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第14話「痛みも後悔も押し切り、人はどこかで決別を果たさねばならない」①

 鈴虫の鳴き声が、古めかしい駅舎にりんりんと響く。私は肩から流れる金髪の先を指先でいじりながら、心春と共に電車を待っていた。


 駅舎の中は閑散としていて、外の信号機から聞こえてくるカッコウの音と、車や風が通り過ぎていく白いノイズだけが辺りに響いていた。



「――結局、なんも無かったね」



 駅舎の中のベンチに座り、心春が声を出す。私は隣で変わらず毛先をいじりながら、「……うん」と呟いた。



「……よかったの? これで」



 心春が更に問う。私はやっぱり、「……うん」とだけ、ぽつりと答えた。


 心春は「そっか」と言うと、それ以上何も言わなかった。天井を見上げたり、スマートフォンを取り出しては画面を消したりと、忙しなくも、不自然なほどに静かに、電車を待っていた。


 やがて、冷たい金属の擦れる音が辺りへ響き。心春は「きた」とベンチから立ち上がった。


 心春が二歩、三歩と、駅舎の出入り口へと急ぐ。私は少しだけそれを見送ってから、大きくため息を吐き、ベンチを撫でながらゆっくりと立ち上がった。


 ――と、その時だった。



「――由希ィ!!!!」



 突然駅に、詩子の声が響いた。私は思わずハッと顔を上げて、駅舎を飛び出し、慌ててぐるりと辺りを見回す。


 カツカツと乱暴に石畳を踏みつける音が響く。私は音のする方へと顔を向けると、そこには、派手なピンク色の服を着た、見知った女がいた。



「――詩子、」


「よかった! 間に合った!」



 詩子は息を荒げながら、よたよたと私の前に来て、膝に手を着いた。私は困惑して、「あっ、」と声を出すと、詩子はぜぇぜぇと汗を流しながら、「ま、待って……。死ぬほど、疲れた……」と肩を上下させた。



「――ゆ、由希……。私、あ、アンタと……どうしても、話したくて……」



 詩子は呼吸もまだ整え終えてないままに、私へと言う。すると、隣に寄って来た心春が、呆れたように肩を竦めて、息を荒げる詩子に言った。



「アンタねぇ……。それなら別に、L○NEすりゃあ良かったじゃんか。別に、待つくらいいくらでもしてたわよ」


「あ……そ、そっか! わ、忘れてた……」


「いや、バカじゃん」



 心春が鼻で笑いながら言う。私は腰に手を当て空を仰ぐ詩子を見つめると、口を固く結び、ギュッと手を握り込む。


 ――と。



「……すみません」



 駅舎の中から、駅員のおじさんがいそいそと出て来た。



「その、どうします? 乗りますかね?」



 おじさんはわずかに膝を曲げ、低い姿勢で私たちに尋ねる。私は首を横に振り、「……すみません。行ってもらって大丈夫です」と言うと、おじさんは「ああ、いえいえ! わかりました、それじゃあ!」と笑いながら、またいそいそと駅舎の中へと戻って行った。


 ぽつんと、私たちはその場で佇む。すると心春が、「……そう言えば、まし……河野は?」と首を傾げて詩子へ尋ねた。



「えっ……ああ、あとで来ると思うけど……。私は、その、バイクに乗せてもらったから……」


「……そっか」



 心春は口を尖らせながら、髪の毛を指でくるくると絡める。私は少しだけ考え込むと、詩子へ強く目を向け、意を決して彼女に語り掛ける。



「――詩子。……話が、したいんだけど」



 詩子は私へと目を合わせると、何も言わず、こくりと頷いた。詩子はそして私へと擦り寄ると、するりと手を繋ぎ、そのまま私を引き連れて、その場を離れる。


 繋がった指先の温もりが、じわりと手に汗を滲ませた。



◇ ◇ ◇ ◇



 海のさざめきを聞きながら、私こと姫川詩子は、親友の由希と共に、くすんだコンクリートの道を黙々と歩いていた。


 ちょくちょくと横を通り過ぎる車の音と、遠くでざわざわと波打つ水の音とが重なる。地平線へと沈んでいく夕日は水面に太いオレンジの柱を作り、キラキラと私たちの顔を照らしていた。



「……綺麗だな。……夕日」


「……うん」



 由希は空を見上げながら呟く。山の向こう側は次第に青くなってきており、ゆっくりと月が顔を出して来ていた。


 そんな会話を交わしてから、また、黙々と、海を見ながら歩くだけの時間が過ぎた。何時間にも感じるほどの数分を、こつ、こつと2人で辿っていると、やがて由希は立ち止まって、海を向いているガードレールに身を乗り出した。



