バディ 4 100:10
オリビアとホセ、それぞれに乗せたパトカーを追走しながらブルックス警察署の駐車場に入ると、先に車から降りたオリビアが入り口の外階段に足をかける前にホセの方を振り向いていた。
わずかに交差する二人の視線を見ながら躍動するマスタングのエンジンを切ると、ジェイクの耳元で呟くような声が流れる。
『オリビアが無理をいって匿ってもらっていたみたい。本人は捜索願が出ていた事を知らなかったから、このままじゃホセが逮捕させられる、といったら説得に応じてくれたの。恋の力は偉大ね』
「人騒がせもいいとこだ。相手は三十男だぞ」
鼻を鳴らして理解不能だと言えば、エレナは微かに笑った。
『年齢は関係ないじゃない? だってあと数ヶ月したら七年生だし、五年もしたら法的には結婚も可能でしょ?』
「ありえねぇ」
『まぁ、そうよね』
あなたからするとね、とでもいうような口ぶりに腹が立つ。
お前に俺の何がわかる!
盛大な舌打ちをかましながらマスタングから降りると、静かな呟きがまた耳に流れた。
『そうね、恋の前に家族との関係が変わるといいのだけど……』
ちょいちょい挟まれるエレナの心情が憎い。こっちのボルテージが上がった所で、意図せず鎮痛剤を打ってくるのはわざとなのか。
同情ではなくオリビアの未来を心配するその声音は、彼女の取り巻く環境にまで思いやっているように見える。しかし自分の仕事がそこまでやれるものでもない事も、エレナはすでに知っているのだ。
チッ
二度目の舌打ちは苛立ちながらも小さくなった。
「得意の衛星で様子見りゃいいじゃねーか。事後の経過観察とかなんとか銘打っときゃ誰も文句いわねぇだろ」
『ジェイク……!』
エレナの驚きの声と共に、ふわりとジャスミンの花の匂いがした。
首をかしげなから自分の袖を嗅いでいるジェイクに、ありがとう、と嬉しそうに耳元から華やいだ雰囲気が伝わってくる。
ジェイクは肩をすくめると署内に戻り、オリビアとホセの事情聴取の様子をラルクと共に監視カメラで見守ってからお役御免と帰路に着いた。
『ジェイク、私はオリビアの両親との引き渡しまで見守るから、あなたへ連絡するのはその後でもいい?』
「勝手にしろ、寝ていたら返事はしない」
『気配で起きるでしょ? インカムは枕元にお願い』
「気が向いたら、だ」
それでいいわ、と弾むような声を最後に通信が切れた。
****
ダイナーで包んでもらったホットサンドと共にポケットに入れていたインカムやキーをリビングの丸テーブルに放り投げた。
いつもなら冷えたビアをラッパ飲みするところだが、ジェイクはブーツのまま寝室へ向かう。ぎしりとベッドに身を投げ出すと大きく息を吐いた。
枕に突っ伏したとしても寝る訳ではない。うっすらと聞こえるクラクションをBGMに今日の動きを反芻するのだ。出動時の非日常から通常に戻すルーティンの一つでもある。
一報から動き出し、容疑者の絞り込み、今回はヒットしたがしなかった場合のアクション、アタックのタイミング。
街明かりが差し込む薄暗さの中、ピックアップするたびにジェイクの眉は深く刻まれていく。
「チッ……ありえねぇ」
いつもはスムーズに進む予測や行動分析も今回ばかりは上手くいかない。エレナの動きが変速的過ぎるのだ。
「ターゲットをホセに絞ったのはいいとして、なぜあのタイミングでオリビアを見つけ出せるんだ。無理だろが」
オリビアがあの家に居るであろうと仮定したとしても、ホセからの情報もなくオリビアの居場所がわかるはずないのだ。ましてや遠隔にいたであろうエレナがなぜあの場所に忍び込めるのか。
ジェイクはごろりと仰向けに身体を向き直すと、しみったれた天井のまだら模様をたどりながらあらゆる仮定を想定してみる。
――遠隔といいながら別働隊が動いていた。
「気配で気づくだろ」
――実はトランクの中にエレナは潜んでいた。
「いやない。普通に同乗すればいい話だ、俺がエレナだとわからないにしても。そもそもなんであんな子供なんだ、ありえねぇだろ」
――それを言い出したらインカムの声音と実物の声音も若干違う。
「エレナは複数いる? もしくはインカムがV.Voice?」
身の内に浮かび上がる疑問に答えながら自分で否と判断する。
「口調や息遣いが全く一緒の奴が居てたまるか。実物とインカムは同一人物に間違いねぇ」
ため息と共に拳を額に当てた。
「エレナ・クリフトフは、〝化け物〟か?」
冗談ともつかぬ台詞を放った瞬間、急激に体感温度が下がった。
「!」
反射的に身を起こすと見計らったようにバイブが鳴り出す。
