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第17話「未熟な大人は真っ当な親にもなれない」②

 ――夕刻。私と真白は、互いにゴロゴロとスーツケースを転がしながら、住宅街を歩いていた。


 私の実家は街の中心部から少し離れた場所にある。


 電車で20分程度揺られて、途中駅からまた5分程度歩く。家と車一台分程度の道が入り乱れた住宅街を進み、取り立てて言う事のない、庭のない二階建ての家屋が見えたら、そこが私の家だ。


 赤褐色の三角屋根に、薄いベージュ色の壁。車が二台並ぶ程度の、屋根があるだけの簡素なガレージ。客観的に見れば有象無象の家屋でしかないが、自分の家となると、不思議と他の建物よりも目立って見えて来る。


 と。随分と厳かにスーツを着て来た真白が、そびえる家を見上げながら言った。



「……ここが君の家かい?」


「そそ。別に、これと言って言うことないでしょ?」


「……彼女の家って思うと、不思議と特別に見えるものだよ」



 真白は言いながら、赤いネクタイの結び目をキュッときつく締め上げた。


 分かりやすく緊張しているな。別に、そこまで気を張らなくて良いのに。私は真白の態度にクスリと笑った。


 そして私は、家の門口に立ち、「姫川」と書かれた表札の下にあるインターフォンを押す。しばらくぼうっと待っていると、機械の向こうから、「は~い」とガビガビな声が聞こえて来た。



「お、彩智(さち)。私、私」


「お姉ちゃんじゃん。そう言や帰って来るって言ってたね。待ってて、今開けるから」



 インターフォンがプツッ、と音を立て、音声が途切れる。それから数秒程度の間を空けてから、「ガチャッ」と鍵を開ける音が響いた。



「おかえり~、お姉ちゃん。お父さんとお母さんなら今買い物から……」



 そして扉を開けて顔を覗かせたのは、ふんわりとした黒いボブカットの少女、私の妹である姫川彩智(ひめかわさち)だった。


 彩智は私の隣に立つ真白を見ると、ピタリと動きを止めて目を丸くする。


 彩智は気まずそうに笑う真白をしばし見つめると、やがて顔をゆっくり私の方へと向け、首をかしげる。私はちょっとだけ恥ずかしく思いながらも、一度咳ばらいをしてから妹へハッキリと言った。



「私の、彼氏だ」



 彩智はぽかんと口を開けたまましばし固まると、やがて勢いよく踵を返し、「おかあさ~ん!!!!お姉ちゃんが彼氏連れて来たあぁぁ!!!!」と叫びながらリビングへと駆けて行った。



「……詩子。伝えていたんじゃなかったの?」


「……あっ、やべ。帰省するとは言ってたけど、アンタも来るっては言ってなかった」



 私の言葉に真白は右の手で顔を覆う。私は罪悪感をごまかすために、そっぽを向いて口笛を吹いた。


 と、ドタドタと足音が聞こえ、「マジで? ちょっと、見せて見せて」と、私の弟である男子中学生、姫川潤(ひめかわじゅん)が現れた。


 年頃になり格好をつけ始めたのか、黒い髪をワックスでツンと固めている。潤は真白を見ると、「お~、っぽい」とよくわからない感想を残した。


「どういうことだよ!」と私が潤にきつめに言うと、潤は「怒んなよ」と鬱陶しそうな顔をする。私が潤の様子に苦笑すると、真白は「どうも、初めまして」と頭を下げ、潤もそれに合わせて「あ、ども。初めまして」と軽く頭を下げた。



「ちょっと、潤。そう言う事を言うのは失礼でしょ」



 と、潤の態度に呆れ果てながら、次は私のお母さんである姫川百合子(ひめかわゆりこ)が顔を出した。


 お母さんは真白に気が付くと、「ごめんなさい、ヤンチャな子で」とひとまとめにした髪を揺らしながら頭を下げた。真白は「いえいえ、気にしなくても大丈夫なので!」と手を振ると、お母さんはクスリと笑い、「まじめそうな子やね」と言葉をこぼした。


 と、更に次は「ちょっと、詩子。彼氏さん連れて来るのなら、先に言っておいてよ」とどこか気の抜けた声と共に、眼鏡をかけた瘦せぎすのおじさん、私のお父さんである姫川武彦(ひめかわたけひこ)が現れた。



「いやぁ、すみません。えっと、お名前は……」


「あ……河野真白と言います」


「真白さん、ですか。私は姫川武彦と言います。……娘が世話になっているようで」



 お父さんはぺこぺこと頭を下げながら真白に言う。真白もそれに合わせて「あ、ああ。いえ、こちらこそ、詩子さんには、色々とお世話になっています」と頭を下げた。



「あー、このまま立ち話もなんですし。どうぞ、上がってください」



 お父さんはそう言うと、体を半身にしてリビングへの通路を開け、暗に真白へ土間から上がるように示唆する。真白は恐る恐ると言った感じで頭を下げると、「失礼します」とペコペコしながら靴を脱ぎ、丁寧に揃えて足先を扉の方へとくるりと返す。


