第17話「未熟な大人は真っ当な親にもなれない」①
――あれからしばらくが経って。真白のお母さんは少しだけ謝罪を述べた後、それ以上は何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
私たちは嵐が過ぎ去ったかのような静寂を感じつつ、それからは、雑にアニメでも見ようと言う空気にもなれずに、互いに好き勝手にスマホをいじって時間を潰していた。
そうして、そろそろ晩御飯か、と言う頃合になり。床に寝転がった私は、「あ、もう7時だ」と何の気なしに呟いた。
「どうする? 泊まっていく?」
ベッドで寝転がっている真白が私に話しかけてくる。私は「めんどくさいからそうするわ〜」と返事をすると、真白は「うん。待ってて、ご飯作るから」と端的に受け答え、ベッドから下りた。
「あ〜、今日アンタ疲れてるでしょ? 別にいいよ。たまには私がやったげるから」
私はそう言いながら、スマホを閉じて「ヨイショ」と立ち上がる。真白は少しだけ迷ってから、「ごめん、ありがとう」と再びベッドに座り直した。
冷蔵庫の取っ手に手を掛け、「開けるね〜」と声を掛ける。真白が「うん」と呟いたのを確認すると、私はガバっと冷蔵庫を開け、中を物色する。
……卵が何個かと、切った鶏肉があるな。袋入りのキャベツの千切りともやしもあるし、これでなんか雑に見繕うか。
私は鶏肉のパックとキャベツ、そしてもやしを取り出しキッチンに置いてから、卵を3つほど手に取る。それからキッチン収納からボウルやフライパンを取り出し、蚊取り線香みたいな形のクッキングヒーターの電源を付ける。
ボウルに卵を3つ割入れ、ガチャガチャと菜箸でかき混ぜる。黄身と白身が混ざってからキャベツの千切りをぶち込み、あとはフライパンの温度が上がるのを待つ。
ふと、私はキッチンに掛けられているカレンダーへと目をやった。
水着イベントを過ぎ去り、月日はもう8月だ。夏の終わりがじわりじわりと近づき、そう言えばセミの鳴き声が変わってきたなとどうでもいいことに思いをふける。
もう少しでお盆になる。大学生的にはまだまだ夏休みだが、夏の節目と言えばやはりこの日付けだろう。実家を飛び出した面々は家へと帰り、数日の惰眠を貪った後にまた各々のアパートへとトンボ帰りをする。
――私も、そろそろ実家に帰る準備をしないと。フライパンに卵とキャベツを流し込みながら、そう思った時。
「真白、私の両親に会わない?」
私が何の気なしにそう提案すると、こたつテーブルにコップを並べていた真白が「えっ、」と動きを止めた。
「あっ、いや。お盆の時期だし、帰省するしちょうどいいかなぁって。……私はもう、アンタの両親に会ってるわけだし」
真白はこちらへと向かいながら「うん……」と気のない返事をする。そして収納棚から2枚の皿を取り出し、それをテーブルへと運ぶとコトリ、コトリと並べた。
「……ん〜、うん……まあ。……唐突だけど、いいよ」
「おっ、良いんだ。……私から言っておいてなんだけど、怖くないの?」
「いや……。……心の準備が出来ていないのは、そうだけど。いつか必要になることだし、君が言うのなら、うん」
真白は皿を並べ終えると、私を見つめながら頷いた。
……コイツ、ナチュラルに「いつか必要」って言ったな。私は少しだけ頬を赤らめながら、「そっか」と生返事をした。
「まあ、ウチの親、結構ノリイイし。別にそう構えなくたって大丈夫だと思うよ」
「……僕みたいな線の細い陰キャオタクが行って、不安にさせないかな……」
「そこは安心しろ。なんて言ったって、私の親は2人ともオタクだ。その辺は理解してくれる」
「それなら……よかったけど……」
真白はそうは言いながらも、表情からは緊張が抜け切っていないようだった。私は肩を竦めると、真白の元へとトコトコと寄り、そして、彼の背中を軽く叩いて笑いかける。
「ま、心配すんな! 私の選んだ男だ! 私の両親もきっとアンタを気に入ってくれるって!」
真白は少し私を見つめると、やや気恥しそうに「……うん」と頷いた。私は少し不安が紛れた様子の真白に一層、ケラケラと笑いかけた。
――と。じゅう、じゅうとフライパンから焼け焦げるような音がした。私はハッとキッチンへと振り返ると、結構な白煙を吐き出す黒い卵の塊が目に映った。
「ギャー! こ、焦げてる!」
私は大慌てでフライパンの卵をおかず用の皿へと移した。




