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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑦ターミナル・ステーション・ダンジョン編
220/322

【第百六話】瀬川 沙羅(1)

【登場人物一覧】

瀬川(せがわ) 怜輝(れいき)

配信名:セイレイ

役職:勇者

世界に影響を及ぼすインフルエンサー。

他人を理解することを諦めない、希望の種。

前園(まえぞの) 穂澄(ほずみ)

配信名:ホズミ

役職:魔法使い

瀬川 怜輝の幼馴染として、強い恋情を抱く。

秋狐の熱心なファンでもある。

一ノ瀬 有紀(いちのせ ゆき)

配信名:noise

役職:盗賊

男性だった頃の記憶を胸に、女性として生きている。

完璧そうに見えて、結構ボロが多い。

青菜 空莉(あおな くうり)

配信名:クウリ

役職:戦士

心穏やかな少年。あまり目立たないが、様々な面から味方のサポートという役割を担っている。

雨天 水萌(うてん みなも)

元四天王の少女。健気な部分を持ち、ひたむきに他人と向き合い続ける。

案外撫でられることに弱い。

・ディル

役職:僧侶

瀬川 沙羅の情報をベースに、ホログラムの実体化実験によって生み出された作られた命。詭弁塗れの言葉の中に、どこに真実が紛れているのだろうか。

船出 道音(ふなで みちね)

元Relive配信を謳っていた少女。過去に執着していたが、セイレイに希望を見出したことにより味方となる。やや気が強い。

須藤(すとう) 來夢(らいむ)

配信名:ストー

船出 道音より運営権限を引き継いだ、漆黒のパワードスーツに身を包む青年。今回の配信相手でもある。

千戸(せんど) 誠司(せいじ)

配信名:魔王セージ

世界に影響を及ぼす、最悪のインフルエンサー。もっとも世界の真相に近い人物。

 自分の身体を、風の通り抜けるような感覚が生みだされる。

 まるで、俺自身の身体にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような、風通しが良くなったような感覚だ。

 そんな中……どこからともなく、男性とも、女性とも取れる声が響いた。

『勇者セイレイ。言っただろう?お前は、瀬川 怜輝ではない、と』

「……違う。俺は、セイレイ——瀬川 怜輝だ」

 自分の脳裏に響く声を否定するように、何度も強く首を横に振る。

 だが、俺の呟きが聞こえたのだろう。

 無情にも魔王セージは俺の言葉を否定した。


「セイレイ。お前は、セイレイだが瀬川 怜輝ではない」

「……違う。違う……!」

 自分の思考に入り込むように、ジャミングがかった映像が刻まれていく。それと同時に、俺自身にも理解できない現象が生まれた。

「……セイレイ?お前、その、身体……」

 noiseが茫然とした表情で、俺を指差す。

 一体何があったのかと己の身体を見下ろした。そこには——。

「え、あ、あ……」

 俺の全身のシルエットが、大きくラグによって歪んでいく。それと同時に、ドローンのホログラムを介して映し出されるコメント欄にも困惑の声が生み出される。

[何が起こってるんだ]

[セイレイ?お前は一体何者なんだ]

[こんな配信誰が予想できるんだよ。勇者だよな、セイレイは?]

[え]

[……セイレイ君?あの、セイレイ君って一体何なんですか……?]

[やっぱり、こうなっちゃったか。こうなることがわかってたから、私はセイレイを消そうとしたんだ]

[船出先輩。教えてください。セイレイ君は、一体何者ですか?明らかに、今の彼は]

[もう、誤魔化せないね……]


 明らかに、配信を観ている視聴者の混乱している様相が映し出されていた。

 俺の存在が、徐々に希薄になっていく。手を伸ばせば、その姿がホログラムとなり虚空へ溶ける。

 死とは違う。

 まるで、俺の存在そのものが初めから無かったことにされているかのような、否定されたような気持ちだ。

「……俺は……」

 冷たい刃の如き恐怖が全身を切り刻む。


 その時、ディルは怒り狂った様子でストーからスマホを奪った。

「っ、ディル君……何を!?」

「ストー!運営権限使わせてもらうよ!もう、魔王の好き勝手に配信させるものかっ!こんな、こんなこと、やっちゃダメなんだ!」

 ディルはすかさずスマホを操作し”Sympass”を起動。

 配信を開始すると同時に、ディルの背中から純白の翼が伸びる。

「っぐ……!」

「無茶を止めろ。前提の書き換えには大きな代償を伴うこと、分かっているだろう?」

「じゃあセイレイ君に余計なことを言うのを止めろよ!希望をかき乱して楽しいのかっっ!」

「これも”気付きを与える”という意味ではお前がやっていることと同じだろう?我とお前の方向性は同じものだと思っていたがな」

「うるさいっ!スパチャブースト”赤”!」

[ディル:浄化の光]