 ……おお、コイツ、めちゃくちゃ緊張しているな。私はいつもならやっていない真白の行動に少しばかり面白味を感じながら、彼の後を追って靴を脱ぐ。


 そうして私たちは、リビングへと案内されると、食卓用の大机に座った。


 対面には、私の両親が座っている。妹と弟は話の邪魔になるからと、各々自分の部屋へと帰らせた。


 血の繋がった家族を前にしているのに、何とも言えない緊張感がある。私は両親を前にしていると言うのに、やけにシャキッとした姿勢で、2人の顔を交互に見つめていた。



「……改めまして。おふたりの娘様と交際させて頂いている、河野真白と言います。……今回は、詩子の提案で挨拶をさせて頂く運びとなりました」



 真白は少しばかり力の入った声で、厳かに頭を下げた。私の両親は真白のまじめ過ぎる態度に顔を見合わせ、少しくだけたような苦笑いを浮かべた。



「……真白さん」



 と。私のお父さんが、真白に話しかける。真白はピクリと背筋に力を込めると、「は、はい」と、何とか平静を保った声色でお父さんに返事をする。



「あの。……こういう機会に恵まれたら、どうしても一度はやってみたいことがありまして」


「は、はい……?」


「いや。そう言うつもりがあるわけじゃないんだよ、って、前置きだけしておこうって思いましてね。じゃないと、ビックリしちゃうから」



 お父さんはそう言うと、いきなり立ち上がり、そして少しだけ勢いをつけて机を叩き、叫んだ。



「ウチの娘は、やらん!!!!!!!!!!!」



 リビングに響いた声に、私は思わずぽかんとする。隣の真白も状況をよく理解できていない様子で、「……え」と虚を突かれたような乾いた声を漏らす事しか出来ていなかった。



「……いやぁ。人生で一度はやってみたかったんだよなぁ、コレ。やっぱり、娘を持った父親の夢と言うか」


「あなた。いきなり変なことをするから、相手の方固まっているじゃない。……ごめんなさいねぇ。ウチの亭主、こういう所あるから」



 お母さんが困ったように笑いながら、真白へ頭を下げる。真白は「あっ……い、いえ」と手を軽く振り、「あ、アハハ」と苦々しいながらも自然な笑みをこぼした。



「ちょっと、お父さん。恥ずかしいから、そう言うノリはやめてよ」


「いいじゃないか別に。一体何のためにお前をこうして育てて来たと思っているんだ」


「いや、逆にこんなくだらないことをするために育てて来たのかよ」


「そりゃあそうだ。きっと娘を持った他のお父さんもみんな同じことを言うぞ」


「そんなわけないだろこのバカ!」



 私は堂々と笑う父親に呆れ果てて肩を落とす。お母さんも、「ちょっと、お父さんったら」と楽しそうにケラケラと笑った。


 しばしぽかんと固まっていた真白も、ようやくここで緊張の糸が切れたのか、肩の力を抜いて和やかに笑い始めた。私は彼の表情を見て、まあ、場が緩やかになったのならいいか、とお父さんの奇行を許すことにした。



「まあ、でも、なんだ」



 と、お父さんは少しだけまじめな声色になり、椅子に座って真白へと向き直る。真白はそれを受けてお父さんへと視線を移し、お父さんはそれを受けてその先の言葉を話す。



「マジメな話、この子が選んだ人にとやかく言う気はないよ。……親としてそれは深入りし過ぎだからね。よほどだったら別だけれど、君はそう言うこともなさそうだし」



 優しく笑ったお父さんの言葉を受けて、真白は少しだけ目を丸くした。しかし、すぐに穏やかな表情に切り替えて、「……ありがとうございます」と、深々と頭を下げた。



「ちょっと、お父さん。あくまでも彼氏でしょ。まだ結婚するってわけじゃないでしょうに」


「ただの彼氏なら、わざわざ連れて来ないだろう。それに、何となく雰囲気でわかるよ。詩子はたぶん、この人に決めているって」


「まあ、それはそうだけど」



 2人の言葉に私はドキリと心臓を鳴らした。


 流石親と言うべきか、何も言っていないのに私の気持ちを把握しているなんて。

 色々と残念なところはあれど、こういう所はちゃんと親なんだよなぁ。私は改めて、自分の両親がちゃんと私を理解してくれている所に強い感謝を抱いた。



「まあでも、私も、マジメそうな人が付き合ってくれてよかったって思っているわ。なんだかんだ、人間それが一番大事だからね」



 お母さんが笑いながら真白に言う。真白は少し声を上擦らせながら、「あ、ありがとうございます……」とぎこちなく頭を下げ、お母さんは「いいよいいよ、そんな頭を下げなくても」とまたケラケラと笑った。



「今日来たってことは、泊まって行くってことでしょう? ゆっくりしておいき。私らに気を遣わなくていいから、自分の実家だと思ってね」


「きょ……恐縮です。ありがとうございます」


「恐縮、って。本当にまじめな人なんやね」



 お母さんはまたクスリと笑うと、「急だったから大した物は出せないけど、晩御飯も食べていき。別に気を遣わなくてもいいから」と真白に言う。真白は椅子から立ち上がりつつ、「あ、ありがとうございます。僕も、何か手伝います」と軽くお辞儀をした。


 ……ああ。なんか、何となく、良いな。この雰囲気。私は真白を温かく迎え入れてくれた親に感謝しつつ、その後は家族全員で食卓を囲み、作ってもらったカレーを食べた。


 お母さんのカレーはどこか懐かしくもあり、甘く温かい味がした。

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