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第16話「互いに理解し合うことが愛の証明である」

「――えっ、」



 私は突然の来訪に驚き、反射的に体を起こして、真白のいる玄関へと駆ける。


 慌てて彼の横に並ぶと、真白のお母さんが私の方を見つめて、目を丸くして固まっていた。



「――どういうことなの、真白。アンタ、その子と別れたって言ってたじゃない」


「か、母さん――。それより、なんでここに……」


「ずっと連絡して来ないから、心配になって来たのよ。それより、説明しなさいよ。どうしてその子がまだいるのよ?」




 真白はお母さんの言葉を聞き、ゆっくりと私を振り向く。そして私と目が合うと、真白は、ギュッと唇を結んでから、お母さんへと向き直り、意を決したように言った。



「――ヨリを戻したんだ。……やっぱり、僕は、彼女と一緒にいたい」



 声は小さかったが、確かな強さのある言葉だった。しかし、真白のお母さんは、一瞬だけ「あっ……」と声を漏らしたかと思うと、ぽつり、ぽつりと、確かな怒りを孕んだ顔で、玄関の中へと一歩、一歩と足を踏み込んだ。



「――なんで? 言ったでしょ、その子はやめた方がいいって」


「母さんが、詩子の何を知っているんだよ。僕はちゃんと、彼女の人となりを見て――」


「だって、どう考えてもおかしいでしょッ!」



 真白のお母さんは突然大声を出し、私はそれに思わずビクリとしてしまった。次いでお母さんは、私の顔を人差し指で指し、唾が飛ぶ勢いで真白に食ってかかる。



「見て、この格好! もう二十歳を超えてるって言うのに、ピンクでヒラヒラした気持ちの悪い格好! 小さい頃なら可愛らしいけど、大人の女がやるにはどう見ても幼稚でしょ!」


「幼稚じゃないよ。地雷系って言って、こう言うジャンルのファッションがあって、」


「そんなことは分かってんのよ! お母さんちょっと調べたけど、こう言う子って売春とか風俗とかで働いてて、平気で男にたかる自立心の無い奴が多いんでしょ! アンタそんな子を彼女にしたって、絶対幸せになんかなれないわよ!」



 どれもやってねーよ。私は真白のお母さんの物言いに思わず青筋を立ててしまった。



「母さん、そう言う物言いは失礼だよ。本人を前にして。それに何度も言うけど、詩子はそう言う人じゃないって、」


「だからそれは! アンタが冷静になれてないからで! 大体アンタ、女の子と付き合ったこと無い癖に、女の子の何がわかるって言うの!?」


「アンタだって詩子の何を知っていてそんなこと言えるんだよ」


「何その言い方、親に向かってどう言う態度なの!?」



 真白はお母さんの物言いに舌打ちをする。私は深く、腹の底からため息を吐くと、真白を後ろに追いやって、「お母さん、」と真白のお母さんに突っかかった。



「あの、申し訳ないんですけど。キャンキャン騒ぐだけじゃなくって、ちゃんと真白の言い分も聞いてやってくださいって」


「アンタなんかにお義母(かあ)さんって呼ばれたくないんだけど! 大体、ちゃんと聞いてあげているでしょ! ホラ、人の話も聞けてないじゃない! 真白、こんな子絶対に認めないから! せめてもっとまともな子と付き合いなさい!」



 なんだよまともな子って。私は真白のお母さんの物言いに更に青筋を立ててしまった。


 と、途端。真白は深く眉間にしわを寄せて、「いい加減にしろ」と、低く重たい声で呟いた。



「さっきからアンタ、まともな子とか、風俗がどうとか、詩子に失礼な事を言いやがって。」


「な……なに? 私が悪いって言うの?」


「当たり前だろ。同じことを自分が言われたら、普通に嫌だろ」


「そ……そりゃあ、嫌だけど……。いや、待って。別に、私が言いたいのは、この子とは付き合うべきじゃないって話で、本当に水商売をしているとか、そう言う意味じゃないから」


