
有紀は遠い目をして、そうかつての担任教師への想いを語り出した。
「私が女性の……今の身体になった時。千戸先生は私が問題なく復学できるように働きかけてくれた。保健室の先生と連携して、女性として生きることが出来るように支援してくれたり……本当に助かったよ」
「ゆきっち……」
最も近しい存在である道音は、有紀の隣に静かに寄り添う。
「私が私で居られるように。千戸先生は、私にそう教えてくれた」
それから、彼女も秋狐の隣に立ち、外の景色に視線を送る。
「一人だと、間違えた方向に進んでも気付かないんだ。誰かが隣に立って、正さないといけないよ」
「そっか、有紀ちゃんも一人で生きてきたんだもんね」
「うん。皆と出会っていなかったら、今の私はいない」
秋狐が柔らかな笑みを浮かべながら語り掛ける。
その笑みを受けて、有紀は俺達をぐるりと見渡した。
「終わらせよう、こんな世界。千戸先生だけじゃない、運営にも一言物申さないと気が済まない」
「うん、”お問合せ”しないとねっ!」
配信サイトに準えて意気込む秋狐に対し、有紀は呆れたようにため息を吐く。
「紺ちゃんは空気読んでね」
「えへっ」
「褒めてないよ」
話が一息ついたタイミングで、須藤は静かに話に割って入る。
「俺の目からすれば、千戸さんは真っ当な大人に見えた。節穴だったのか?俺の目……」
俺達が配信を始める前に出会っていた須藤は、どこか後悔の滲んだ表情を浮かべる。
穂澄は、内に秘めた苛立ちの炎を押しとどめるように吐き捨てた。
「……大人なんて、どうせ本心を隠してばっかりだよ」
「穂澄ちゃん、そんな言い方」
「じゃあ何でッ!私達と敵対しなきゃダメな育て方をしたのっ!!」
須藤が穂澄の言葉を咎めようとした瞬間、彼女は怒りを露わにする。
突然怒鳴り声を上げるものだから、俺達はぎょっとした様子で穂澄に視線を向けた。
「ほ、穂澄?」
「だっておかしいでしょ!?私もセイレイ君も!センセーに色々なことを教えてもらったっ!間違えた方向に進まないようにって、沢山愛情を恵んでくれたっ!」
「それは……」
「なんで、なんでなんでなんでっ!自分の思い通りにしたいのなら、私達を共犯者として育てるべきだったんだよ!?なのに、何故かセンセーは私達を世界の希望として育てたんだ!おかしい、絶対おかしいの……!」
「……」
「何を隠してるの、センセー……センセー……」
それ以上は言葉にならなかった。
穂澄はダイニングテーブルへ突っ伏すようにして、肩を震わせる。
隣に座る幼馴染の肩を叩きながら、俺は改めて宣言した。
「……理解しよう、センセーのこと。俺達は、勇者一行として最後の時まで一貫するべきだ」
「まあ、この中にセイレイ君の意見を否定出来る人はいませんね……」
俺の言葉に雨天は肩を竦める。
それから、何かを思い立ったようにじっと俺を見据えた。
「セイレイ君。たしか、魔王セージは、魔災が起きることを知らされていた人物でしたよねっ」
「あ?ああ、商店街ダンジョンで見た追憶のホログラムで映し出された光景のことか」
そう言葉を返すと、雨天はこくりと頷いた。
「はいっ。ただ一人、誰にも話せないままそれを抱え込んだ苦悩。私達はそれを考えるべきかもしれませんっ」
「……なるほどな」
「私も、自分の想いを抱えて塞ぎ込んでいましたから。なんとなく、理解できるかもです」
そこで言葉を切り、雨天は改めて俺達に意見する。
「一度、私達は魔災というものがどれほど恐ろしい災害だったのか……それを改めて、再認識しましょうっ」
To Be Continued……




