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バディ 0 100:0

 



 車のクラクションが微かに聞こえる。うつ伏せのまま枕とシーツの間に耳がかぶるまで頭を突っ込むが、街の喧騒は狂ったように止む事はない。


「くそったれが……」


 呻きながらのろのろと上半身を起こした所でクラクションと共に車同士がぶつかった音がした。鈍色の短く刈り上げた頭を掻きながら、ジェイクはため息混じりに夕焼けに染まった開け放たれた窓を見る。


「派手にやってんなぁ」


 こきりと首を鳴らしベッドの下に脱ぎ捨てられていたブーツを履くと、寝不足の身体をゆらりと立たせた。


 洗面台で水を流しながら頭兼顔を洗うと、右端が割れた鏡には半裸半眼、灰青色の目つきの悪い三十男がこちらを睨んでいる。


「オルソン、ジェイク・D、00997xx、Rh+A、今日も生きてるよ」


 鏡越しに鈍く光る二つのドッグタグを見ながら毎日のルーティンが終わると、伸びはじめた無精髭を少し触った。剃るまでもない。


 頭から落ちる水の滴りを掛けっぱなしのタオルで適当に拭くと、リビングに向かいながら積み上がったランドリーボックスにタオルを投げる。が、バランスを崩したらしく洗濯物が雪崩のように落ちた。ついてねぇ。


 銃フォルダーのベルトだけはきっちりと締めくたびれたジャケットを羽織る。財布と家の鍵を取ろうとしてその側に黒いイヤーモニターが転がっているのに気がついた。


 見た瞬間、流れ込んできた音声とその声の主にまつわる映像がフラッシュバックされジェイクは舌打ちをする。思い出したくもない昨晩の仕事の始末まで蘇り顔を(しか)めた。


「チッ 今回の任務だけだ」


 ジェイクは引ったくるように鍵とモニターを握りしめ立て付けの悪いドアを肩で押すと、歩いて数分のダウンタウンにあるブルックス警察署に向う。



 公共団地が乱立する中で唯一古めかしい石造りの建物に入ると、開かれた、とは言いがたい灰色の玄関ホールがあり右へいく廊下には車の免許更新の為の列が並んでいる。ジェイクは慣れた廊下を左に進んだ。


「ジェイク! いつもより遅いじゃないか」


 大部屋のど真ん中の廊下を足速に去ろうとすると右手から声がかかる。交通課巡査部長のダグラス。ジェイクにとってはここでの数少ない飲み仲間だ。交通課の中でも事件性のある案件を扱う部署は右フロアではなくこちらの左フロアに席が置いてある。


「超過勤務調整だ、文句はラルクに言え」

「わかってるよ、昨日のヤマ、速攻で終わらせたんだって? 申し送りで話題になってたぜ、新しいバディとの相性が良かったのか?」

「バディじゃない」

「は?」

「バディと呼べるものじゃねぇよ」


 ジェイクは吐き出すようにいうと眉をしかめた。怪訝な顔のダグラスにこれ以上何も言うなよ、と睨んで片手を上げて大股で刑事課へ歩いていく。


 連なるデスクの一つに脚を投げ出して座ると、所轄の警部補たちは目線を交錯させながら各々にコーヒーやタブロイド紙をもって我関せずを貫いている。ジェイクの機嫌が悪い時に話しかける奴は入りたてのド新人かボスしかいない。


「ジェイク、来たな」


 そのボスがノック無しに部屋へ入ってくると、エラのある顔とは対照的な細い眼鏡を下にずらしながらこちらへ来いと呼んだ。


 はぁ、とため息をつきながら立ち上がるジェイクにボスことラルク・イデリコはコツコツ、と立て付けの悪い扉を叩いた。


「彼女も一緒に、だ」


 机の上のイヤーモニターへ向けて顎をしゃくる。


「チッ」


 今日何度目かの舌打ちをしてモニターを尻ポケットに入れるとボスの後ろを足音荒くついていく。


「昨日の件だがお手柄だった。納屋か地下室に囲っているじゃないかとの見立てだったが、彼女のリサーチ、そしてお前の特殊部隊じこみの潜伏捜査のお陰だ。その後の件もな。スピーディだったと警視正(チーフ)も喜んでいたよ」

「どうも」


 上層部も鼻が高いといっている案件にジェイクは気のない返事だ。


「今後の事を話したいのだがお前がインカムをつけてくれないと彼女からメールがきてね。わざわざ私も含めてお呼び出しだよ、ジェイク」

「家に戻ったのは日が明けてからだ、あんたがよく知ってるだろ? 勤務外は外す、当たり前のことだ」

「ああ、もちろん。だが今は?」


 常時笑っているようなラルクの口元は時として不気味な圧がかかる。底光りする目力と共に相手を動かすのは警官の常だが、ラルクのそれはやはり群を抜く。

 ジェイクはやり切れないため息をつきインカムを引ったくってセットすると、ラルクも眉をひょいと上げて同じ物を耳にかけた。


『ハロー、ジェイク、遅い出勤ね。ありがとう、ラルク、話せるようにしてくれて』

「どういたしまして、ドクター・クリフトフ」


 耳元で語られる明瞭な発音がインテリを感じさせ、ジェイクの眉間に皺がよる。


『エレナと呼んで、長い付き合いになるから』

「ありがとう、エレナ」

「長くはならない。次で終わりだ」


 ラルクとエレナの間に被せるように放ったジェイクの宣言に、ラルクは片眉を上げ、エレナは『あら……』と意外そうに呟くとふふっと軽く声を上げた。


「何がおかしい」


 低く唸るように反応するジェイクにエレナはくすりとはっきり笑う。()()()()()()()()()()()()()()()()