「そんな理屈で通ると思うなよ」


「なによ。別に、誰だって言葉を間違えたり、言い過ぎちゃうことなんてあるでしょ。仕方がないじゃない、お母さんだって人間なのよ?」



 真白のお母さんは少しだけ申し訳なさそうにしつつも、ぬけぬけと自分を肯定するような理屈をペラペラと語った。


 真白はお母さんの言葉を聞くと、呆れたように肩を落とし、「そう言うことじゃないんだよ」とイライラとした口調で声を荒らげた。



「あのさ。普通はね、自分が悪いことをしたら謝るのが筋なんだよ」


「あら、そう。ごめんなさい。これでいいでしょ?」


「いや、だから、そうじゃなくて――」



 真白がため息を吐きながらイライラと吐き捨てる。私は熱の籠もった鬱憤を大きく吐き出すと、「いい加減にしてください」と真白とお母さんの間に割り込んだ。



「真白は私たちの関係にこれ以上口を出さないでくれって言っているんです。私たちももう子供じゃないんですし、あなたの助言はいらないんです。これ以上、子供扱いしないでください」


「子供扱いって――子供みたいな恰好をしているあなたにそんなこと言われたくないわよ。口を出されたくないのなら、もっとちゃんとした大人になりなさいよ」


「真白から理解は頂いています。冠婚葬祭のような時にはちゃんとした正装をして行きます。それに、私はそう言う仕事の経験も無いし、真白にたかるようなマネも――いや、したことはあるけど、男友達でもやり合うような常識の範囲内です。基本的には割り勘です。彼とは対等な関係を望んでいます。……私は、あなたが思っているような人ではありません。お願いします、話を聞いてください」


「ふん、どうだか。口では何とでも言えるからね。大体、あなたが頭のおかしい女なのは明らかだから」


「話を聞いてください」



 私は取り付く島もないという感じのお母さんになおお願いする。すると、私たちの様子を見ていた真白が、大きくため息を吐いたかと思うと、「もう、いいよ」と、呆れたように肩を落として呟いた。



「……え?」



 真白のお母さんが、キョトンと彼を見遣る。真白は悲しそうになお肩を落とすと、「詩子」と、ぶっきらぼうな声色で私に語り掛けて来た。



「もういいよ。何を言ってもこの人は変わらないよ。これ以上話しても無駄だから、もうやめておこう」



 真白は蔑んだような目で母親を見る。真白の感情を汲んだ私は、彼と同じようにため息を吐き、「……そうね。もう、どうしようもないね」と呆れ返って呟いた。



「……ちょっと。なんで私が悪いみたいな雰囲気になってるの? おかしいでしょ、悪いのはそこの女なのに」


「詩子。アニメでも見よう。なんかもう、凄く疲れたから」


「……うん」



 私は真白に返事をすると、玄関から離れてリビングへと入る。真白が私に追従して、玄関との扉を閉めようとした途端、「ちょっと、待ってよ」と、お母さんが靴を脱いで部屋の中へと上がり込んで来た。



「なに?」


「なに、って……なんでそんな、急に。話はまだ終わってないのよ?」


「……出て行ってくれないかな? これ以上、ここにいてほしくないのだけど」



 真白は感情を押し殺しながらお母さんに言う。すると、途端、真白のお母さんはみるみるうちに表情を怒らせていき、「親に向かって、なにその態度は!」と真白の両肩を掴み、その勢いのまま彼の頬を平手で叩いた。


 バチン、とそこそこ大きな音が響く。私は突然の出来事に、反射的に「真白!」と彼に駆け寄ってしまった。



「ちょっ、何やってんだよお前!」



 私は真白のお母さんを押し退け、彼女を真白から離れさせる。しかし真白のお母さんは、小さく体を震わせながら、「あっ……」と叩いた右の手を呆然と見つめていた。



「お、お前……大学生って言ったって、自分の子供だろ! こんなことで叩くんじゃねぇよ!」


「あ……べ、別に、いいじゃない! 親が子供を叩くくらい! 大体、私らが子供の頃は大人に叩かれるなんてしょっちゅうあったのよ! そうやって私らは大人になってきたの、あんたらは甘やかされてるから……」


「大人はこんなことで暴力振るったりしねぇんだよ!」



 私が怒りに任せて叫ぶと、お母さんは「うっ、」と苦しそうに言葉を詰まらせる。私はため息を吐いた後、「ごめん、真白。やっぱ無理だわ。ちょっともう自分抑えらんない」と真白のお母さんに迫った。



