バディ 3 100:0
ホセと名乗る男はすき透った眼をしていた。
隣家の女児が行方不明になった事ももちろん知っているようだ、心配そうに眉をひそめている。
「オリビアは聡明な子です。誰にも言わずに行方をくらますなんてことはしないと思うのですが。まだ見つかっていないのですか?」
「ええ、現在も捜査中です。ご近所ということで、オリビアさんの人となりを知っていたら教えて頂きたいのですが」
褐色の肌を持つ割にミドルクラスに住んでいるからか、発音もクセがなく明瞭でこちらの質問にも理知的な対応をしてくる。
ホセはオリビアに対して学校で聞き及んだデータと同じ印象を語り、彼女のラテン語の家庭教師をしているとこちらも把握している情報を話す。そして心配していると何度も口に出した。
その行為がジェイクは気に入らなかった。心配していると言いながら焦っている様子もなく、気を揉んでいるような仕草もない。
「家庭教師をされているそうですが、普段はどちらで?」
「このリビングです。ダイニングテーブルの所で勉強をしていました」
「少し拝見しても?」
「……ええ」
ホセの穏やかな顔がわずかに曇った。
ジェイクはビンゴだと思いながら素早く周りを見聞し、テーブルの上にあるピザの取り皿を取る。
「お一人で暮らしているそうですが、今日はご友人と一緒にお食事ですか」
本人が言っていない情報を出して揺さぶりをかけると、ホセは明らかに眉をひそめた。個人情報を把握されている事に気づいたのだろう。
「……ええ、もう十分もしたらこちらに来る予定です」
準備をしたいので、と手に持った歯車状のパイ切りナイフを軽く掲げてそろそろ出ていってくれないか、という雰囲気だ。
そうはいくか、とジェイクは薄く笑った。
「ご友人はとても若そうですね。パイナップル乗せミートにハニーピザ? 胸焼けしそうだ」
案の定、目の前の男の眼の色が変わった。
かかった、と思った瞬間、歯車の切先が鼻先を過ぎる。
『ジェイクッ!』
状況は見えていないだろうに、焦ったようなエレナの声が耳元で叫ぶ。
ジェイクは取り皿を離して上体をのけ反りながら左手で伸びてきたホセの肘を掴み、腕を下げさせ手刀でナイフを叩き落とす。
同時に腕をねじり上げて背後を取ると、足元でプラスチックの皿がカラカラと回って止まった。
「ッうぅ……」
「悲鳴を上げない根性は見直してやるよ。オリビアはどこだ」
低く話しながら他に敵はいないかと気配を探る。が、午後の日が明るく照らすダイニングに不穏な影は見当たらなかった。
単独、誘拐、もしくは児童ポルノか?
シンジゲート絡みならば複数犯だろうと踏んでいたが、どうやらその線は無さそうだ。早々に目の前の男を締め上げて吐かせる事にする。
「だんまりを決め込むのも良いが、時間が経つにつれ利き手は使い物にならなくなるぞ? ヒーロー」
「くっ……ッうぅぅ」
痛がりながらも居場所を吐かないホセに、捻りを追加しながら上腕を背中側に引くとミシリと骨が軋む音がした。
「ジェイク! そこまでにして!」
涼やかな、いつもより甲高い声がリビングの先から聞こえた。
ジェイクは眉をひそめながらも油断なく視線をリビングの奥へ向ける。
すると、壁に備え付けてある食器棚の影から二人の少女が手を繋いで出てきた。
拘束している男の肩の力が抜けていくのを感じる。金髪でふわりとした巻き髪の少女は写真で確認したオリビアで間違いない。写真に写っていた赤い眼鏡はしていないが、怯えた青い目が一致している。
だがオリビアの手を引きながら確かな足取りでこちらへ向かってくるもう一人の少女は誰だ。
揺れるストレートの金髪はオリビアよりも薄くどちらかというと白金に近い。オリビアはスエッドの室内着を着ているのに、この少女は場違いなほど真っ白な膝丈のワンピースを着ている。さながら、小児病棟の患者衣のような感じだ。
「ジェイク、彼は誘拐犯でもなんでもないわ。オリビアの家出に付き合っただけ。拘束を解いてあげて?」
