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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑦ターミナル・ステーション・ダンジョン編
222/322

【第七章】終幕

 生きる、零から。だから、(せい)(れい)

 ……セイレイの由来として最初に聞かされていた言葉だ。

「……やっぱり、零からだった」

 私――一ノ瀬 有紀は、ポツリと言葉を漏らす。

 魔災に伴って、何もかもがリセットされた世界で生きるという末路を辿ったからではない。

 そもそも、セイレイは作り物だった。

 魔災以前の記憶など、無くて当然だ。


☆☆☆☆


 ターミナル・ステーションでの配信を終えた私達は、拠点に戻るその時まで言葉を交わすことはなかった。

 そもそも、どのような言葉を交わすべきなのかさえ分からない。

「……戻ろう」

 これから、何をするべきなのだろう。勇者を失った私達は、一体。

「ディル」

 そんな時、穂澄はディルの名前を呼んだ。

 ディルはまるで、死人のように虚ろな目をして振り返る。

「……何?」

 穂澄は、静かに右手の拳を強く握った。華奢な身体が、ゆっくりと小さく揺れる。

 それから。

 

「――っ」

 身体の勢いに任せて、思いっきりディルを殴り飛ばした。 

 吹き飛んだディルは地面に手を突き、力なく項垂れる。

「ホズちゃんっ!ダメだっ!!」

「ディルのせいだ……ディルの、ディルのせいでっ!」

 すかさず空莉が穂澄を羽交い締めにする。だが、穂澄の怒りは留まるところを知らず、何度も身を捩らせて空莉の拘束から身を解こうとしていた。

 だが、当のディルは自嘲の籠った笑みを浮かべて、へらへらとするのみだ。

「……気の済むまで殴りなよ。そうさ、ボクが……全ての元凶さ。ボクが、瀬川 沙羅に情報を与えなければ、魔災は起こらなかった」

「やっぱり、お前のせいでっ……!」

 ホズちゃんっ、と空莉は慌てて彼女の動きを止める。

 そんな二人を憐んだ目で見やりながら、ディルは更に言葉を続けた。

「……そして、セイレイ君は、セイレイ君になることもなく、あのまま死んでいたのかもね」

「――っ……う、ぅ……」

 穂澄は全身の力が抜けたように、だらりと床に膝から崩れ落ちた。

 拘束はもう不要だと判断した空莉が、静かに穂澄の脇から腕を引き抜く。それから、静かにディルに尋ねる。

「……セーちゃんは、一体どうなったの?本当に、消えてしまったの?」

「いや、きっと……還るべき場所に還っただけさ」

「還るべき、場所?」

 空莉は首を傾げる。

 彼の反応は予想通りだったのだろう。ディルは身体を起こし、話を続けた。

「”Tenmei本社”さ。ホログラムの実体化に関するデータはそこで管理されているんだ……きっと、その本社のある大都会に」

「セイレイ君がいるかもしれない……と?」

「あくまで、可能性の話だけどね」

 その話を聞いていたみーちゃんが、話に割って入る。

「なら、行こう。セイレイを迎えに行くんだ」

「……みーちゃん」

「セイレイがどんな存在であろうと……私達が信じたのは無邪気で、向こう見ずで、いつでも前を向き続けた、勇者セイレイだよ。私達が彼を否定するわけにはいかない」

 そう誓うみーちゃんの拳は強く握られていた。血流が停滞し、手のひらが赤く滲んでいく。

 彼女の言葉に、雨天が同意するように頷いた。しかし、そこにはいつもの健気な姿はなく、どこか空元気にも見える。

「……船出先輩の、言うとおり……ですっ。私達は、行かないと、行かないとなん、です……」

 徐々に、雨天の声が途切れ途切れになる。彼女の瞳に、涙が滲む。

「やだ、やだよぉ……セイレイ君、なんでいなくなっちゃうんですかあぁぁ……」

「……雨天ちゃん、大丈夫だよ」

 みーちゃん自体も、何が大丈夫なのかは理解できていないだろう。

︎︎だがそれでも、泣きじゃくり始めた雨天を抱き寄せて、優しく彼女の頭を撫でる。

 その中で、須藤は何やら物思いに耽るように、スマートフォンを触っていた。

 しばらくしてから、意を決したように己の意見を主張する。

「一ノ瀬」

「……どうした?」

「Sympass本社は、確か都心にあるんだったな?電車で行かないといけないほど、遠くにある」

「ああ。だが、私達は徒歩以外に移動手段を持ち合わせていない……」