「アンタね、そう言う所よ。自分が信頼を失くした理由」


「ど……どういうことよ」


「徹底的に自分を悪いって思わないところ。私だってね、親に叩かれたことくらいあるわよ。だけど、そう言う時は決まって私が悪かった。それも妹を叩いたとか、そう言う絶対にやっちゃダメな事をやった時だけ! 手前が気に食わないからって叩いたことはないわよ!」


「気に食わないから叩いたんじゃない! 親に対する態度が非常識だったから叩いたんでしょ!」


「それが間違ってるって言ってんだよ!」



 私は真白のお母さんの胸元を指でさしながら叫んだ。



「アンタは怒る時に、毎回毎回自分の立場を持ち出している! ちげぇンだよ! 親ってのは、怒る時にその理由をちゃんと話してやらなきゃあダメでしょうが! 暴力を振るったから、ウソを吐いたから、ちゃんとごめんなさいを言わなかったから! アンタはそう言う親子のコミュニケーションをずっっっっと放棄して、挙句自分が何をやっているのかを理解すらしていない! だから真白は全部の気持ちを、ずっと自分の胸の中にしまい込むしかなかった! アンタはコイツが、どんだけ自分の人生に苦しんで来たのか、わかってんのか!」


「苦しんで来たって――ちょっと、私の育て方が悪いって言ってんの!? 確かに私たちは、裕福でこそなかったかもしれないけど、少なくとも子供が不満に思うような貧乏な生活はさせていない! あなた、一体何様なのよ!」


「金の話じゃねぇんだよ! アンタだって、あのクソ旦那と一緒にいるんならわかるだろ! 『誰が稼いでやって来てると思っているんだ』って、それで自分の言いたいことが全部潰される苦しさを! どんだけ裕福な生活をさせようがな、信頼関係が築けなかったらその時点で終わりなんだよ! 自分がクソ夫にやられていること、全部お前が、子供にやってンだよ! お前が旦那と結婚した事を後悔してンのなら、同じこと子供にやればそん位嫌われるってぐらい、わかるだろ!」



 私は真白のお母さんにまくしたてる。真白のお母さんは、私の怒声を浴びて一歩、一歩と後ろへ下がり、私の言葉に言い返せないのか、苦い顔で「ぐっ……」と押し黙っている。


 後ろから、真白が「詩子、落ち着いて」と話しかけて来る。私は「ごめん、まだ言い足りない!」と真白の言葉を制すると、更に怒りのままに真白のお母さんへと詰め寄った。



「アンタはコイツが、どんだけ色々な事を考えて生きて来たのか知ってんのか! アンタはコイツが、どんだけ綺麗で捻くれている価値観を持っているのか知ってんのか! アンタはコイツが、どんだけ必死に生きて来たのかを知ってんのか! 自分の弱さを見つめて、自分のキモさを見つめて、それでも前を向いて来たコイツの強さを知ってんのか! 感情を、価値観を、叫びたい言葉の全部を、コイツがどれだけ押し殺して来たのかを知ってんのか! 私は知っている! コイツと向き合って、コイツの心に触れて、コイツがどれだけ魅力的な内面を持ってるのか、どれだけ繊細な感性を持っているのか、知ってるんだ! コイツがずっと秘密にしてきた心を、私は、ずっとずっと見つめて来たんだ! アンタらと違って!」



 噴き出す感情と同じく、身振り手振りを大きくして、私は喉が千切れそうになりそうな程に叫ぶ。真白のお母さんは私の様子に徐々に顔を青ざめていき、息を切らして行く。



「私は――本当なら、家族が真っ先に担わなきゃいけないその役を、ずっとずっと放置してきたアンタらが許せない! コイツを苦しめて来たアンタらが許せない! アンタらが何を言おうが、アンタがどんだけ私をムカつかせようが、コイツを何も理解しようとしないアンタらからコイツを引きはがす! だって私は、コイツのことを、心の底から愛しているから! 向き合いもせず、成長しようともしなかったアンタらなんかに、コイツの人生を好きにはさせない! 何があろうとッ!」