はっきりとした物言いと自分を真っ直ぐに見てくる翠色の瞳、口元だけ微笑んでいるアルカイックスマイルにまたしても写真で見た既視感があった。
その画像は少女ではなく大人の女性だったが、意思のある眼差しが重なる。
「……エレナか?」
「そう。先に潜入してオリビアを説得していたの」
「っありえない! 先ほどまで私はオリビアとずっと一緒に居たのに、どうやって……」
愕然としたホセの呟きに心底賛同しながらも、拘束は解かない。ラルク、どういう事だ、と短く呟くとインカムから抑えた声が流れた。
『エレナから先行して状況報告があり把握している。エレナの側にいる少女はオリビア・カーターで間違いない。本件の裏を取るためにホセを任意同行させる。今、女性官を含め三人向かわせた。引き渡して君たちも署に戻ってくれ』
インカムが切れると同時に所轄の警官が入ってきた。ホセには男性警官が手錠はせずに両脇を固める。彼も大人しく痛めていない腕を取られて室内を出ていった。オリビアには女性警官が話しかけている。が、うなだれて返事をしない。
そばにいたエレナがオリビアの手を両手で包み、肩を寄せて励ますようにハグをする。
涙ぐんだオリビアはエレナを見ると小さく頷きと、女性警官に付き添われて部屋を出ていった。
その間、ジェイクは一度もエレナから目を離さなかった。
エレナもジェイクの雰囲気を察知したのか、歩み寄らずに向かい合う。家人が居なくなった室内には、微かに回る換気扇の音が聞こえるだけだ。
黙って見られている事に居心地が悪くなったのか、彼女は眉をハの字に下げて笑いかけてきた。
「ジェイク、そんな穴が開くほど見ないで。目のやり場に困る」
「あんた、何者だ」
「エレナ・クリフトフ。あなたのバディ。今のところそれ以外は特に何もないけれど」
「そういうことじゃねぇだろ」
研究職の肩書きや年齢詐称の事も言及せず、シンプルに応える彼女に対してジェイクは臨戦態勢を解かない。一メートル以内には入らせない覇気を保ち、両手は用心深くだらりと下げている。
「窓か裏口か知らねぇが、誰にも気付かれずにホシと接触するなんてありえねぇ。前からここに絞っていたのか」
「いいえ、あなたと同じタイミングで目星をつけたわ」
「別働隊で動いていたと?」
「いいえ、私はあなたのバディ。あなたと共に行動する者」
「意味がわからねぇ」
ジェイクは吐き捨てるように苛立ちながら問う。
「遠隔にいたお前がなぜこの場に居る。なぜ俺たちに気付かれずにオリビアと接触できるんだ」
そうね、とエレナは顎に手を当て考える仕草をした。
「もちろんジェイクには話すつもりでいたけれど、それを説明するにはここは相応しくないと思うの。カメラの無い場所で話したいから、あなたの部屋でいい?」
これでも国家機密並みのトップシークレットなの、と彼女ははにかみながら笑った。
「ラルクは知っているのか」
「ええ、書類上では。こうやって意図して姿を見せるのはラボ以外ではあなたが初めてだし、出来ればあなたの前だけにしたい、かな」
お願い、と見つめてくる姿はどこにでもいる少女そのものだ。この異常な状況の中で自然体でいられる事に違和感を抱く。が、こちらへの視線に他意は無いようだった。
ジェイクはチッと舌を打つと、ひとまず仕事が終わってからだ、と踵を返す。
「ありがとう、ジェイク」
背を向けた瞬間、こちらを見ていた気配が消えた。眉をひそめ、顔を向けるとリビングには誰もいない。
「おいっ!」
倒れたかと、飛び込もうとすると『大丈夫』と涼やかな声がインカムから聞こえる。
思わずイヤホンに手を当てるとふわりと花の香りがした。
『心配してくれてありがとう、でも大丈夫。私、あなたの近くにいるの。とにかく説明するから、署に戻りましょう?』
お仕事、片付けてからですものね。
弾むような声は先ほどの姿と変わらない、軽やかで涼やかな印象だった。