 ディルは魔王セージ目掛けて右手をかざすと同時に宣告(コール)を放つ。すると、まばゆい光を伴った巨大な熱光線がディルの右手から放たれた。

 それと同時に、ディルは純白の翼をはためかせて高く飛翔。空中から、更に宣告(コール)を重ねる。

「っ、スパチャブースト”赤”!スパチャブースト”赤”!スパチャブースト”赤”あああああっっ!!」

[ディル:浄化の光]

[ディル:浄化の光]

[ディル:浄化の光]

 幾度と放たれる熱光線が、魔王セージを次々に貫いていく。土煙が舞い上がり、アスファルトがさらに抉れる。

 だが、ディルの身体はとっくに限界を超えていた。

「っ、あっ……!」

 突然、苦悶の表情を浮かべたかと思うとディルの背中から生えていた純白の翼が、その羽を撒き散らしながら虚空へと溶けて消える。

 揚力を失ったディルが、重力に伴って落下し始めた。

「ディル君っ!スパチャブースト”青”!!」

[クウリ:浮遊]

 それに対し、クウリはすかさず宣告(コール)を重ねる。ディルが着込む真っ黒なスウェットを浮かび上がらせ、地面に叩きつけられるのを防ぐ。

 ふわりと浮かび上がるディルをクウリは抱き寄せた。

「……はは。せめて抱き寄せられるなら、美少女が良かったかな。カッコつけたかったんだけどね」

「言ってる場合じゃないよね……っ!動かないでっ!!」

「ごめん。ずっと皆に言う必要があるのは分かってた、分かってて、誤魔化して、逃げた。真実ってのは、残酷……だよね」

「ディル君、一体君は、何をそこまでして……守ろうとしたの?」

「……っ」

 クウリの問いかけに対し、ディルは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら顔を背けた。

 介抱されながら、ディルは静かに横たわった。とっくに、身体の限界を迎えていたのだろう。

 ——だが、もう真実を語らないわけには行かないといった様子で、ぽつりと呟く。


「……セイレイ君は、ボクと同じ……作られた、存在だよ」


「……え?」

 思考が、止まる。

 違う。

 俺は、瀬川 怜輝。

 瀬川 沙羅の弟であり、実在の人物だ。

「なあ。ディル、詭弁もほどほどにしろよ……冗談、だよな?」

「……」

 ディルは、俺と目を合わせようとしない。

 代わりに”浄化の光”により激しく舞い上がる土煙を見つめていた。


 しかし、次の瞬間。

「先に答えを言われてしまったが……まあいい」

 重みのある低い声が、響き渡る。土煙の中から、ゆらりとひとつのシルエットが浮かび上がった。

「では、インフルエンサーとして再び”全世界同時生中継”を始めようか。生き残ったお前達には”真実”を知る権利がある」

 晴れ渡った土煙の中から、傷ひとつ付いていない魔王セージが姿を現した。その周囲を取り巻く土煙が、空間の歪みとなり掻き消えた。

「千戸先生……あなたは、一体何を伝えようとしているんですか……?」

 茫然とした様子で、一ノ瀬が問いかける。その姿は、未だ”金色の矛”によるスキルの影響で女子高生の姿のままだった。

「一ノ瀬、懐かしい姿をしているな。そうだ、かつての授業風景を思い出す」

「……こんなのは、授業でも何でもない。こんな世界をめちゃくちゃにしてまで、あなたは何を伝えたいんですか……!」

 一触即発の空気が、一ノ瀬から放たれる。殺気という殺気が、彼女を取り巻く。

 一ノ瀬はその自らから放たれる殺気を押しとどめるように、何度も深呼吸を繰り返す。

 