「――お前、やっぱり今日、河野と来ていたんだな」



 由希が呟いた途端、私の中で心がヒヤリと跳ねるのを感じた。


 だけど、答えないわけにもいかず、私は少しだけ目を伏せて、「……うん」と呟いた。



「……ヨリ、戻せたんだな」


「あっ……。……うん。おかげさまで」


「……なんで知ってるんだよ?」


「清水から聞いたから」


「……アイツ。……ブーメランってそう言うことか。余計なことしやがって」



 由希は肩を竦めると、ゆっくりと私の方を振り返り、そして、ガードレールにもたれながら、大きく背筋を反らした。



「そんでさ、どうすんの?」


「え?」


「アイツとの関係だよ。……親がカスなんだろ。これから先、ずっと付き合ってくの?」



 由希の質問に、私は「えっ」とドキリと口ごもる。そして、「えっ、と……」と顔を左右に動かすと、やがて深く息を吐き、「――うん。け、結婚の約束も、した」と声を上擦らせた。



「……マジか。ちょっと、それは気が早すぎじゃねぇか?」


「いや……なんか、その場のノリで……」


「ノリって。まあ、お前らしいっちゃ、らしいな」



 由希はそう言ってくしゃりと笑うと、大きく背伸びをしてから上体を起こして、「まあ、お似合いだと思うよ」と言いながら、私から目線を逸らした。


 私は一瞬、ぽかんと口を開けてしまって。そして、「……なんで?」と、つい、言葉が口から先走ってしまった。



「……ん?」


「なんで、笑っていられるの? ……だ、だって、アンタ……私のこと、今でも好きなんでしょ?」



 言っちゃいけないのに、触れちゃいけないのに、言葉が漏れ出てしまう。だけど、一度留め金の外れた感情は、どうやっても止めることができなくて。



「ずっと……ずっと、それが気になってて……! 私、アンタを傷付けたくないからって、どうしても気まずいからって、何も言えなかったのに……! だって、でも、アンタは……!」



 私は履いているスカートを握り締め、由希を見つめながら声を出す。由希はしばし、目を伏せると、やがてガードレールにもたれるのをやめ、「なんでかなぁ……」と言いながら、後頭部を掻いた。



「――覚えてる? 詩子。高校生の頃。……アンタさ。いじめられないようにって、必死に陽キャ演じてたよね」


「忘れてないよ。アンタだけが、私のそう言う気持ちに気付いてた。アンタはそんな私の気持ちに配慮してくれて、ずっと、そんな風にならなくて良いって声を掛け続けてくれた」


「そうそう。……そんでアンタは、ずっと、私の前でなら素のままでいられる、って、楽しそうに笑ってたよね」


「そうだよ。だから私はアンタと親友だったんじゃない。……私はアンタの前でだけは、自分の気持ち悪い所をさらけ出せた。それが、凄く、凄く、私には支えになっていて……」


「そうそう。それで、アンタが男と付き合い始めて、別れて――やっぱ男なんて無いわ、って。私に恋愛は無理だわって言いながら、アンタの部屋で漫画読みながら駄弁ってたよね。……マジでアレ、やめた方がいいよ。……勘違いしちゃうじゃんか」



 由希はそう言って、ほんのりと頬を赤く染めながら、風に靡く金髪を耳に掛けた。私は「あうっ、」と声を詰まらせて、一歩、足を後ろへと下げる。



「……考えちゃうんだよね。あの時()()を打ち明けてればって。……そうしたら、また違った結末もあったのかなって」


「――」


「けどさぁ。結局、コレが答えなんだわ。……私は、何も言えなかった。けど、アイツは踏み出した。だからアンタは変わった。……お互いがお互いのために、必死になって変わろうとした。……私が、ずっとアンタといて、できなかったことだ。それをやっちまったんだから。……ならもう、私は身を引くしかねぇだろって」



 私はまた一歩、足を下げる。そして目を伏せながら、「……それで、よかったの?」と由希に尋ねた。



「……良いに決まってんだろ。私が、納得してやったことなんだから」



 私はゆっくりと顔を上げ、由希の顔を見る。


 由希は、変わらずくしゃりと笑っていた。


 眉を下げながら。さざめく海よりも、甲高く鳴くカモメの声よりも、遥かに爽やかな表情で。


 ――ああ。そうか。そうか。私は由希の表情を見て、その感情に納得させられてしまった。


 ――後悔が無いわけじゃない。願わくば、時間を巻き戻して、どこかでやり直したい。

 それでも――それでも、私たちは、どこかで前に進まなくっちゃいけない。後悔を抱えたままでも、どこかで尾を裁断しなければならない。


 由希は……ここで、私たちの関係を、終わらせるつもりなんだ。7年と続いた、恋心に。


 だとしたら、私がやるべきことはひとつだ。私は一歩、二歩と由希へと歩み寄り、そして、彼女の手を取ると、目を瞑り、その温かな手に語り掛けた。



「――いつか。……式を挙げる時は、アンタを呼ぶから」



 由希は親友だ。これまでも、これからも、ずっと。だから私は、コイツにキッパリと言い切らなきゃいけない。



「私は、真白と結婚する。……一番大切な恋人と。……その時が来たら、由希。……アンタにスピーチを任せたいの。私の、一番の親友として」



 私は由希の目を見つめる。由希は私の手を握り返すと、「うん」と言いながら、満面の笑みを浮かべた。



「――一番大事な人は、笑顔で送り出す。……それが、私の『らしさ』だ!」



 夕日を背にした彼女の笑顔は、いつまでも綺麗だった。

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