『ラルク、ジェイクは契約書を見ずにサインしたの?』

「いや? 送られてきた書類は全て渡した。概要は口頭で伝えたが」

『じゃあ分厚いからって全てを読まなかったのはジェイクのミスね。あなたとの契約期間は百二十年よ』

「はぁ⁉︎」


 驚きと共にインカムを耳に押し込んだが、流れてくる音声はイラつくほど涼やかだ。


『百二十年、子供はもちろん孫の代まで。一緒に居させて貰う事になるわ。よろしくね、ジェイク』


 仕事で激情に呑まれるな、と何度言われたかわからない。が、ジェイクは込み上がる怒りに任せてインカムをむしり取り、近くの壁に加減なしの力で投げつけた。


「ジェーイク、支給されている機器とはいえ故意に破損させるのはたとえ現役であっても情状酌量なく有罪だ」

「知るかっ! 減給でもなんでもしやがれ!!」


 捨て台詞と共に大股で部屋を出ていったジェイクをラルクは肩をすくめて見送った。


『PPCU樹脂で綿密にコーティングされているから壊れないわよ、ラルク。それに期間のことは口頭でも彼に言っていなかったのでしょう?』

「男には吐き所というものがいるのだよ、レディ。契約期間は言えばジェイクはサインをしないと思ったからね、気を遣ったつもりだが?」

『そういうものなのね、一つ、理解したわ』


 エレナはそう言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()


 誰もいない空間に、黒いイヤーモニターがすぅと持ち上がる。


 ラルクは一人でに持ち上がり、ゆらゆらと揺れながら自分の方へと向かってくるインカムを凝視しながら黙って手を差し出した。


 厚い掌にぽとりと落とされた小さな物体。

 その異様な光景に呑まれまいとラルクは深く息を吸った。しかしエレナに謝辞をいれる声が掠れてしまう。


『どういたしまして。私も十グラム以下なら持てると分かって嬉しい』

「楽しそうだね、ドクター」

『ええ! 初めての事ばかりでとてもワクワクするの。何が出来て、何が出来ないのかを実験し体感するなんて、子供の頃に戻った気分だわ! 素晴らしい……』


 弾むような、そして最後はうっとりと夢を見ているような声音は書類でみた彼女とはかけ離れていた。

 豊かな金髪を後ろ一つでまとめ、理知的なエメラルドの瞳でこちらを見ている顔写真より、本来はこちらの方が素なのかもしれない。ラルクは第一印象を塗りかえながら壁に向かって顔を上げた。


「喜んでいる所申し訳ないがそろそろ私も仕事に戻りたい。貴女がここから出たというルールを決めたいのだが」

『確かにラルクからは分からないでしょうね。では……出る前に二回ノックをして出るわ、部屋を出たら今度は一回ノックをする、というのはどう?』

「いいね、やってみてくれ」


 エレナは了承の返事をし、しばらくするとドアが二回ノックされる。そして扉は開かれることなく、すぐにノックが一回、くぐもった音で向こう側から鳴った。辺りには、しん、とした沈黙が降りる。


 数秒たった後、インカムより涼しげな声が聞こえた。


『いま完全に部屋から出たから安心して。私は一旦ラボに戻って、その後またジェイクにつくことにする。ありがとう、ラルク』

「どういたしまして、エレナ」


 ではまた明日ね、とまるで電話を切るような気軽さでインカムの通信が切れた。ラルクはしばらく息を止め感じられるか分からない気配を見定めていたが、変わりない空気を確認してどさりと自分の椅子に座った。


 愛用の銀縁の眼鏡を机に投げ捨て、思わず片手を額に当てる。


 まるで映画かと思わせる先程の現実(リアル)に、だんだんと冷汗が噴き出てくる。じっとりとした玉のようなそれを深い呼吸と共に袖で拭いた。


「分かってはいたが度肝を抜かれる……。ジェイクは予備知識なく目の前で見ただろうから拒否反応は分からんでもないが」


 そう言いながらため息まじりに机の上にのっている黒いファイルを開く。


「オペレーション・マレキュラル。人を分子レベルまで細分化し再構築するイメージを脳内に持ちそれを精神体としてトレース、将来的には実体化を試みる作戦計画……なんの冗談かと思ったが」


 未だ自らの手に握られたインカムの存在に何度も自分の常識を塗り替える作業をしながら、ラルクは飛び出していった部下と新たな配下になった女性を想う。


「作戦もなにも、そもそも性格的に歩み寄れるのかが問題なんだがな」


 上は頭の中だけで計画するからこういうことになる、とぼやきファイルを卓上になげると、手のかかる部下を二人も持った上司は砂糖を二割り増しに入れたコーヒーを飲みに部屋から出ていった。










用語解説


*ドッグタグ


兵士を識別するための認識票。本作ではアメリカ軍式にそっています。以下の情報がチタンフレームに刻印されています。


* 性

* 名前とミドルネームの頭文字

* 社会保障番号

* 血液型

* 宗教(本作は宗教に言及しないので割愛)



*PPCU樹脂


PPSUポリフェニルスルホン

耐スチーム性、耐衝撃性、耐高温性、耐薬品に優れている樹脂。




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― 新着の感想 ―
[良い点] この度は、企画にご参加ありがとうございます。 痺れるハードボイルドなSF(//∇//) 続きが楽しみです(*´ω`*)
[良い点] バディモノでSF、大好物ですありがとうございます ! マレキュラルのケレン味、ジェイクのコテコテ(褒め言葉)なハードボイルドっぷり、たまらんです!
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