 魔王セージは、そんな彼女の様子を気にもせず、空高く手を掲げた。

「そうだな。授業か。まずは、空に浮かぶモニターを見てくれ」

 そう、魔王セージが視聴者に向けて語り掛けると同時に。

「……っ!?」

 晴れ渡っていた青空が突如として暗転する。

 夜空とは違う、星ひとつ存在しない、漆黒の(とばり)が空を埋め尽くす。更に、等間隔に巨大なモニターが空を埋め尽くすように姿を現した。


 脳裏に割り込む映像と、空に浮かぶモニターのそれがリンクしていく感覚が生まれる。

 自身の思考が覗かれるような不快な気分を抱く。


 ----


「瀬川 怜輝。彼は大企業、Tenmeiの社長……瀬川 政重の長男にして、何気ない日常を送っていたたった一人の少年だった」

 魔王の語り口調と同時に、映像に過去の俺の姿が映し出される。

 住宅街の中を楽しそうに、姉と共にはしゃぎ回る姿が映し出された。

 何故、俺にはそんな過去の記憶が無いのだろう。

 何故——。


「しかし、そんなある日、彼は交通事故に巻き込まれた。居眠り運転による、不幸な事故だった。その事故に伴い、瀬川 怜輝は脳の大部分の機能を失った、脳死状態となった」

 病院の中、いくつもの管に繋がれた俺の姿が映し出される。表情のない、無機質な人形と化した俺の姿。

 モニターの機械的な音と、空調の音のみがただ淡々と響き渡っていた。

「……セーちゃん……」

 クウリの悲痛に満ちた声が聞こえた。

 彼がかつて、「俺が脳死状態になったと聞かされた」という話をしていたのを覚えている。

 だとしたら、今ここにいる俺はなんだ。今、物事を考えて言葉を発する俺はなんだ。


「もう二度と、彼が目を覚ますことはないと知らされた瀬川 政重。しかし、彼は息子の生を諦めなかった」

 そう、淡々と映像の説明をする魔王セージ。彼が生み出したモニターに映るのは、苦悩する俺の父親——瀬川 政重の姿だ。

『……やはり、実行に移すしかない。怜輝……待っていろ、俺は、お前を生き返らせる』

「親父……」

 俺は、会った記憶のないその姿を見やりながら、そう呟いた。

 追憶のホログラムで何度も見たはずの記憶なのに、どうして他人のようにしか思えないのだろう。

『ホログラムの実体化。まだ構想の段階だが、これが成功すれば……!』


「……こうして。瀬川 政重はたった一人の息子を救う為”ホログラムの実体化”の実現に向けた研究を開始した……というのが全ての始まりだった」

「……なあ、魔王……センセー。俺は……どういう形で生き返ったんだ?」

 全身を刻むラグによって歪むシルエットのまま、俺はそう魔王に問いかけた。

 だが、魔王セージは「話には順序がある」と言って聞く耳を持たない。


「”ホログラムの実体化”……それは、ありのままに治す、という技術ではない。具体的には”似通ったもので補う”という技術なんだ」

「……?」

「これがディルの生み出される経緯にもつながる話でな。セイレイに最も近しい存在である、瀬川 沙羅の協力が必要不可欠だった。政重……あいつは、実の娘の人格を活用することを思いついていた」

「姉貴を?」

 話の本質がつかめない。一体、さっきから何を言っているんだ。

 ちらりとディルの方へと視線を送れば、彼は曇った表情のまま、魔王を見据えていた。


 「まずは実験の前駆体として、瀬川 沙羅の人格を完全にコピーした存在を作る必要があった。それによって生まれたのが——ディル。瀬川 沙羅の人格を模して造られた存在だよ」

 その言葉に伴い、俺達の視線がディルへと集まる。


 肝心のディルは、ひとつ自虐じみた笑みを浮かべて呟いた。

 「……はは。随分と勿体ぶった言い回しが好きだね、魔王は、本当に……」

 皆の視線を受けながら、ディルは泣きそうな表情で俯く。


 ディルは、ただひとつ。俺が生き返る為の経緯の中で生み出された存在だった。

 彼は望まれた命でも何でもなく、実験の前駆体でしかなかったというのか。

 

 全ての死は、たったひとつの生の為だけに。

 かつてディルの言った言葉が、俺にのしかかる気がした。


 To Be Continued……

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