 だが、須藤は私の意見を否定するように、突拍子もない言葉を発した。


「いや、移動手段ならある。空から行けば良いだろう」

「……冗談で場を和ませようとしているのか?空気を読めよ」

 一体、藪から棒にこの男は何を言っているのだろう。

 だが、須藤の表情はいたって真剣そのものだった。

「俺は、運営権限を持ち合わせている」

「ん?そうだな?」

「そして、元運営権限の所有者である船出のスキルは”ノアの箱舟”。船出との配信で、体育館はどうなった?」

 須藤の言葉に、私は塔出高校での配信を思い返す。

 確か、みーちゃんが”ノアの箱舟”を発現させた時、体育館は船の形に削れて、空高く――。

「……あっ!」

「ようやく理解したか。運営権限と、船出のスキル。2つを合わせれば、自由に空を移動することが出来る」

 その打開の鍵が、みーちゃんにあると彼女も理解したのだろう。

 みーちゃんは、周囲からの視線をもろに受けながら苦笑いを零す。

「……あはは。ピーターパンの映画再現でもやれって?」

「ちょうどフック船長だしな」

「うるさいなあ」

 須藤の冗談じみた返答にみーちゃんがむくれる。それから、納得したように真剣な表情を作った。

「うん。分かった、やるよ……だって、それしかないんでしょ?でも、前にも行ったとおり、都心全てがダンジョンになってる。準備は念入りに行こう」

「都心全てが、ダンジョン……」

「少なくとも今までの常識は通用しないと思った方が良いかもね。敵の数も比べものになら無いと思うよ」

「そっか……できる限りの準備はしていこう」

 セイレイを失ったことにより、絶望が取り巻いていた。

 しかし、皆の言葉によって生まれた微かな希望。


 そんな私達の前に、一人の少女の声が響く。

「……ねーねー。私のこと、忘れてないよね?」

 場違いなほどのんきな声音と共に、空間が大きく歪む。それと同時に、ホログラムが一人の少女の姿を構築する。

 彼女の姿が完全に構築される前に、みーちゃんは申し訳なさそうに両手を合わせて謝った。

「ごめん、紺ちゃん!コラボ配信はまた今度に延期させて!」

「いや、私だってセイレイ君がいないとコラボする気にならないよ」

 やがて、彼女の姿が明らかとなった。橙色のウェーブがかった髪に、どこか機械的なデザインを模した和服を纏っている。

 秋城 紺。元Live配信を歌っていた、”秋狐(しゅうこ)”というアカウント名の少女だ。そして、私の元後輩でもある。

「あーもう、魔王め、余計な事しちゃってさあ……」

 そんな彼女は明らかに私怨の籠もった声音でぶつぶつと呟き、アスファルトの地面に転がった石をつま先で小突く。

 しかし、上手く蹴飛ばすことが出来なかったのか、小石は彼女の靴底を滑るのみだった。

「私だってさ、世界に希望がないと嫌だもん。配信者ランキング1位のセイレイ君がどこかにいなくなるなんて、Sympass運営としても望ましくないはずだよ。看板商品が、看板商品が!」

「言い方、言い方」

 相も変わらずあんまりな言い方を繰り返す彼女を窘める。

 だが、秋狐は可愛らしく口を尖らせたまま言葉を続けた。

「ぶーっ。そこで提案です有紀ちゃんっ」

「ん?何?」

「私を皆の仲間に入れてくださいっ。ほら、白のドローンの帰還ですよっ」

「……え?いいの?」

 こちらとしては、願ってもない話だ。

 白のドローンの元来の所有者である秋狐――紺ちゃんが配信に参加してくれるのであれば鬼に金棒、というものである。

 念のために穂澄の方へと視線を向けてみるが、さすがに秋狐の熱狂的ファンである彼女と言えども今はそれどころじゃないようだ。

 未だ虚ろな表情で秋狐を見やる。

「……私は、どっちでも。セイレイ君を、取り戻せるのなら……」

「きっまりー。さ、ドローン貸してっ。秋狐様のおなーりーっ」

 空気を読まない伸び伸びとした口調を繰り返す秋狐とは対極を成すように、元気なくドローンを差し出す穂澄。

 秋狐は嬉々とした様子でそのドローンに手を伸ばした。

「さっ、これからよろしくね?」

「うん、行こう」


「まだまだLive配信は終わらないよっ!吟遊詩人、秋狐!いざ参りますっ」

「吟遊詩人というには随分と近代的だね……」

 吟遊詩人、秋狐が新たに仲間として加わった。


 To Be Continued……

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