 まくしたて、まくしたて、徐々に喉に痛みが走り。私は叫び終えると、息を切らしながら、わずかに震えるお母さんの目を睨みつける。


 一度、二度と、荒く息を吐き。私は少しずつ、自分が何を言っていたのかを自覚していき、顔が少しだけ熱くなった。

 真白のお母さんは私を見つめると――バツが悪そうに一度目を伏せてから、「真白、」と顔を上げ、私の後ろに立つ息子へと語り掛ける。



「……この子が言っていることは、本当なの?」



 真白は奥歯に物が詰まったかのような表情をして、自分の母親を見つめる。真白のお母さんは、そんな息子に、落ち着いた声色で更に語り掛けた。



「アンタはずっと……私たちに、言えない気持ちを抱えて来たの? ……アンタはずっと、そうやって、自分を押し殺して来たの?」



 真白の瞳が左右に揺れる。真白は一度お母さんから目を逸らし、また顔を反対の方へと向けてから、意を決したように顔を上げ、「――うん」とハッキリ頷いた。



「僕は……ずっと、誰にも言えない気持ちを、抱えて来た。……だって、言えばみんな、すぐに喧嘩になるから。……自分が気持ち悪くて、異常な側の人間だってことは、理解していた。吐き出せば周りを不快にさせる感情や価値観があるって、理解していた。……だから僕は、何も、何も言えなくて……」



 真白の目から、涙がこぼれる。真白のお母さんはそれを見て、ピクリと、目を大きく見開く。



「……僕が、詩子を好きになったのは――きっと、彼女が、僕の内面と初めて向き合ってくれた人だったからなんだ。言えない心を、吐き出せない感情を……それをせめてものって吐き出してきた残骸を、彼女は明るく受け入れてくれた。それが、きっと、僕にとっては、あまりにも大きくて――」



 真白は眼鏡を外し、こぼれた涙をぬぐう。私は「真白、」と彼に抱き寄るが、真白は私の肩に触れて、首を小さく左右に振ると、唇を震わせてから、もう一度、お母さんと向き直った。



「……詩子はね。ずっと、僕と一緒に成長してきたんだ。僕と向き合って、僕を理解して……ぶつかる度に、自分の弱さと向き合ってくれたんだ。……母さんが、父さんが――僕を愛していることは、よく理解している。だけど、それはただ『愛している』ってだけで――。……詩子は、僕に教えてくれたんだ。きっと、本当の愛って言うのは……ただ、『愛している』ってだけじゃ、足りないんだって」



 真白はそして、私の前に出ると、自分のお母さんを強く睨みつけ。



「だから僕は、彼女と一緒にいたい。……君たちじゃなくて、僕と向き合って、僕を理解してくれた詩子と。……だから、何を言われても、僕は君たちを選べない。……絶対に」



 真白の言葉には、決意と覚悟が滲んでいた。彼の言葉をずっと黙って聞いていたお母さんは、苦く、泣きそうな顔をしながら、ゆっくりと顔を下げ。



「――ごめんね」



 ぽつりと、真白へと謝罪を述べた。



「……実は、ずっと……わかってはいたの。……だけど、親っていう立場にこだわって、子供に頭を下げるのが……どうしても、難しくって……」



 真白のお母さんは、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。やがて言葉だけでなく、瞳を潤ませ、ぽろ、ぽろと涙をこぼして、言葉を紡ぐ口は小さく震えて。



「私はね……親に、なりたかったの。……私のお母さんも、人がおかしくって、それでみんなから嫌われていて……あんな風になりたくないって、お兄ちゃんを産んだ時に、ちゃんとしたお母さんになろうって、決意したの。

 ……きっと、それがダメだったんだね。……親って言う立場にこだわって、子供と対等に接しようとしなかった事が。

 ……そうよね。……親子なのに、上下の関係があるなんて……よく考えたら、おかしいものね。……なんで、そんなことにも……気が付かなかったのかなぁ……」



 真白のお母さんはそう言葉をこぼしながら、ゆっくりと膝を着いた。


 私たちは、お母さんが泣きじゃくるのを――何も言わず、彼女が落ち着くまで、黙って見届けた。

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