リビングテーブルに投げたインカム、エレナからのコールだ。おおかた事情聴取が終わってここに着いたのだろう。
「タイミング良すぎだろ」
飛び起きた身体をほぐしながら震え続けるインカムの電源を入れて耳にかけた。
「着いたか? 部屋は605、エレベーターはないから階段で」
『私は〝化け物〟じゃない。人間よ』
エレナのきっぱりとした第一声にジェイクは足を止めた。
わずかに目を細めると、玄関へ向かっていた身をひるがえしリビングを見回す。テーブル、テレビラック、カーテンレール、年季の入った床をみても全ての物が動かされた形跡はない。どこだ。
「……盗聴、それともカメラか? 俺を調べてたとしても対して面白くもなんともねぇだろうに」
『あっ……』
ジェイクの淡々とした声に、エレナは息を呑んだようだった。
『ご、ごめんなさい、盗み聞きした訳じゃなくて……』
先ほどの毅然とした態度からは一転、申し訳なさそうに言い訳をしている。どういうことだ、声からは判別がつかない。
『ああ、でも一緒かも。声をかけなかったもの……ごめんなさい、そばにいたの』
「意味がわからない」
『でしょうね……とにかく、あなたの前に立つわ。そうじゃないと信じてもらえないから。ええっと……座ってくれる?』
「なぜだ」
『今日、実体を形成するの二回目だから。たぶん質量的に女児か幼児になる可能性が高いの。目線が合わなくなる。あと人によっては腰を抜かしちゃうから。ジェイクは大丈夫かもしれないけれど、念のため』
「…………は?」
『ごめんなさい、わからないわよね、とにかく座って。お願い。ドクターとしてお願いします』
腑に落ちない点ばかりだが、座らなければ始まらないのならばとジェイクはリビングチェアに浅く座った。
すると、見ていたようにエレナは礼を言い、じゃあ始めるわ、と言った。
ジェイクも何が起きてもいいように感覚を臨戦状態まで研ぎ澄ましていると、二、三歩前の空間に何かが集まってくる気配がする。
訝しげに見ていると、やがて音なき音と共に質量が集まりだした。白く細い棒がしゅるりしゅるりと浮かび上がってきたのだ。
「……ほね、か?」
写真で見るミイラのような色味ではなく、美しい白さをもった骨が形成されたと思ったら今度はその周りに赤と白の肉が付き出す。
「は……うそだろ……」
職業柄、遺体を含めた人肉は見慣れてはいるが、人体が形成されていく姿は見たことがない。しかし今、目の前で起きているのはそれだ。筋肉の層が出来たら次はその上に纏うように薄皮や毛髪が付き出した。
さらに子供の体型ながらもなだらかな胸も膨らみも出来、乳白色の肌がつきだしたのでジェイクは慌てて立ち上がる。
「うおい!! ばかっ、服っっ!!」
ジェイクはベッドルームに駆け込むとTシャツを掴み取り、エレナに頭からかぶせた。
「あは! ありがとうジェイク。はだかの方がイメージしやすくて。でもさすがね! 腰抜かすどころか服まで貸してくれて」
ぷはっと襟首から白金の頭をだすと、長いまつ毛にふちどられた翠色の瞳をにっこりと細めてエレナは笑った。
「改めまして、エレナ・クリフトフです。こんな格好になっているけれど、二十五歳よ。一日一回なら年相応の形成も可能。複数回、といっても一日に二回も実体になるのは今日が初めてなの。どうやら成体を二回続けるのは難しそうね。いい経験になったわ」
うんうん、と腕をくんでうなずいている姿はそこら辺にいる子供と一緒だ。だが言ってる内容がおかしい。
「おい、俺にはさっぱり意味がわからない。凡人にも分かるように言ってくれ」
「ええ、そうね、えーっと……エレナです」
「それはさすがにわかるだろっ、そうじゃなくて!」
ええー、この姿でエレナとわかってくれるだけでもジェイクはすごいのだけどなぁ、とエレナは首を傾げている。
ちがう、ちがうんだ、そうじゃねぇだろっ!
「お前がなんで突然この部屋に居て出てこられるのかの説明だっ!」
「ああ、そっちね!」
エレナはぽんと手を叩くと、頷いた。
「私、マレキュラルボディになることに成功したの。人間を含めた生物は、分子から形成されているでしょう? その小さな小さな分子に自分が成るといったらいいのかしら。えーっと、意志を持つ分子といったら分かりやすい? あ、だめ? じゃあ平たくいうと、分子にも成れるし、集合形成して実体にも成れる。という事」
「……つまり?」
「ジェイクがベッドに突っ伏していたぐらいから、私、分子の状態でこの部屋に居たの」
ジェイクはたっぷり三十秒をかけて口を開いた。
「……お前、幽霊かっ?!」
「ノー! 人間!!」




